どうすればこんな演技ができるのか。 --- 映画「千夜、一夜」レビュー ネタバレあり
もう前振り無しで本題行っちゃいますが、もうびっくりなんてものではなかったです。田中裕子凄い。いや、彼女だけじゃなくて監督の腕も脚本の冴えもあるのだとは思いますがこの作品、終盤はずっと全身鳥肌立てて観てました。正直、私が感じた凄さの1%も伝える自信が無いです。
北の離島(平たく言っちゃうと佐渡)で突然失踪した夫を30年に渡って待ち続ける女、登美子(田中裕子)。
ある日彼女の元に2年前に失踪した夫の洋司(安藤政信)を探す女、奈美(尾野真千子)が訪ねてきます。奈美はなぜ夫が消えたのか、その理由だけでもはっきりさせて、自分の気持ちに区切りをつけたいという意思を持っています。
30年に渡って夫を探し続けている登美子はそれなりにこの地域の人の探し方をを心得ており、彼女は洋司の捜索に力を貸すことになります。
佐渡という土地柄、失踪であれば当然拉致の可能性も排除されておらず、私は途中で拉致問題をテーマにした作品かと身構えてしまったのですが、そうではありませんでした。拉致を含む失踪者(とりわけ愛する人)の帰りを待ち続ける人の話で、拉致問題そのものからは少し距離を置いた物語となっています。
登美子は夫の失踪後も離婚もせずに妻であり続けようとしています。夫のことを忘れまいとするためか、カセットテープに吹き込んだ夫との会話を繰り返し繰り返し聴く毎日。登美子に言い寄る男もいるけれど、登美子は応じようとしません。
一方奈美は、失踪した夫への思いを乗り越え、新しい生活を始めることを決意するのですが、その矢先、なんと登美子が洋司を見つけてしまいます。
登美子はすぐに彼を捕まえて事情を聞くのですが、このあたりから田中裕子の芝居が凄みを帯びてきます。すごく小さな声でボソボソと喋るのですが、なんでしょうねもうほんとに見ていて苦しい。一言が重い。配信て見るなら周囲に生活音が入ったら絶対ダメなやつです。
尾野真千子もすごく熱演していて、遅れて戻って来た洋司に対して容赦なく怒りをぶつける場面なんかは流石なんですけれども、その熱演が霞んでしまうくらいに田中裕子の存在感が圧倒的です。
この修羅場の後、当然洋司は奈美に追い出されてしまうわけですが、行くあての無い彼は土砂降りの中、ずぶ濡れで登美子の家を尋ねます。
ここで更に辛いのがこの男、とりあえず登美子の夫の着物を着せると、どことなく登美子の夫の面影が重なったりするわけです。そのせいで登美子の中でちょっとした混乱が起こるんですけど、この展開がとにかく悲しい。声はずっと小さいままなんですけれども、登美子の夫への溜まりに溜まった想いがどああああっともう雪崩のように溢れて止まらなくなっている。その表現の仕方がもう!!!
このシーン、ワタシ息してなかったと思いますね。圧巻なんて物じゃない。一体どうやったらこんな演技ができるのか想像することすらできないです。この後で登美子に言い寄る漁師の春男(ダンカン)と思いをぶつけ合う場面もあって、そこが最終的な物語の山場になるんですが、それが蛇足に思えるくらいの衝撃でした。
ちなみにダンカンさんは夫の代わりには絶対ならない気持ち悪さ(笑)が上手く出せていました。ただ田中裕子とのバランスが思ったほどではなく、もう少し繊細な芝居ができる人のほうが良かったように思います。(もっともこれは私が個人的におかえりモネの浅野忠信さんが演じた漁師への思い入れが強いせいかもしれません。)
まー好き嫌いのある作品だとは思いますが、少しでも気になるようでしたらぜひご覧になってみてください。この場面だけでも見る価値はあります。
監督の久保田直さんはドキュメンタリーを撮ってこられた方だそうで、なるほどなあと思いました。
最近ドキュメンタリー映画が面白くて今年も東京オリンピックや長崎の郵便配達といった作品を見たわけですが、ドキュメンタリー映画を見ていて思うのは、とにかく撮影が我慢強い。相手は役者ではないので、必ずしも取材対象からスラスラと言葉が出てくるわけではないのですが、それでもほんの僅かな表情の動きや息遣い、眼の光などから伝わるものはあるわけで、そのかすかな情報をとらえるためにとにかく粘り強く対象にカメラを向け続ける。ドキュメンタリー作品にはそんなイメージがあります。
この作品はもちろんフィクションなのですが、カメラはドキュメンタリーのそれに近く、この作品の画面からはカメラの前では芝居であっても嘘は許さないという厳しさを感じます。とにかくじっくりと演技をさせていてその要求に役者が応えています。特に漁師の母を演じる白石加代子さんの血の通った役作りは素晴らしいと感じました。役者にとっては演じ甲斐のある監督なのではないでしょうか。
とにもかくにも、ここまで書いてなんとなくまともなレビューじゃないなと薄々感じてはいますが、すごいものを見たという興奮をそのまま書き残しておくのが私のスタイルであります。どうかご容赦願います。
田中裕子、恐るべし。
とりあえず早く時間を作って同監督の「家路」を見たいと思います。
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