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瞳の奥の瞳の奥に。---映画「泣く子はいねぇが」レビュー ネタバレあり

隠しきれないほどののんさんファンでありながら、最近は吉岡里帆のファンである部分も全然隠しきれなくなってきてしまっている私は、彼女の演技の評判を聴いて観に行ってしまいました、「泣く子はいねぇが」であります。

とりあえずここで吉岡里帆論をぶちあげてしまうと、多分いつまでたっても映画に行き着かないと思いますので、目をつぶって先に進みます。

ではまず例によって、公式サイトのあらすじから。

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たすくは、娘が生まれ喜びの中にいた。一方、妻・ことねは、子供じみて、父になる覚悟が見えないたすくに苛立っていた。大晦日の夜、たすくはことねに「酒を飲まずに早く帰る」と約束を交わし、地元の伝統行事「ナマハゲ」に例年通り参加する。しかし結果、酒を断ることができずに泥酔したたすくは、溜め込んだ鬱憤を晴らすように「ナマハゲ」の面をつけたまま全裸で男鹿の街へ走り出す。そしてその姿をテレビで全国放送されてしまうのだった――。

それから2年の月日が流れ、たすくは東京にいた。ことねには愛想をつかされ、地元にも到底いられず、逃げるように上京したものの、そこにも居場所は見つからず、くすぶった生活を送っていた。そんな矢先、親友の志波からことねの近況を聞く。ことねと娘への強い想いを再認識したたすくは、ようやく自らの愚行と向き合い、地元に戻る決意をする。だが、現実はそう容易いものではなかった…。

果たしてたすくは、自分の“生きる道”、“居場所”を見つけることができるのか?

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はあああ、なまはげをこんな風に撮りますか!
映画の冒頭、普通に私たちがイメージするなまはげ、つまり秋田の名物ででっかい顔した鬼が民家に押し入って子供を泣かせる姿が冒頭に映し出されるわけですが、そのカットの終わり近く、のなまはげのアップ。これがまあちょっと衝撃というか、いや実はこれが最終盤の伏線にもなるわけですが、ものすごく怖い。ちょっと震え上がっちゃいました。僕はなまはげの怖さを全く知っちゃいなかったです。参りました。

この映画、このひたすらダメ男のたすくが心を入れ替えてダメ男なりに頑張ろうとする姿に心打たれたりするわけですが、やっぱりこの地域活性化のためなんでしょうか、地方を舞台にした映画を見ていると、日本は厳しいなとつくづく思ってしまうわけです。

例えば彼は冒頭でやらかした失敗のおかげで嫁に愛想をつかされて一人上京します。で、この東京での一人暮らしはフットサルを楽しんだり酔った女子とちょっといい感じになりかけたり、まあなんとなくですが「暮らせてる」わけです。ところがこれが実家に戻ってしまうともうダメ。これ、別に舞台となった男鹿を悪く言うわけではないんですよ。だけど映画を見ているともうどうしようもない感じがひしひしと伝わってきてしまう。

東京でならなんとなく暮らせてる、真人間として立ち直れてる。だけど田舎は全然ちがう。仕事がない、あっても給料がすごく安い。東京でやれてたからといって、同じやり方は秋田では絶対に通用しない。東京ではダメでも生きていけますが、田舎ではダメだとそれだけでもう本当に命取りだということがよくわかる。

これはもちろん主人公のたすくだけに当てはまるわけではなくて、たすくの妻のことねにもあてはまります。一度ダメな男に嫁いでしまった挙句シングルマザーになってしまったことねが、女手ひとつで娘を育てようと思えば夜の街に出ていくしかない。子供がいるからたすくのように無責任に東京に出ていくリスクも犯せない。なにかハンデを負ってしまうと、もうそれだけで人生の選択肢がぐーんと狭まってしまう。そのへんの厳しさがしっかり伝わってくるので、終盤のたすくの行動とことねの選択がとても重く、辛いです。

ある意味もはや田舎ではなにもできないたすくの姿になまはげのイメージを重ねているのが面白いです。やっぱり本場男鹿の街であってもなまはげというのは「古き良き時代」のものになりつつあって、鬼といえどもインターホンの壁を超えることができなかったり、なかなか寂しい現実があります。迎える側に取ってみればなんかワーワーうるさいし、子供にトラウマ植え付けるだけだし、別に儲かるわけでもない、要は面倒くさいわけです。そのなんとなく地元で行き場を失っているなまはげの姿がたすくの姿そのものということなのでしょう。もはやなまはげは玄関先で力の限り叫んで叫んで叫んで叫んで、ようやくことねの心の奥底から絞り出すほんの一滴の優しさにすがるしかない、そんな存在になりつつあるのかもしれません。エンドロールのなまはげが、民家の中で雄たけびを上げる姿ではなく、深々と降る雪の中を静かに歩く姿であることになんとも言えない郷愁と寂しさを感じました。

最後に、役者さんですが、主演の仲野太賀さんは素晴らしい演技で、とにかくなまはげの瞳の奥に光る彼の目が無ければこの作品は成立しかなったと言えます。また私の大好きな吉岡里帆さんの出来もこれまた素晴らしくまた女優の階段を一歩上った感じがします。最近の吉岡さんは一つ一つの仕事にとても真摯に向き合っている様子が外から見ていてもわかるし、ある意味のんさんよりも戦っているイメージがあります。番宣でバラエティ番組などにも出ているようですが、正直似合わないことはやらなくていいです。とことん女優の道を邁進してほしい。良い仕事をたくさんしてほしいし、できるはずです。

当初、私はこの作品を秋田のご当地ムービー的な作品だと思っていたのですが、全然違いました。機会があったらぜひご覧下さい。

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