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UX調査・デザインのためのノート

私は20年以上UXデザインの現場にいます。
デザイン活動には事前調査は必須ですが、近年のUXはデザイン対象として非常に複雑なので、デザインの進行ごとに何度も調査に出向いたり、想定ユーザーである現場の方たちと議論したりと、調査活動とデザイン活動が切り分けられなくなってきている感触を持っています。
それがデザインの「共創」ということなのかもしれません。

そしてデザインの「共創」により、社会や人々の活動に新しいアイデアや技術を共同で織り込むことで、新しい活動のあり方を「創発」(下記マイケル・ポラニーの「暗黙知の次元」より)することができると考えています。

デザインの「共創」では、まず現場に身をおいて、人々の日々の活動においてそこで何が起こっているのか、会話したり共同で文字や図に描いて見える化してみます。

現場調査から帰ると、その感触を忘れないうちに振り返りの場を設けて、また共同で見える化しながら議論し、デザインのための問題発見の手がかりを得ようとします。
そのときに大事にしているのが、描き出されたものごとの関係性や構造をどう捉えるのかという考え方の枠組みです。

このノートは私のデザインに対する考え方の枠組みの整理や、その実例を挙げて、振り返ってみる試みです。

考え方の枠組み

新しいアイデアや技術に可能性を感じるとき、それをどうやって実現させる事ができるのか?
それを社会に定着させて、みんなが使えて、毎日の活動がより新しく形づくられるためにはどうするのか?

社会では人々は日々仕事や生活の活動の文脈を共同で編んでいる、と捉えて、現場で調査して描き出されたものごとを文脈として見える化して、新しいアイデアや技術をその文脈に埋め込むことができるのではないか。

上野直樹の「状況論的アプローチ」によれば、人々の活動の文脈は、その時々の状況に合わせてリソースを共同で組織化することで作られる。
活動するうちに状況が変わると、そこに共同で境目を置き、新しい文脈を立ち上げる、といった見方ができる。

身近な例でいうと、ラグビーなどスポーツには攻撃や守備の文脈があり、攻守の交代が大きな境目となる。

ところでスポーツにおいて、よりクリエイティブなチームが勝利するとか、練習はクリエイティブでなければ意味がない、といった言葉をアスリートのインタビューで耳にする。
それは多分、文脈の境目でより独創的な者が、変化する状況を通じて活動をリードすることができる、という意味ではないか。

ポラニーによれば、そこでは単にそれまでの文脈から新しい文脈に移ったのではでなく、より高いレベルの文脈が創造されている。
新しい文脈はそれまでの文脈の要素では説明できないし、それまでの文脈に戻ることはできない。

またあるプロジェクトでの調査で、個人競技スポーツのレースでも参加者たちが共同でレースの文脈と境目を作りながら競っていることがわかった。
そこで課題となったのは、どのようなリソースをどう利用してクリエイティビティを発揮してレースを主導するのか、だった。

人々の活動を、共同でリソースを組織化することで文脈をつくることと見ると、新しい技術やアイデアのデザインにおいては、デザインされた物事が文脈に適切に埋め込まれて、境目における人々のクリエイティビティを発揮させるリソースになること、が大きな目的になるのではないか。

クリエイティビティの発揮こそが、人々の活動の文脈の更新の連続を駆動し、継続可能にしていくと考えることができるのではないか。

この考え方の枠組みは、主に次のふたつの本に書かれたアイデアによるものです。

暗黙知の次元

マイケル・ポラニー (著), 佐藤 敬三 1988年4月15日 第13刷

マイケル・ポラニーは、物理化学者から社会科学者に転向し1950年代に暗黙知の概念を提示しました。
暗黙知とはなにか?この著書の冒頭に有名な言葉があります。

「私たちは語れる以上に知ることができる。」
(We can know more than we can tell.)

非常に興味深く、想像力を掻き立てる言葉ではないでしょうか?

暗黙知のアイデア概要

私たちは語れる以上に知ることができる。
知人の顔を何千の中から識別できるが、理由は説明できない。
それは人間が一連の詳細を統合して実体を知る能力のプロセスだが、意識されるのは実体のみで、プロセスは意識されずに行われるため言葉にできないのでポラニーは「暗黙知」と呼んだ。

「暗黙知」においては、能動的な活動やその創造性が大きな力を持つ。
音楽の演奏、職人の技、理論を通じて自然を理解することなど、言葉にできない伝承と学びは、学ぶ側の能動的な活動による創造的なプロセスを経た発見と経験の創造「創発」が無ければ成立しない。

ポラニーはこのプロセスを詳細に考察し、身体を使った知覚のプロセスにも暗黙知を拡張して、「知る」ことは、知的な活動と実践的な活動の組み合わとした。

ボールを蹴るときは、ボールだけ意識している

私たちの身体は、物体の知覚に巻き込まれているため、一連の詳細を身体に同化させることによって、自分の身体を世界に拡張し続けている。
私たちが内面化した詳細を含む実体で満たされた解釈された宇宙を形成するイメージを示した。

また「創発」の章では、この実体が階層をなしていること、創発によってより上の階層が生み出されるとし、科学者としての自らの経験から、問題を見ること、解決を得ることなど人の創造的な活動を「創発」とし、さらに生物の進化まで「創発」の考えを広げた。

「探求者たちの社会」の章では、創造的な活動を支える社会や、精神的な高みを目指す領域まで「暗黙知」の枠組みを広げた。

仕事の中での学習

上野 直樹 (著) 1999年11月18日 初版

上野 直樹 は認知科学者で、1990年代に状況主義的アプローチを基本に現場調査を行い、新しい考え方を展開しました。
状況主義とは、1980年代にゼロックス社パロアルト研究員である、ルーシー A . サッチマンが、オフィス機器のヒューマン・インターフェース設計の枠組みとして提示した、
「人間の行為はすべて「状況に埋め込まれている」」とする考え方です(プランと状況的行為 ルーシー A.サッチマン 監訳者あとがき 佐伯 胖 より)。

暗黙知と状況主義的アプローチ

このような本に著されている、「暗黙知」と「状況主義的アプローチ」に関わるアイデアが、私のデザインと調査の考え方の枠組みを作っています。
私の中では「暗黙知」が大枠で、「状況主義的アプローチ」がその詳細として、繋がっています。
そのあたりが下記のような「実際のプロジェクト」を振り返えることで、すこし見ることができるのではないかと思っています。
なにか見えたり整理することができたら、また別途まとめたい。

実際のプロジェクトから

アスリートへのインタビュー 1, 2

アスリートのための情報機器と、情報サービスをデザインした。
彼らを支援する機器や情報サービスはどのようなものであるべきかを探るために、何人かのアスリートに現場の状況の話を聞きながら、「それはこういうことですか?」と文字や図で描いていった。
アスリートたちは何を考えどう行動しているのか、年間を通じた見通しからレース中の瞬間の出来事まで、の様子を聞くことができた。

この情報機器と情報サービスは、スポーツ全般への展開を想定していたが、本プロジェクト時点ではレースランナーと自転車競技者が個人で使うものに機能が絞られており、この2件のインタビューは2人の自転車競技者に行った。



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