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富田靖子は今でも --- 映画「向田理髪店」レビュー ネタバレあり

今日は夜勤なので空いた時間に映画を見ようと思ったら、キノシネマもブルク13もイオンもTOHOもキネカ大森もイマイチ食指が伸びず、最後に横浜のムービルを覗いたら大正解。「千夜、一夜。」か「向田理髪店」かで悩み、結局「向田理髪店」を鑑賞。最終的にダンカンと板尾創路のどちらの顔が見たいかで選びましたw。

相鉄ムービルは私たち50代の浜っ子にとっては、映画のイロハを教えてくれた映画館です。現在の横浜シェラトンホテルの場所にあって、第1次アニメブームの時はセル画欲しさに徹夜で並んだものでした。

その相鉄ムービルは再開発に伴い帷子川に面した現在の場所に移転。本多劇場(撤退)やライブハウスを呼び込んで聖地化を目論んでいるようですが、あまり成功しているようには見えません。ただ、映画はなかなか良い作品を選んでいるみたいなので、これからはマメに足を運ぶことになりそうです。

横浜周辺は映画館には恵まれているのでとても助かります。

さて、前置きが長くなりましたが向田理髪店、まずは例によって公式サイトからあらすじを引用します…と書きたい所ですが、ちょいと長いのでとりあえず公式サイトのリンクを貼っておきます。

筑沢はかつて炭鉱で栄えた街。他の地方の街と同じく少子高齢化が進んで寂れていく一方。主人公の向田康彦はこの筑沢で理髪店を営んでいます。

床屋さんというのは髪を切られている間はお客は何もすることがないので世間話をしやすい空間です。町に数件あるかないかの床屋であれば、通う客も顔見知りばかり。いやでも町の情報が集まってきてしまう。康彦の営む向田理髪店はまさにそんな典型的な田舎の床屋さんです。物語はこの田舎の床屋さんをハブとして、小さな町に起こる様々なエピソードが語られていく、という構成になっています。

実はこの康彦の設定が秀逸で、一度筑沢を出て都会で広告代理店の仕事に着くものの自分の能力に限界を感じて、家業を次ぐために筑沢に戻って来た出戻り男として描かれています。つまり多少なりとも都会での暮らしも知っていて、田舎町である筑沢を他の住人よりも少しだけ客観的に眺めているわけです。自分の町の寂れっぷりに絶望もしているけれども、自分の町への愛着も人一倍ある、そんな人物です。

で、生来の面倒見の良さという部分もあるのでしょうか、この康彦が町に揉め事が起きるたびにまとめ役として駆り出されて、言葉を尽くして丸く収めていくわけなんですけど、この説得の言葉の選び方がいちいち良いんです。もうどうしても紹介したくてKindleで原作買っちゃいました。

その一例がこちら。筑沢のある農家の長男がお見合いエージェントで知り合った中国人女性を嫁に迎えるのですが、後ろめたさを感じて披露宴会場から逃げ出してしまう、その長男にかける言葉です。

「おれも都会に生まれればよかったって思うことはある。苫沢じゃプライバシーも遠慮もあったもんでねえ。みんな小さい頃から知ってっから、恰好のつけようがねえ。いっぺん恰好悪いことをしてしまうと、一生話のタネにされる。だから宿命だと思ってあきらめるしかねえ。大輔君、農業をやめるか? やめねえべ。苫沢から出てくか? 出て行かねえべ。だったら開き直るしかないっしょ。みんながひとつの池の中で、同じ水飲んで生きてるべや。それが苫沢だ。染まれ。染まって自分なんかなくしちまえ。楽に生きられるぞ」

奥田英朗「向田理髪店」より引用

注:小説の舞台は北海道の「苫沢」です。

ご覧の通り、もう田舎の面倒臭さってのが凝縮してるわけです。面倒くさくても、今更出ていけるわけでもない。でも、そこで生まれ育った人たちがそこで暮らし続ける理由というのも確かにあるということがよくわかります。

おそらく映画の脚本でもこの原作の言葉をほとんど切らずに採用していたと記憶しています。この手のセリフはともすれば熱くなり過ぎたり説教臭さが滲んでしまったりするものですが、康彦役の高橋克実さんの演技からは表面上の面倒臭さの裏側にある、人々のつながりがもたらす温もりがしっかりと伝わってきます。こういう機微を捉えた芝居は俳優高橋克実の面目躍如といったところだなあと感心しました。

また、この作品の後半のイベントとして、筑沢が映画のロケ招致に成功して、筑沢を舞台に映画の撮影が行われるという出来事が起こります。この映画は九州の大牟田市で撮影されていて、メタっぽい展開が面白いです。おそらく大牟田の街も映画の中の筑沢と同じような賑わいになったことでしょう。

ところが映画の中では筑沢の人たちは完成した映画の出来に不満を募らせてしまいます。つまり、「この映画は田舎を馬鹿にしてるんじゃねぇか?」というわけです。

そりゃそうですよねぇ。
私、前から思ってました。

いわゆる田舎を舞台にした映画、特に過疎や高齢化、少子化、貧困とかを題材にすると、どうしても暗く重たい話になりがちです。私の記憶でも泣く子はいねぇがなんかはすごくいい作品だと個人的には思ったわけですが、一方でこれ観た男鹿の人たちはいったいどんな感想を抱いたのかは、ちょっと気になってしまいました。

ひょっとして男鹿の人たちはもっと男鹿の良い部分にも触れてくれると期待していたんじゃないか。大林宣彦の尾道三部作のように観た人が自分たちの町や村に来たくなるような映画をイメージしていたのかもしれません。作品を見た人たちは、少しがっかりしたかもしれません。もちろんそんなことを言っていたら良い映画など作れないというのは良くわかるのですが、見ている側としては、ちょっと複雑な気分にさせられます。

一方で、その点ではこの向田理髪店は絶妙なバランスで、田舎の抱える問題を提起しつつもそれだけじゃないよと、田舎の暮らし向きを肯定的に捉える部分もきちんと残していてくれているのでほっとします。鑑賞後の後味もすこぶる良くて、これなら大牟田のみなさんも大満足なのではないでしょうか。

役者さんは皆さんとても肩の力が抜けていい感じです。板尾さんなんかは今までの作品で一番いいかも。劇中の映画が板尾監督の作品っぽいのが面白いです。

あと町中の男連中を浮足立たせるスナックのママ役の筧美和子さんがハマってます。特に中年男を骨抜きにするヤバい二の腕の再現度がけしからんレベルで完璧です。

この二の腕に男は敗北する。

最後に奥さんを演じる富田靖子さん。とっても可愛らしくて参りました。九州のご当地女優として完全に根を下ろした感がありますが、もっと活躍してほしい女優さんですね。私がこれより前にお見かけしたのがFukushima50だし、最近はなんか陰のある役が多い気がしていたのですが、いやいやまだまだ輝いてるじゃないですか!

私は彼女が通った港北高校からほど近い高校に通っていたこともあり、10代の彼女の輝きにひときわ胸をときめかせた世代でありますが、この向田理髪店での彼女は当時のときめきを思い出させるような魅力がありました。彼女はやっぱり今でも私たちのマドンナですよ。もっと前に出てきてほしい人だと思いました。


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