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シュレディンガーはたぶん猫。[第8話]

第8話

 
 
蟲一章
「この星で最も『良くない』天敵」
 
 
 蟲はひどく不快だった。長いこと宇宙空間をさ迷い飛び、やっとのことで新天地に辿り着いたというのに、突然捕らえられてしまったからだ。

 ギチギチと警戒音を発し逃れようとするが、この「檻」には蟲の持つ素粒子分解力を大きく抑え込む、特別な力が働いているようだ。何度試そうとも「檻」は壊れない。

 不快。
 不快。
 不快。

 実をいうと、既に蟲はこの「手口」をとてもよく知っていた。何百、いや何千光年か昔、まだ肉体と呼べる殻を身にまとっていたその頃から、既にその存在を知っていた。その忌々しい力が、毎度気まぐれに仲間たちを狩り殺してきた、自らの「天敵」のものだと。

 奴らから逃れるためこそ、蟲はこの辺境の星に飛んできたはずだった。なのに、何故この地に存在しているのか。

 不快。
 不快。

 新たな星には餌となる豊富な素粒子体が多数、存在していた。その中でもとりわけ、ある肉体の殻に包まれた種がとても新鮮で、素粒子構成的に「とてもちょうど良かった」。ただひとつ分味わっただけでかなりの飢えが満たされた。

 蟲は満足した。そしてもうひとつ食おうと、そのすぐ近くの同じような個体にも取り掛かった。

 取り掛かった、はずだった。しかし。

 何故か、次の個体だけは食えなかった。何度試みても。何故か「とても良い」の奥に、ほんのわずかにだったが「憎き天敵」の素粒子構成が一部、混入していた。

 不快。
 不快。
 不快。

 そして食えないまま時が経過するうちに、ついに蟲は「天敵」に見つかり、捕らえられてしまった。

 その「天敵」は、しかし、蟲がこれまで知っていた素粒子構成とは、いくらか異なる変異を果たしていた。何でか、蟲自ら先ほど食って取り込んだ「とても良い」が、「天敵」の中にも一部混じっている様子なのだ。

 しかも「天敵」は、何でか、「とても良い」よりはずいぶんと小さいが、異様なまでにしつこく蟲に攻撃的な「あの素粒子群」と同じ形状を取っていた。

 その生き物は、この星でステルス擬態をして姿を消している状況の蟲を、何故か自然と認識できているらしい。蟲の立場からすると非常に謎が多い、そして異様に敏捷な生物体でもあった。物質的な生命体なればこそ、素粒子体で構成された蟲を捕らえるまでには決して至れないのだが、蟲はこの星に到着して以来、常にこのいやに個体数が多い生命体たちに見つかるたびに追われていた。

 何でか、蟲のその形や本能的な動きが、異様なまでに奴らの気を惹いてしまうらしかった。殺されることはないとしても、延々と追われ続ける状況は不快であった。

 蟲は彼の「天敵」とは違ってアーカイブなどを持たないので、その敏捷な生命体が「猫」と呼ばれることを知らない。

 そんなこの星特有の生き物の形と敏捷性を取り込んだ、まさしくハイブリットな「天敵の、王の中の王」。現在、そんな存在が、これこのように蟲自身を捕らえてしまっている。もはや絶望的状況であると言えよう。

 警戒。
 警戒。

 今「檻」の外には特別な「天敵」がみっつ、存在している。

 ひとつは特殊な姿の「天敵の王」。そしてふたつめ、あの何故か食えなかった、「天敵の王」が一部混じった「とても良い」。

 それからみっつめ、新しく現れた、「天敵の王」混じりの「とても良い」が、これまたもうひとつ。

 最後の「とても良い」は他と違って全く攻撃的な気配は見せず、殺気も少なく、さして手も出してこない。このみっつの中では一番動きが少ない個体だった。

 しかしずっと、蟲を見ている。見ている。

 ――不快。

 視線に、蟲はギチギチと身じろぐ。それはとても強くて異質な「良くない」の気配だった。

 警戒。
 警戒。

 みっつの「良くない」に、蟲はもはや死を覚悟した。

 しかし、蟲は既に新天地に到達するという最大の目的を達成している。そして――既に次世代の卵を産んでいる。

 この星にいる「とても良い」は二種類あって、片方は食うことしかできないのだが、不思議ともう片方は食えるだけでなく、蟲たちの繁殖のための巣にも適していた。

 蟲は次世代に期待している。例え自らの命がここで消えるとしても、次世代、その子世代、と重ねていけば、やがてその中から「この天敵の王たち」にさえ打ち勝てるほどの特別な個体――「女王」が生まれる可能性を、強く強く……信じているのだ。

 警戒。
 警戒。
 警戒。

 蟲は小さく身を震わせ、特別な音波を発することで遠く子供たちに警告する。「檻」は蟲の信号を遮断し続けているが、それでも強く何度も繰り返していれば、僅かでも外に、愛しき子供たちに伝えられるだろうか。

 聞け。聞け。我らの憎き「天敵」はここにいる。



[つづく]

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