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【寄稿】神田橋條治|「共感」の方法

本記事は、精神科医・神田橋條治先生による「書き下ろし」初寄稿です。
最後に、お知らせがございます。ぜひ、併せてお読みください。

「共感」の方法

 ヒトの在りようやヒトの作品に接しての、重要な反応として「共感」があります。それは「生ずる」ものですから、「方法」という作為とは相反します。
 治療という営みは、確かな技術の錬磨を目指しますから、自然現象である「共感」を排除する訓練になりがちです。ですから治療訓練にあっては、確かな技術と豊かな共感という、しばしば相反する目標が唱えられます。二本立てです。技術修練のほうは輪郭が確かであり、上達の「方法」も整っています。共感は修練という概念に馴染みにくいですが、優れた先達の振る舞いには、二本立ての姿がありますから、経験の試行錯誤により、共感が豊かになるらしいのです。ボク自身にとって、二本立てを巡る試行錯誤、はメインテーマでした。
 最初の練習は、すでに生じている情緒反応すなわち逆転移反応(共感はその一部です)の察知でした。これは、精神分析を中心にした対話精神療法の必須技術です。誤解している人があるので、あらためてお話ししておきますが、こちらの逆転移反応は、患者の本質のみを反映しているのではなく、両者の関係の本質や、場の本質を反映しているのです。ですから、逆転移反応を失認して行われる治療者の働きかけ・語りかけは、とんでもないピント外れだったり、時として、強烈なダブルバインド操作となったりするのです。すでにダブルバインドに由来する病理を抱えている患者の引き起こされる混乱は強烈です。対話精神療法の副作用の最たるものです。この「すでに存在する逆転移反応(共感を含む)」の察知の訓練、という「方法」はあります。ヒトやヒトの作品、なかでも言葉や文章に接した直後の空白の時間に、内側に湧いている「コトバにならない感興」に注意を向ける習慣です。「余韻を味わう」です。熱中した面接の夜の夢などは「逆転移」の探索に重要な「方法」ですが、時間が離れると「余韻」の濃さが薄くなりコトバが優位になります。ボクは「直後の余韻を味わう」を続けることで、「関係の雰囲気」を認知するだけでなく、自分に頻回に表れる感興を手掛かりに、「相手変われど主変わらず」すなわち自分の精神の癖、を把握してきました。この意識配分は身につき、治療技術を駆使しているときにも、傍らで「ご意見番」のように寄り添っていられるようになり、これでボクの面接技術は完成した気分でした。
 自分としては「革命的」な進歩が訪れたのは、コロナで引きこもりの日々、テレビの「俳句」を観ているときです。投稿者の作品を選評者が批評しているとき、無論、言葉の細部や句が運んでくるイメージや感興が話題になりますが、それだけでなく、作者が句を発する直前に味わっていたであろう気分が話題になり、句は(いくらか)過去の扱いになって居るようなのです(むろん,評のイマは句の過去ですが、流れの描写としてのイマでもあります)。そうした俳句の味わいを堪能しながら気がつきました。「コトバが発生する直前の空白とコトバが結実する瞬間、の気分」が重要であることです。これに比べるとボクの技術は「直後」の把握であり、いわば「手遅れ」の気付きでした。新しい気付きから生み出した工夫、を以下に述べます。一言でいって「気持ちいい」ものです。
 練習の手はじめは、俳句の選者を真似て、文章のはじめのその前の、空白の時間での書き手の心身の雰囲気を空想する習慣です。手紙を読むときが練習の好機です。従来の「行間を読む」の先鋭化です。阿吽の返書が書けましょう。
 次の訓練は、対話に際して、相手のコトバが発せられる瞬間すなわち、無音と有音の瞬間の感興を感知する習慣です。これを続けると、次に発せられた「音と音の集合としてのコトバ」の雰囲気・含意が察知できるようになり、遂には無音の時点で、続いて出る音とコトバを微かに予測できるようになり、予測が的中すると、ズレの少ないコミュニケーションが成立している、との安心と歓びが湧きます。それは、本来の「共感」を深め、細やかにしますが、決して歪めるものではなく、むしろ誤解・ピント外れを防止します。
 ただし、健康な心身間の通常の対話では、ピント外れが画期的な治療効果を挙げることが少なくないのです。プラセボ効果ではなく、異文化体験の豊饒性です。「患者は治らなくても、治療者は治る」はそれです。

神田橋條治 (かんだばし・じょうじ)
1937年 鹿児島県加治木町に生まれる
1961年 九州大学医学部卒業
1971~72年 モーズレー病院ならびにタビストックに留学
1962~84年 九州大学医学部精神神経科, 精神分析療法専攻
現在 鹿児島市 伊敷病院
著書 「精神科診断面接のコツ」岩崎学術出版社, 1984 (追補1994)
   「発想の航跡 神田橋條治著作集」岩崎学術出版社, 1988
   「精神療法面接のコツ」岩崎学術出版社, 1990
   「対話精神療法の初心者への手引き」花クリニック神田橋研究会, 1997
   「精神科養生のコツ」岩崎学術出版社1999年 (改訂2009)
   「治療のこころ1~27」花クリニック神田橋研究会, 2000~2020
   「発想の航跡2 神田橋條治著作集』岩崎学術出版社, 2004
   「『現場からの治療論』 という物語』岩崎学術出版社, 2006
   「対話精神療法の臨床能力を育てる」花クリニック神田橋研究会, 2007
   「ちばの集い 1~7」ちば心理教育研究所, 2007~2012
   「技を育む」〈精神医学の知と技〉中山書店, 2011
   「神田橋條治 精神科講義」創元社, 2012
   「神田橋條治 医学部講義」創元社,2013
   「治療のための精神分析ノート」創元社, 2016
   「発想の航跡 別巻 発達障害をめぐって」岩崎学術出版社, 2018
   「神田橋條治の精神科診察室」IAP出版, 2018
   「心身養生のコツ」岩崎学術出版社, 2019
        「発想の航跡 別巻2 聴く, かたる」岩崎学術出版社, 2020
   「『心身養生のコツ』補講50」岩崎学術出版社, 2021
   「『心身養生のコツ』補講51~104」岩崎学術出版社, 2022
共著 「対談 精神科における養生と薬物」診療新社, 2002
   「不確かさの中を」創元社, 2003
   「スクールカウンセリングモデル100例」創元社, 2003
   「発達障害は治りますか?」花風社, 2010
   「うつ病治療現場の工夫より」メディカルレビュー社, 2010
   「ともにあるⅠ~Ⅴ」木星舎, 2014, ほか
   「心と身体といのちのこと」(白柳直子と共著) IAP出版, 2020
訳書  H. スポトニッツ『精神分裂病の精神分析』(共訳) 岩崎学術出版社
    C.ライクロフト 『想像と現実』 (共訳) 岩崎学術出版社
    A. クリス 『自由連想』 (共訳) 岩崎学術出版社
    M.I.リトル『精神病水準の不安と庇護』 岩崎学術出版社
    M.I. リトル 『原初なる一を求めて』 (共訳) 岩崎学術出版社
    M.M. ギル 『転移分析』 (共訳) 金剛出版

☆お知らせ☆

今年、弊社(岩崎学術出版社)から刊行されました『「心身養生のコツ」補講51~104』に引き続き、このたび神田橋條治先生の新刊が出ます!

タイトルは「精神援助技術の基礎訓練(仮題)」
刊行は来年の春ごろを予定しております!

 
「共感」と「コトバ」の関係に関する今回のご寄稿は、2006年に出版された『「現場からの治療論」という物語』の中で「いのち」と「ファントム」の関係として詳しく論じられています。

姉妹編(実践編)となる今回の新刊では、それを援助に活かす具体的な工夫と助言がまとめられています。

ぜひ、ご期待くださいませ!

☟神田橋條治先生の最新刊☟

☟愛される既刊本たち☟


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