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シュレディンガーはたぶん猫。[第29話]

第29話

 
 
蟲四章
「キラキラ蟲少女は恋に恋する」
 

「私、彼氏できたから」

 お姉ちゃんがこう言ってきた時、私には同時に別の台詞が被さって聞こえていた、気がする。「一抜けた~」って。まるでそう言われたような気がしたんだ。

 お父さんもお母さんもあまり好きじゃなかったけど、お姉ちゃんのことだけは好きだった。

 それは「同志」だと思っていたからだ。

 うちは両親そろって教育関係の仕事で、私たち子供も「恥ずかしくない子」として育たないといけなかった。「私たちはちゃんとした親で教育者です」って、教え子たちの親や親の同僚の人たちに「自分の正しさの成果、その証明として見せられる子」でないと、お父さんたちには意味がなかった。

 学力優秀で素行も良くて自慢の娘。

 それ以外は何も求められていないと思うし、実際「そうしているのが一番楽」でもあった。適当に流行りに合わせて会話していれば、場を乱さない安全な子として、先生たちにもいい子扱いされて、クラスメイトの中でも馴染めたから。

 お姉ちゃんは優秀だったから、国立大学の教育学部にさらっと合格して、今は大学二年生。キャンパスライフはとても楽しそうだ。ずっと「学生らしく」すっぴんだったのに、今ではお化粧するようになって、雑誌を見て似合うファッションの研究なんかもするようになって。

 知人に「娘さん、美人ね」と言われたお母さんは嬉しそうにしていた。「だって、私の子だもの」と。

 単にお姉ちゃんが優秀だから、雑誌を教科書としてお勉強して優等生的におしゃれも頑張れただけで、お母さんが威張ることは何もないと思う。それを正直に言ったら、「何であなたはそんなに冷たい子なの」と、本気で怒られそうだけども。

 そして、お姉ちゃんは彼氏ができたんだと私に報告してくれた。お母さんにはまだ言ってない秘密として。

 私は「よかったね」と言った。半分くらいは、素直に。

 だって、お姉ちゃんは本当に頑張っていた。「親のための優秀な鑑賞物」としても、私のお姉ちゃんとしても。私がわがままを言うことで「お姉ちゃんは我慢しなさいね」と制限されてもさして文句も言わなくて、私にも優しかった。

 小学生の頃。アニメの「魔法少女☆マジカルアニマル」のキャラ、主人公のリンちゃんの杖を両親が買ってくれたのだけども、姉妹にたったひとつだけ与えられたそれを、お姉ちゃんは主に私に譲ってくれていた。

 お姉ちゃんがお友達と遊ぶ時には、持っていかれていたけれど。そしてお姉ちゃんとそのお友達は、絶対にリンちゃん役は譲ってくれなかったけれど。

 あんなに優しい姉でも「絶対に人には譲れないこと」があるのだ、とこの時初めて知ったと思う。

 だから、そんな優しい出来たお姉ちゃんに「ご褒美」があるのは、当然だと思う。

 ただ、どうしてももう半分は祝福できなかった。そう、「一抜けた」って言われたような気がしたからだ。

 無事大学生になって成人式を迎えた以上、両親の「姉への子育て」は終わった。もう一人前と見なされたことで親としての干渉はなくなって、ほぼ自由だ。このまま「それなりのところ」に就職したり結婚したりすれば、親としては満足なんだろう。

 両親視点だと、次は私だった。進路相談が、ふたりの親であり、教師が相手で。提供された望ましいルートから「いけそうなどれか」を選ぶ。それでも、きっと「選択肢はこの子が自ら決めたものだ」と両親は思っていると思う。「選択権はきちんと与えた」と。

 お姉ちゃんは抜けた。私はまだ、あと二年はここから抜けられない。
 

 そんな私だけど、それでも好きな人がいた。隣の席の宮本くんが、何だか最近、とてもかっこいい気がしていた。

 親はお勉強のことにうるさかったけど、本を読むことだけは自由に許してくれた。「読書の習慣がある子供」を持つことは教育者ポイントが高いからだと思う。漫画も、「本を読むきっかけになるなら」「友達と円滑に交流するためなら」と許された。

 私はそこで「恋愛」とか「男の子」とか「友情」とかを知った。「何かキラキラした、心に優しくていいもの」として。

 だから隣の席の宮本くんを授業中にチラチラ横目で盗み見しながら、イイなと思って日々を過ごすことは、とても楽しかった。顔とかじゃなくて(顔だってきっと好きなんだけども)、もっと説明しきれない、何かがイイなって思ったのだ。

 特に行動を起こす気はなかった。「好きな人がいる女の子の暮らし」という浮かれた雰囲気は単純に楽しかった。もう少しだけ頑張って生きてみようかな、と思えるくらいには。

 そんなただのユルい「イイな」が大きく変化したのは、宮本くんが隣のクラスのヤンキーの片山くんと喧嘩した、その日だった。あちこち擦り傷を作ってすごくボロボロになっているのに、昼休みには平気そうに喧嘩相手の片山くんと話していて、正直、わけがわからなかった。そんな殴り合ったのに普通に仲良くなるんだ、って。

 私には全く理解できない、謎の理由がそこにあるんだ、と感じて、そんな状況を宮本くんに対して引き起こした片山くんのことが、すごく「怖い」と思った。

 不良みたいな見た目や体が大きくて威圧感があること、そういうことじゃなくて、人の心に強く影響力みたいなものを与えられる、そういうところを、とんでもなく「怖い」と思った。そんな力、私にはないものだから。

 しょせん、私程度の人間には宮本くんの心に変化を与える力なんて、ないんだ。でも片山くんは、自分は違うと、それだけの影響力があるんだと、明確に示した。

 そして明らかに、片山くんと友達になったことで宮本くんは「変わった」と思う。元からの友達の山瀬くんや松岡くんだけといる時、そして片山くんといる時。「微妙に違う」んだ。

 私は友達のさとちゃんが、好きなアイドルを見て「推しが推しグループにいる時と、他のグループのメンバーとコラボして絡んでいる時。推しグループにいる推しも当然尊いんだけど、コラボ先の相方と絡んでる時に、それまで見たことがなかった推しの新たな姿を見ることになって、めちゃくちゃ萌える。だけど、元グループの推しこそが最強って思ってるから、見ていると苦しい、でも結局はどっちにも課金してしまう」みたいな話をしてくるのを「一体何言ってるんだろうか、この子は」と毎度聞き流していたんだけれども、ここにきて、何となく、彼女の主張が理解できたかもしれない。

 現に。「最近の宮本って、なんか良くない?」と言い出す子が、クラスの女子の中にも出てきているわけで。

 確かに、最近の「片山くんの横にいる宮本くん」は「かなりいい感じ」だった。少し怖い印象の片山くんを宥めながらも、怖がっている松岡くんと山瀬くんとの間を取り持ってしっかり「友達グループ」として成立させている様子は「頼もしい」って感じだし、「ランクが上がった」感はある。

 私の方が先に、「宮本くんがカッコイイ」って知ってたのに。

 だから色々と悟った瞬間、誰よりも早く告白した。私から頼んで、恋人になってもらった。ただのクラスメイトとしてたまに話していた時、いくらか好意を持ってはくれてるのかな?とは感じていて、だからいけるかもって思って、あの日勇気を出した。

 完全に賭けだったけれど、私はそれで何とか「他の子たちに勝てた」んだと思う。ギリギリの滑り込み状態だったけれど。付き合えると決まって、嬉しかった。報われたと思った。

 そういうふうに始まった関係だったけれど、実際、宮本くんは私にとても優しかった。受験生だし私の親が色々うるさいこともあってちっとも遊びにはいけないんだけど、何かしら時間を見つけて一緒にいてくれた。

 ちょっと強めにぎゅっと手を繋がれるのも、実は嬉しかった。私がやってって言わないうちに、宮本くんから自発的にそうしてくれたのが、本当に嬉しかった。受け身とか言いなりじゃなくて、彼自身の意思を持って、私の想いに応えて接してくれてるんだ、って思って。

 特に、夏休みに入ってすぐ、八月上旬開催の夏祭りに彼から誘ってくれた時が、一番幸せだった。

 その日は当然、塾の夏期講習があったのだけど、さとちゃんが「塾の後に私の家に泊まって一緒に宿題するって親には言いなよ」ってすごく気を利かせてくれて、バレないように宮本くんと会う数時間を作ってくれた。さとちゃんのお母さんに頼んで浴衣も用意してくれて、着付けやヘアメイクまでばっちり仕上げてくれて、これ以上ないってくらいの完璧な状態で、さとちゃんは私を花火会場まで送り込んでくれた。

 少し大人可愛い感じの、紺に白い花の模様の浴衣に、ふわふわクシュクシュのしわ加工の、赤の兵児帯。

 そのおかげか、宮本くんは私を一目見た瞬間、ものすごくびっくりした後に照れ笑いして、「やばい、嬉しい。すごく可愛い」なんて言って喜んでくれた。その後も手を繋いで出店を覗いたり花火を見たりしつつも、私の方もしっかりと見てくれて。ことあるごとに「好き」とか「可愛い」とか、ずっと耳元で言ったりして私を赤面させ続けていた。

 最後はさとちゃんの家の前まできちんと送り届けてくれたのだけれども、別れる間際も「本当はまだ帰したくない」なんて言って抱きしめられてほっぺたにキスされて。唇を指先で触れながらも「こっちは、今はヤバいから、今度に取っとく」なんて次回のことを宣言された結果、ほぼ呼吸困難になりながら、私はさとちゃんに迎えられることになった。

 へにょへにょと体の力を失いそうになっている私を一度落ち着かせるために玄関に座らせながら、さとちゃんは「うわぁ、あのみずきをここまでトロトロに……すごいな、本気出した宮本は」なんて言って感嘆していた。ものすごく恥ずかしくて、でもこれで死んでもいいってくらいに幸せだった。

 そしてその日以降、彼は私のことを「みずきちゃん」と名前で呼んでくれるようになった。こっちも緊張しながら「政信くん」と呼び返してみたら、すごく自然に「うん?」と返事をしてくれたから、「いいよって、ちゃんと許されてるんだね、私」って感じて、すごくドキドキして安心した。



[つづく]

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