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アフリカの夕陽

この道をゆきなされ
振り向くと
僧侶は別の顔になっている
痩せた農夫が歩いている細い道の先で
一隻の漁船が干上がっている
夢で見慣れた魚臭い路地に迷い込む
遠くへ行きたいだけだ

風の扉を開けると
砕けた氷混じりの泥水が
瀑布となって
降り注ぐ
水の扉を開けると
ちぎれた主語と述語が
暗喩の海を
漂う

厚い上まぶたをした一族は
海の向こうから渡ってきた記憶を
空の上から降りてきた物語に変換し
神の系統となった
破れかけた頁の余白から
系譜に隠れていた王子の冒険譚が始まる

アフリカの夕陽が
大きくて赤いというのは本当だ
空を一瞬
色ガラスのように溶かして
チョベ川の水平線に落ちる夕陽と
荘厳な孤独を
見よ

魚になりたかったヒポ(註)の願いは
神に聞き届けられなかった
ヒポが不眠症になったのは
それからだ
顎が外れるほど大きなあくびをすると
目が覚めそうになる
チョコレート色をした水から
上がりたくなるのは
そんなときだ

小学四年生の頃
家の横を水路が流れていた
透き通った水の流れが
細長い川藻を揺らしていた
思い切り助走して
水路を飛び越えるのが
子供仲間の肝試しだった

モンゴルの蒼き狼テムジンよ
本当は
海を渡ってみたかったのではないのか
知らない土地で出会った人を
ゲルに招いて
暖かいホルホグをふるまい
別れ際にさよならを
言いたかったのではないのか
そして
子供たちの肝試しを
自分も
やってみたかったのではないのか
思い切り助走して

 
(註)「ヒポ」はカバの英語Hippopotamusの略。現地でカバのことを「ヒポ、ヒポ」と呼んでいた。

 (詩集『フンボルトペンギンの決意』第1章「旅程」より)


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