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虹のかけら ~短編小説~ 紅い記憶3

ホステルに着くとイヤマさんはまだ中にいて、備え付けのテレビを見ながらコップを磨いていた。こちらに気づくと、おかえりといって扉をあけて出迎えてくれた。テレビの中のニュースではコメンテーターが、日本ももうすぐ他の海外の国と同じように閉鎖されるといっている。イヤマさんの顔は優れなかった。宇宙人は荷物を置いてテレビを見ていた。大きな目で日本語のテロップを追っていた。イヤマさんはわたしに打ち明けてくれた。

 「ミファさん、ここ、もしかしたらしばらく閉めるかもしれない」

 わたしは黙って頷いた。きっとここだけでなく、ほとんどの宿泊施設も同じ選択をしているだろう。

「ぼくには一人娘がいます。サッカー、好きなんですよ、あの子。今、ちょっと持病があって入院しているんですけれど、治ったらいっしょにサッカーしようって、約束しているんです。だから、正直、怖いんです。その、大切な約束を忘れてしまうのが」

 イヤマさんは言葉をゆっくり発した。わたしは何もいわず、ただ首を少し縦に動かして聞いていたが、その話に刺されていた。ある考えがわたしの頭の中を巡っていた。それは、何というか、わたしのためでもあった。

 「もちろん彼がね、ここに居たいというなら、このホステルは開け続けます、もちろんです」

 テレビの方に目をやると、彼は黙って一生懸命テレビを見ている。今の話は聞こえていただろうか、聞こえていたとしたら理解しているだろうか。テレビから、明日にでも首相が会見を開いて、日本全国に緊急事態宣言を発令するといっているのが聞こえる。わたしがイヤマさんに応えたのと、彼が応えたのはほとんど同時だった。

 「大丈夫です、他に泊まる場所を探せます」

 「もし彼さえよければ、しばらくわたしの部屋に泊めることができます」

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