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小説「三王会」

祖父の家は山を背負ったくぼ地のようなところに立っていて、
祖父の一族は山にあるものを何でもかんでも使って生活していた。
竹を切ったり蕨をとったり、茸を探したり葛の根を探したり。
ながいことそんな暮らしをしとると、
けっして森に長居しちゃなんねときっちゅのが
わかるんだ
祖父は歌うように話したものだった。
森がいつもと違う時は、けっして森に長居しちゃなんね。
お前はまんだちせえから、おじいといっしょでなあと森に入っちゃなんね。
お前はまんだちせえから、森がざわざわしとることを見逃すだら。
山がざわざわするの? と私は問う。
ああ、ああ。たっとる木でも、生えとる草でも、伸びとるコケでも、
ちいせえもんがざわざわ言い出すぞ。帰れ帰れっちて歌いだすぞ。こげなふうにな。
ネズミもサザキも木の葉の鬼も
ちいさなものはみなみな帰れ
帰れ帰れ 姿を隠せ
おそろしいおそろしい
三王のお出ましだ
今夜は三王の集い 三王会
おそろしいおそろしい
一人居てもおそろしい
あたらおそろしい三王が
三王がお揃いになる夜
お山の王なる樹木の王に
祝ぎをもらいにここを通るぞ
おそろしいおそろしい
ネズミもサザキも木の葉の鬼も
ちいさいものは姿を隠せ 姿を隠せ

そうして森中のちいせえもんがみんななりを潜めてしまうと
森ん中は物音一つせんようになる。そうなったらけっして森におったらいけん。
三王がお出ましになるぞ。
でもじいちゃん、森におったらいけんなら、三王が来るのがなんで分かるの?
私は問うた。祖父はにいっと笑って私の頭をなでた。でも何にも応えなかった。
代わりに話しを続けた。
森がすっかり静かになって、月が一本道筋を付け出したら
麓の河がぶるぶる興って、
青いような銀のような鱗の外套で姿を隠した
鱗王が岸に上がってくる。
鱗王は河にすむアシナシの王、若く美しい姿をした王、憂いと悲哀と慈悲の王。
山の上から颪が鳴ってコナラの枝がどうどうなったら
白いような緑のような羽毛の外套で姿を隠した
翼王が森に降りて来る。
翼王は空を治めるフタアシの王、険しい双眸の年とった王、奸にして賢、打算にして権謀の王。
千歳の岩でもハハ木の根でもぐらぐらぐらぐら揺れ出したら
黒いような灰のような毛皮の外套で姿を隠した
牙王が森の奥へと歩いて行く。
牙王は獰猛なヨツアシの王、剛健な雄の王、実直であり単純、純粋ゆえに冷淡な王。
三王は集まると、森の奥のそのまた奥のどんなものでも行けない奥の
お山で一番の尊い王、樹木の王に言祝ぎを受けに行くのさ。
なんでそうであるかはな、
お前がもちっとおおきなったら、だれぞ教えてくれるだろうて。

夢のような三王会の話は、祖父が死ぬとき真相を知った。
祖父の一族はもともと木地師というのをやっていたそうだ。
定住する土地を持たずに、山から山へと渡り歩いて暮らしていたそうだ。
三王会はそんな暮らしの中で代々伝え残された、家族の秘密みたいなものなのである。
山に何かが起きるとき、あるいは家族の誰かになにかが起きるときに、
三王と樹木の王が験を顕すので、必ずそれと知れるのである。
夢に現れたり、幻に現れたり、あるいは何かの怪異が起こったり。
山を大事にするためにも、森から怒りを買わない為にも、
家族は三王会を語り継いで、お山と森に敬意を払って生きてきたのであった。
祖父が死ぬとき、父が三王の験を受け取ったのだという。
それはどんなものだったの。私は問うた。
父はにこりともせずに
わしが死ぬとき分かる、と言った。

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