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シュレディンガーはたぶん猫。[第15話]

第15話

 
 
第三章
「キラキラ彼女は何にも知らない」


 放課後になったばかりの教室は、つい先程もたらされたニュースの話題で持ちきりだった。

「ねぇ、例の事件のさ、夫の人のお父さん、自殺したんだって。俺も息子も潔白なんだ、って遺書残して」
「うん、スマホにニュース流れてきたの、今見た。記者会見でさ、私も妻もそんなひどいことをする息子に育てた覚えはないとか、息子夫婦間に確執もなかった、あの日は子供用の買い物をするって三人で仲良く出かけて行ったんだから、とかって、すっごいキレてたよね」
「あれはあの記者の人、煽り過ぎてたよねー。どこの新聞社だったっけ、あの記者」
「でも、お嫁さんあんなふうに亡くなって、息子と自分の奥さんもいきなり失踪、だろ?やっぱ怪しいってあの人……」
「でも、こういう言い方難だけど、やっとここら付近に来るマスコミ減ってくれたから、よかったよね。うちらも期末試験始まるし、受験あるし。犯人確定ってわけじゃなかったけど、容疑者いなくなって解決、じゃないけどさ……」

 件の猟奇事件はほとんど謎が解明されないまま、「被疑者死亡」の報をもって警察の捜査は終わり、ということになりそうだ。世間様的には。

「なんかさ。現場のマンション付近に、変な赤い虫がウゾウゾいたの、見かけた人がいるんだってよ?」

 ただ、俺と片山ふたりだけが「ちょっとおかしいぞ?まさか?」などと考えていたりする。それはたった今、山瀬が口走ったある情報のせいだ。

「おい、それ」
「もう一回、詳しく」
「おわっ!?何だよ急に!!」

 山瀬はニュース速報の話題をきっかけに、たまたま他の人から聞いたこととしてそれを思い出し、ごく気軽にそう口走っただけのようだ。話のネタを提供するくらいのノリで。

 しかし「そういえば」程度で軽く話し始めたはずが、俺と片山が揃って勢い良く食いついてきたので、その剣幕にひどく驚いてしまったらしかった。軽く十五センチメートルくらいはその場から飛び上がっていた。

「い、いや、別に、ただの噂だって。たまたま死んだ人がいた場所で幽霊見たって言う人が出てきた、みたいなさ」

 あくまでもリアル事件にまつわる怪談の話、みたいに山瀬はその噂を聞いたのだろうが、俺たちは今、「虫の話」としてそれを聞いている。

「赤い、幽霊虫……」

 俺はついつい、呟いてしまう。

 まさか、これは「人の手による猟奇殺人事件」じゃなかった?いなくなった人たちは、全員、虫に食われた……?

 となると、逆に気になるのは、唯一消えていなかった妻の人、「妊婦さん」本人だ。何で発見されるまで、この人だけが何とかギリギリ生きてたんだ?また何か、ふたつのオカルトが陰で組み合わさっていたりするのか?

 これは、ちゃんと調べた方がいいんだろうな。

 俺がチラリと片山の方を見ると、片山も同様の、何か言いたそうな顔でこちらを見ている。考えていることは大体一致しているようだ。

 ……さすがに、山瀬や松岡には言えないオカルト話題なので、それ以上は踏み込めずに黙っているしかなかったのだが。

「んな怖い顔すんなよ、片山~」などと松岡に言われた片山は、「ああ」とか「うう」とか唸って言葉を濁している。

 片山が俺といることが増えたので、最近は自然と松岡や山瀬も含めた四人でつるむようになっている。当初は「見るからに怖くてでかいヤンキー」な片山に怯えていた松岡と山瀬だったが、例の片山の性質がいくらか理解されてからは、「意外と根っこは怖くない奴かも?」と結構普通に関わっている。

 ただ、「虫とかシュレとか異形」とか、「片山の常識外れ過ぎてるヤバいところ」などの人を選びそうな話題は、基本的に伏せられている。あと、片山の方も、ふたりのことを「アッコさんを紹介しても大丈夫なタイプの童貞」とは見なしていないようだ。

 何というか、揃って「普通にイイ奴ら」だからなぁ。あんまり闇にまみれたおかしなことには巻き込みたくねぇんだよな、とつい思ってしまうような、「光属性」タイプなのだ。

 こいつらにはこのままのキレイな二人でいてほしいし、初めての可愛い彼女を作った時にこそお幸せに童貞を失えばいいと、闇属性の俺らは心から思っているんだぜ……。

 おっと、うっかり厨二病の症状が出ちまったな……。

 などと思いつつ、四人でグダグタと話していると、やがて図書委員会の集まりを終えた岡田さんが戻ってきた。

「宮本くん」

 あー、可愛い。俺の彼女らしいよ、この子。

 まるで鈴でも転がったんかな?みたいな高くて小さめの声で名を呼んてくるので、俺も自然とデレデレしてしまう。これから二人で一緒に帰る約束をしているからだ。

「クッソ、はよ、帰れ帰れ~」
「いいなー、マジ、いいなー……」

 素直に羨まし気にする松岡と山瀬は「裏切者め~」と「良かったなぁ」半々の顔つきだ。本当に「いい奴ら」なのだ。

「おー、じゃあな」

 二人に言い置いてから、片山に視線をずらす。視界がかち合った。お互い、特に何か口に出すことはなかったが。

 後でな。

 そう認識が伝わっているのが分かった。「赤い虫」のことは調べる必要があるし、岡田さんと別れてから片山のアパートに集合する、ってことだ。

 どうせ日々の日課のようになっている、例の対消滅作業も必要だ。例え俺に彼女ができようとも、変異の方が「じゃあ出るのやめとくわ~」と遠慮してくれるわけでもない。むしろ「岡田さんに確実にバレないためにも、より念入りに消しておく」必要があるわけで。実はそのせいで朝・晩だけでなく「学校にいる時」も、ヤバい時はこっそり陰で消すようになっている。トイレとか空き教室とかで。

 おそらく、岡田さんと別れた頃には片山のシュレの回収も終わっているはずだ。例のごとく、奴はパソコン室の幽霊役で今日も忙しくしている。

 いや、最近は単にネットの世界で楽しく遊んでいるだけなのかもしれないが……。最近、アイツの喋り方の端々が妙にオタクっぽくなってる気がするんだが、気のせいじゃないよな……?一体どこの界隈の沼をほっつき回ってるんだよ。

 つらつらと考えながらも、俺は岡田さんの方に近づいていく。気が付いた相手に、ほわりと微笑まれてしまった。

「宮本くん。待たせちゃってごめんね」

 ああ~俺の彼女マジ可愛いなぁぁ~!!とこっちも自然とニコニコしてしまう。色々と内情が顔に出ていて、気持ちが駄々洩れな自覚はあるものの、止まれない。

「大丈夫だよ、普通に教室で時間潰してたし」

 何てったって、俺は岡田さんの「彼氏さん」なのだ。真の彼氏しか「彼女を待つ」なんてことは許されないわけで。

 人の彼氏としての自覚、みたいなものをじっくり味わえる時間として、意外と「ただ待つ」という行為も楽しかったりする。そしてこれから、とことん彼氏面をして、俺は彼女と連れ立って帰るのだ。堂々と手を繋いだりもして。ああ、素晴らし過ぎる。俺は今、確かに女の子と付き合っている……!!

 わぁ、手、ちっちゃいなぁ。マジ女の子してる。かわいっ。

 勢い余ってぎゅっと強く握りそうになってしまって、意識して手の力を緩めた。痛がらせたくはなくて。でも完全に手放す気は毛頭なかった。恋人繋ぎ、いいものだ。

 まぁ岡田さんはこれから塾なので、長々とは一緒にいられないという現実はあるわけだが……。そこは仕方ないと割り切っている。こっちももろもろ重要な「用事」があるので。

 というか、正直この場合、三年の夏だというのに金銭的な事情関係なく塾に行くことをろくに検討していない俺と片山の方が、受験生としてかえっておかしいのかもしれない。

 片山は「一応はシューショク希望?」と自分の進路なのにいまいち興味なさそうにしていた。奴らしい話ではある。

 俺はというと、特に行きたい進路もなく、親と相談した結果、成績に応じたわりと近所の私立大学の商学部とか経済学部あたりを滑り止めにする予定で、「他はどうしようか、現時点の模試で合格圏内なら塾まではまだいいかな……もっと焦ってきてからでも」とか思っていたら、ここ最近の昆虫観察な日々が始まってしまった。なので、夏休み中から通い始めるかどうか、という判断がだいぶ怪しくなってきた感はある。

 例えば、親に頼んで岡田さんと同じ塾の夏期講習に通わせてもらう夏休み。建設的かつ魅力的な話だ。よりずっと岡田さんと一緒にいられる。隙間時間により遊べるかもしれない。

 が、ぶっちゃけ、「昆虫観察メインの夏休み」という夢を叶える方が受験勉強より魅力的過ぎて、それで人生の一年分を棒に振ることさえも、厭わない感覚があったりして……。母さんに知られたら、さすがに滅茶苦茶怒られそうだけども。

 ちょっといいところの教育学部を目指しているらしい岡田さんにも、その辺りの俺の曖昧さを知られたら、さすがにドン引きされるかもしれない……。岡田さんも塾一緒になるんだったら嬉しい、と思ってくれそうだとは感じつつも、今はまだ決めきれないでいる。もう少し悩みたいところだ。

 ひとまず、そういうわけで、最近の俺の平日は岡田さんが通う塾の日には彼女を近くまで送っていく。少し時間がある時はファーストフードや喫茶のお店あたりでお話して、俺もちょっとお勉強して、というデートを繰り返している。

 たまに土日は私服で会いもする。ただ、その時も岡田さんは家族に対しては「図書館や塾でお勉強」と伝えているようだ。ちょっとご両親が教育パパ・ママなタイプらしくて。まぁ、正しき受験生の最後の夏の姿、と思うとそれも仕方ないと思う。俺も岡田さんの将来の邪魔をしたいわけではないので。何より、「いい彼氏だ」と岡田さんやご両親にも認識してもらいたいという見栄みたいなものもある。となると、やっぱり塾を考えるべきなのか。かっこいい彼氏としては……。

「あ。マジカルアニマルだ」

 その時、岡田さんが声を上げた。性格的には大人しい方の彼女には珍しく、少し興奮した、はしゃいだ口調だった。

「わぁ。私、当時、すっごく好きだったんだ~」

 俺は彼女の視線を追って、少し白茶けたそのポスターを見る。そこは小さめの個人経営の文房具店で、窓に張ってあるそれを、岡田さんは頬を上気させて見つめていた。それは文房具、ペンケースとかペンとかの筆記用具のポスターだった。

 女児向けアニメ「魔法少女☆マジカルアニマル」の。

 俺たち世代の女子にはもちろん、「大きいお兄ちゃん」たちにも大人気。人気過ぎて劇場版まで作られて、さらにそれも一般人に知られると大ヒット、という超有名作だ。「想いの強さが未来を繋ぐ。マジカル・キャット、メモタルフォーゼ!!」という主人公の変身文句はあまりにも有名だ。

 孫のために変身グッズや衣装を買う、という名目でおじいちゃんおばあちゃん世代でさえ知っているほど、と当時言われていた。なので、この「おじいちゃんおばあちゃん」が経営してそうな小さなお店も、当時頑張って販促のためにポスターを貼ったのに違いない。その文房具の発売日の日付けが、ちょうど十年近く前、俺たちが小学生の頃だった。

「結構ヒットしてたよな。俺はその前にあった虫モチーフの戦隊ものの方ばっかり見てたけど」

 俺も当時のことを思い起こしてみる。連続して放送されていたので、自然と見た記憶が残っている。おぼろげではあるものの、内容も覚えている。

「真由美、妹も好きでさ、えーと、名前何だっけ、あのオレンジの元気キャラの子……」
「まおちゃん?」

 好きというだけあって、岡田さんは今でもしっかり細部まで覚えているようだ。すぐさま、かつ正確にキャラの名前が出てきている。おかげで俺の脳細胞も強めに刺激された。

「あー、そうそう、まおちゃんだ。小柄だけどカンガルーモチーフっていう、肉弾戦得意な子な、それが真由美の推し」
「あー、一緒にいると元気が出る子だよね。まおちゃん」

 そんな元気キャラの真似をして手加減の感覚もなくかかってくる真由美の相手は、正直大変だったよな、飽きるまで付き合わされたしなぁ、などと記憶が戻ってくる。

「岡田さんの推しは?」

 ここにきて、今まで経験したことがない勢いでいい感じに話が盛り上がってきたので、俺は訊く。

「やっばり主人公、猫モチーフでレッドの……リンちゃんかな。明るくて、素直で、でも好きな人にはちょっと素直になれないの」

 すると、さらりと答えを教えてくれた。微笑んで。

 俺の脳裏にも「主人公のリンちゃん」のキャラデザがクリアに蘇ってくる。目の前のポスターのリンちゃんは既に日焼けして白茶けているけれど、確かにその子は、元々はもっと鮮やかなレッドの衣装のキャラだった。

「でも、お姉ちゃんや幼稚園の子と遊ぶ時は、いつもブルーのマジカルドッグの役だったな……」

 ただ、一通り楽しそうにしゃべっていたはずの岡田さんの表情が、その台詞を口走った瞬間に少し、曇った。

「そうなの?」
「うん、お姉ちゃんとその友達、ってなると年上の子ばかりでしょ?人気があった主人公のマジカルキャットは先に取られちゃってね。あと、たまたま髪型が似てたから。ほら、こういうハーフアップで」

 岡田さんが後ろ頭、自分の髪の毛の結び目に触れるようにして、示して見せる。

 言われてみると、記憶の向こう、確かにブルーの「マジカルドッグ」は今の岡田さんと似たような、ハーフアップっぽい髪型のキャラデザだった気がする。

「子供の時の年上って逆らえないよな。怖いもんなぁ」
「ねー?」

 俺たちは再び歩き始めた。文房具店はそのまま背後に流れていく。それでも、俺たちは当時の思い出話を続ける。

 本当に、今でも「マジカルアニマル」が好きなんだな、こんなニコニコして何かを語るの、初めて見たかもしれない。

 そんな彼女を、俺は「可愛いな」と心から思った。岡田さんはお試しのお付き合いから……とか言っていたけど、俺としても話していて楽しくて、「いいな、岡田さんのこういう感じ、意外だったけど案外好きだなぁ」と素直に思っていた。



[つづく]

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