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「ヒットの法則」は存在するのか

自分の作品が世に認められてほしいと願うのは自然なことである。近所の書店を少し歩けば、こんな希望を叶えてくれそうな「バズる文章術」や「ヒットする作品の秘訣」といった本がたくさん並んでいる。

ただ従うだけで人気を保証してくれるような法則があるのか疑問に思う人もいるだろう。実際これらは当てにならない内容のものがほとんどではあるが、だからと言っていわゆる「ヒットの法則」が存在しないと言い切ることはできない。

「ヒットの法則」なるものが本当にあるならそれは喜ばしいことだろう。創作者は少なくとも路頭に迷うことはなく、作品を享受する側としてもつまらないものを見ずに済むからである。しかし現実は厳しく、注目されないことの方が多い。こんな法則は夢のように思える。

この問題を考えるに当たって面白い言葉を残している人がいる。それはインフルエンサーでもビジネスパーソンでもなく、19世紀フランスの社会理論家アンファンタンである。

〈大衆を動かす技〉が完全に発達を遂げる時代が近づいている。そのときには画家や音楽家や詩人は、数学者が幾何学の問題を解き化学者が物質を分析するのとまったく同じ確実性をもって大衆を感動させる力を持つようになるであろう。

サン・シモン主義者の雑誌より

この考えは現代における社会心理学やマーケティング研究といった分野における精神性と一致している。この「同じ確実性をもって大衆を感動させる力」こそまさに人々が求める「ヒットの法則」のことだろう。

確実性のモデルを科学から持ち込まれていることに注目したい。感動を計算機によって生み出すという点においては、統計学や機械学習を使った「おすすめ機能」などは彼の意図にぴったりと当てはまっているに違いない。

これを推し進めれば「ヒットの法則」は生み出せるのだろうか。まず、上のような手法が学問として編み出されたのも比較的最近のことである。絵画や音楽、詩がほとんど人類の歴史の始まりから存在していることを考えると随分と頼りない。計算された「ヒット作品」たちが過去の古典と肩を並べられるかを判断するには時期尚早である。

ただし一過性の流行で十分だとか、働きかける人々の範囲を絞るなどすれば実現可能に思える。インターネットでを使ってこれに近いことは既に行われていることもあるようである。やはり「ヒットの法則」はあるのかもしれない。

確かに法則によって利点があるとはいえ、人間の感動すらも数式で予測できるというのは改めて考えると不気味な感覚を覚える。自分の意思が計算済みだと言われて喜ぶ人はいないだろう。

作品を世に送り出す側は「ヒットの法則」のようなものに頼っても仕方ないかもしれない。評価されずに不遇の人生を送った巨匠もたくさんいた。しかしこの冷たい法則が許されるのはあくまでこうした芸術家のためだけである。

「同じ確実性をもって大衆を感動させる力」自体は油断のならない代物であることは忘れてはならない。実は冒頭で引用したアンファンタンの言葉には続きがある。

〈大衆を動かす技〉が完全に発達を遂げる時代が近づいている。そのときには画家や音楽家や詩人は、数学者が幾何学の問題を解き化学者が物質を分析するのとまったく同じ確実性をもって大衆を感動させる力を持つようになるであろう。大衆プロパガンダの生誕の地はわれわれの世紀にではなく、そういう時代にこそあると思われる。

「何がヒットしているか」「どうヒットさせるか」も重要だが、法則自体の使い方にも目を光らせる必要があるだろう。



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