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龍と二つの湖

むかーしむかし、あるところに二つの大きな湖がありました。ひとつは龍悲湖(りゅうひこ)、もうひとつは龍嬉湖(りゅうきこ)と呼ばれていました。

  その二つの湖には、
 「悲しい事があれば龍悲湖の水で涙を洗い、嬉しいことがあれば龍嬉湖の水を飲めば幸せが一生続く」

  という言い伝えがありました。そこに住む村人たちは、言い伝えを信じ、守ることによって、とてもとても幸せに暮らしていました。

  その二つの湖ができる前、その場所には一匹の龍がいました。その龍は村人たちの願いを叶え、幸せにすることで神龍と呼ばれていました。

  日照りの日には雨を降らせ、風が吹く日は盾となり、雪の降る日は火を噴き暖を取り、神龍は人々に幸せを与えていました、何年も、何百年も。

  けれど、神龍はいつも、
 「俺はみんなが思うような龍じゃないのになぁ」
  と思っていました。

  神龍は元々人間でした。それはそれは悪い人で、たくさんの人から食べ物を奪い、たくさんの人を殺して喜んでいました。

  ある日、それを見ていた神様はものすごく怒って、「やめなさい!」と人間の神龍を叱りました。

  でも人間の神龍は、そのことは聞かず、さらに人々を苦しめました。神様はもっともっとものすごーく怒りました。

  そして、神様は人間だった神龍を龍の姿に変えてこう言いました。

 「いままで苦しめた人の分だけ人々を助けなさい」と。

  神龍は、
 「そんなのやだなぁ」
  と思っていました。

  だけど、村人たちを助け、村人たちが喜んでいる顔を見るうちに、胸のところがあったかーくなることに気づきました。人々を助けることが幸せに楽しく感じてきたのです。いままで生きてきたクソのような世界よりずーーーっと幸せでした。

  しかし、元々神様は罰として人間だった神龍を龍の姿に変えました。幸せなときは長くは続きません。人々を助けるうちに神龍の生きる力は少しずつなくなっていったのでした。自分の生きる力を使って人々を幸せにしていたのです。

  そんなとき現れたのが一匹の女の子龍でした。神龍は女の子龍と話すことがとてもとてもうれしくて、とてもとても楽しかったのでした。そして、女の子龍と話すことでほんのちょっとだけ生きる力を取り戻すのでした。神龍は、その少しだけ取り戻した生きる力でもっともっと多くの村人たちを幸せにしました。

  二匹の龍はとてもとてもしあわせでした。ときには一緒に野を駈け、ときには一緒に夜空を舞い、ときには一緒に天空の星を取りに行きました。

  神龍は天空で女の子龍に約束しました。
 「あのいちばん遠くて明るい星を取りに行って女の子龍にあげる」と。

  神龍は不思議でした。なぜ女の子龍はこんなにお話してくれるのか、なぜこんなに幸せな気持ちにしてくれるのか。神龍は勇気を出して聞いてみました。

 「なぜ女の子龍はこんなにやさしくしてくれるの」と。

  女の子龍はこう答えました。
 「わたし、治らない病気で苦しんでた。お父さんは神龍に病気が治るようにお願いをしたの。神龍は願いを叶えるために一生懸命がんばってくれた。けどわたし、死んじゃったの。きっと、願いを叶える力が弱くなってたんだね。そして、龍の姿に変えてもらったの、神様にお願いして、いっぱい頑張ってくれた神龍に会いたくて」と。

  女の子龍と一緒にいてちょっとだけ生きる力を取り戻す神龍でしたが、それでもだんだんと神龍の生きる力はなくなっていきました。神龍はもうすぐ生きる力がなくなってしまうことを知っていました。けれど、とてもとてもしあわせな気分でした。このしあわせがずーっと続くことを心の底から願い、そして、村人たちの願いを叶え続けました。残った生きる力を使って。

  でも神様の怒りはおさまりません。最後の時が近づいてきました。神龍は最後の最後まで村人たちを助けて幸せにしました。けれど神龍の願いが叶うことはとうとうありませんでした。

  女の子龍は泣きました。涙でひとつの大きな湖ができるくらい悲しくて泣きました。 

  そして、神龍が最後に言ったことを思い出しました。

 「本当に幸せでした。あなたは僕に生きる力をくれました。だから、あなたと手をつないでいたい。だから、いつもあなたのそばにいたい。だから、ぼくはいつもあなたのそばにいるよ。泣きたいときには空を見上げて、いつも僕がいるから」

  女の子龍は空を見上げました。そうすると、いちばん遠くて明るい星がまたたきました。笑っているように。

  最後に嬉し涙の湖がもうひとつできました。

                                   おしまい 

この物語が龍のように世界中を駆けめぐることを切に願う

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