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小説 ロックンロール先生(全文)


「明日から産休に入りまーす!代わりにうちの旦那が来るから楽しみにしててね、じゃみんなサンキュー!」

帰りのホームルームで親父ギャグをぶちかました金髪のギャル先生。巻き髪のロングヘアーにカラコンと長いつけまの僕達の担任、名前は六田真里(ろくたまり)、僕達はマリリンと呼んでいる。

彼女のぶっ飛んだ先生らしからぬ行動や言動には今まで何度も驚かされた。校長先生の事を「波平ちゃん」と呼び、ハゲ頭を平気で叩いたり、進路実績ばかり気にする教頭先生を生徒達の前で「教育ママゴン」と揶揄ったりする。

さん付けあだ名禁止などが叫ばれる昨今、マリリンは僕のクラス全員に変なあだ名を付けた。ちなみに僕はルーシー、本名が山田徹(やまだとおる)なのにどこがルーシーなんだか全く関連性が無い様に思えたのだが、とおるだからルーシーなんだそうだ。

「マリリン、がんばってね!」

「元気な赤ちゃん産んでね!」

大きなお腹を抱えるように教室から出た先生は、扉から顔を覗かせ両手でハートマークを作りウインクした。僕達とマリリンはいつもタメ口だった。ちょっと変わった先生だったけど、みんなマリリンの事が大好きだった。

「今日からマリリンの旦那さんが来るんだって」

「どんな人なんだろう、マリリンと同じでぶっ飛んでる人かなあ」

「いやいや逆に真面目な人だったりして」

翌朝僕が登校すると、クラスは新しい担任の話題で持ちきりだった。

「ガラガラガラ、バーン!」

ホームルームのチャイムが鳴りしばらくして引き戸が勢いよく開いた。ざわついていた生徒達は静まり返り、扉に一斉に目をやった。

「よいしょっと」

しばしの静寂の後、大きなアンプを持って現れたのは細身の男だった。赤いチリチリのロン毛、ピチピチのシャツと黒の皮パンツ、夏だと言うのに皮のブーツを履いている。男は大きなアンプを教壇に置くとまた廊下に出て行った。そして黒の長方形のハードケースを持って再び入ってきた。

僕達は唖然とその様子を見守っていた。

男は教壇の上でハードケースの留め金をパチパチと外して開けた。中には艶々と輝きを放つエレキギターが入っていた。隣のギター好きの友人が、おお!と歓声を上げた。

男は丁寧にギターを取り出しストラップを肩に掛け、ギターとアンプにシールドケーブルを差し込んだ。

先生は黒板にチョークで大きく「ロック魂」と書くと、アンプのボリュームを最大に上げた。

「みんなよろしくう!俺はロック魂だあ!」

「ギャギャギャギャーーン!!」


馬鹿でかい歪んだギター音が学校中に響き渡った。キャー、余りの爆音に前の席の女の子達は耳を塞いでいた。

「キュイーーーーン!!!」

先生はギターをアンプに向け残響するハウリング音を楽しんでいる。驚いた隣の担任が教室の引戸を開けると、大勢の他のクラスの生徒達もその後ろから教室を覗き込んだ。

教頭の教育ママゴンが血相を変えて飛び込んで来た。

「六田先生!何やってんですか!すぐにやめてください!」

「まあまあ、ママゴン、ロックは人間教育です、軽い挨拶代わですよ」

「ギターなんて不良が持つ物です!すぐに片付けなさい!」

ギターイコール不良というママゴンの言葉を聞いた数人の生徒達が失笑した。

「そこの貴方方!何がおかしいんですか!」

ヒステリックにママゴンが叫んでいる間、先生は平然と黒板に「六田真信」と書いた。

「俺の名前は六田真信(ろくたまさのぶ)、別名ろくだましん、ロック魂!みんなよろしくう!ギャギャギャーーン!ロッケンロー!」

廊下から見ていた生徒達からもおー!と歓声が上がり、大きな拍手が沸き起こった。

「やめなさーい!ほらみんなクラスに戻って!もう何なのよ、全く!六田先生!後で来てください!」

六田先生に完全にマウント取られたママゴンは、ぶつぶつ言いながら職員室に帰って行った。

「マリリンよりぶっ飛んでる」

僕はポツリと呟いた。

「まいったぜえ、あれからママゴンにみっちり絞られた」

チリチリパーマのロン毛をポリポリと掻きながら帰りのホームルームに現れた六田先生の痩せた頬は尚更こけて見えた。朝からずっとママゴンに説教されてたらしい。

「校長の波平さんの助け船でやっと解放されたよ。教壇にギターとアンプ置く事も波平さんに許可してもらった。お前ら自由に弾いて良いぞ!ママゴンは絶対にダメだと言い張ってだけどな、アハハ」

「やったー!イェーイ!」

クラスに歓声が上がった。

「サンキュー!ロックンロール先生!」

「サイコー!ロックンロール先生!」

それから僕達は六田先生をロックンロール先生と呼ぶ様になった。

ロックンロール先生は英語の先生だ。

一応進学校と呼ばれている僕達の高校は、三年の一学期で教科書の内容を全て終え受験体制に入る。

ロックンロール先生は受験生の僕達に、授業の度に英語の構文が三つ印刷された小さな紙を配った。

表に構文、裏に訳が印刷されている。今日配られた構文の一つはこれ。

構文「Ritchie Blackmore is one of the most famous guitarists in the world.」

訳「リッチーブラックモアは世界中で最も有名なギタリストの一人だぜ」

何かしらロックの話が含まれている先生オリジナル構文だった。

次の授業までに覚えて来る事、と言うだけで後は授業らしい授業はしない。今日はストラトキャスターとテレキャスターの話で終わった。昨日はギターのエフェクターの名前を暗記させられた。

この僕でさえ、こんな授業で大丈夫なのかと不安になる事もあった。でも先生は、構文だけで充分、といつも堂々と言っていた。

いつの間に持って来たのだろうか、教室のアンプは大きな二段重ねになっていた。ロックバンドのステージで見覚えのあるこのアンプがマーシャルと言うメーカーの真空管アンプである事も先生から教わった。

ギターはサンバーストのフェンダーストラトキャスターにホワイトが加わり二本に増えていた。

アンプのボリュームの2の所にビニールテープで「ここまで」と書いてある。これは僕達が貼った。ボリュームは2まで、アンプを使って良いのは放課後だけ。僕達は他のクラスに配慮して自分達でルールを作った。

放課後小さな音でギターを弾いている僕達にボリューム全開で弾け、と先生は言った。しかし生徒達が自主的にルールを決めた事を知ると、そうかそうかと満足気に頷いた。

今日の先生の授業はジョンレノンのイマジン。先生は英語の歌詞を黒板に書くと、ホワイトのストラトキャスターを手に取り静かに歌い始めた。

先生の渋いしゃがれ声は僕の魂を揺さぶった。構文だけの先生の授業に見切りを付け自習している生徒達もいたが、先生が歌い始めると顔を上げて聴いていた。

「ロックはラブアンドピース、国境も無ければ戦争も無い」

人間は何故平和な世界を作れないのだろうか。僕は先生に会う迄ロックに全く興味が無かった。でも最近流行りの曲が軽くて意味の無いものに思えて仕方が無い。

英語の構文を一日三つだけ覚える、これなら僕でも出来るかも知れない。僕は「構文だけで充分」と言う先生の言葉を信じてみる事にした。

授業の度に配られる構文の紙に穴を開け、小さなファイルに綴じた。何度も何度も紙が擦り切れる程繰り返し覚えた。何も考えずただ丸暗記するだけ。

暗記した構文が二百を超えた頃、不思議な事が起こった。英語の模試の点数が突然跳ね上がった。どちらかと言うと苦手科目の英語で突然高得点を取った僕に周囲はカンニングを疑った。

僕は感じていた。英文を読んだ時の感触が明らかに以前とは違って来ている事を。知らない単語は所々あるものの、文章の内容が何となくわかる様にになっていた。

英語の成績が少し伸びた事で、大学に進学する事が現実的になった。僕はこれと言った趣味は無い。勉強や部活にも魅力を感じた事が無い。ただ漫然と高校生活を送って来た。

とりあえず大学に進学してみよう。先生のストラトキャスターで、少し弾ける様になったスモークオンザウォーターを爪弾きながら僕は思った。

僕は隣のクラスの内木美奈が好きだ。

内木さんは陸上部の長距離の選手。すらっとした長い脚で今日も校庭のトラックを走っている。八頭身の小さな頭はほとんど上下にブレ無いきれいなフォームだ。

脚も遅いし運動が苦手な僕とは正反対で彼女は運動神経抜群。しかも一年生からずっとハイクラスで校内模試の成績は常に上位に名を連ねている。

僕は入学式で彼女の笑顔を見た時一撃で殺られた。栗色のセミロングに歯並びの良い大きな口。くっきり二重の大きな目。明るく朗らかで誰にでも優しい彼女はとても人気者だ。恐らく彼女の事を好きな男子は星の数程いるだろう。

高嶺の花の彼女と帰宅部の目立たない僕が釣り合うはずもない。告白したとて相手にもされないだろう。もしかしたら僕の存在すら知らないかも知れない。

「ふう、そんなに甘くないよな」

僕は教室の窓から走る彼女を見て、毎日ため息吐いていた。

「どしたルーシー?ため息なんか吐いて、さてはフラれでもしたな」

振り返るとロックンロール先生が立っていた。

「あ、先生、まあそんな所です」

「そうかそうか、いいよなあ、青春だなあ。俺も沢山フラれたぜ。良いんだよフラれたって、そのチャレンジ精神が大切!きっと良い思い出になる」

先生は僕の肩をポンと叩いた。

「あ、いや、まだ告白してないんです」

「片思いか!ならばこの歌聴いて勇気を持って告白してみな」

先生はスマホを取り出しYouTubeの曲を再生すると僕に差し出した。怒髪天の「やるイスト」と言う曲だった。

"やらずに後悔するのなら、やって反省いたしましょう"

「どうだいい曲だろ?誰でも人生一度切り。やっての後悔一瞬で、やらずの後悔一生だぞ!ワハハハハ!」

高笑いしながら先生は教室から出て行く。その通りかも知れない、僕は今まで何においても失敗を恐れ挑戦する事から逃げていた。

「あ、先生、スマホ!スマホ!」

僕は慌てて先生の後を追いかけた。

先生が授業で教えてくれる曲には知らない単語が沢山含まれていた。僕はそれを繰り返し聴いている内に英語の語彙が知らぬ間に増えた。

先生は敢えて受験生に必要な単語の入った曲を選んでくれていたのかも知れない。

放課後僕は教室で「天国への階段」を練習していた。先生が弾いてくれたあのカッコいいギターが弾ける様になりたかった。

「わあ、上手いじゃん!」

突然内木さんが教室に入って来た。

「う、内木さん、、」

「いとしのレイラ弾ける?あの曲私大好き」

「レイラはまだ弾けないんだ、ギター始めたばっかだし」

「ふーん、でも山田君はいいなあ、担任が六田先生で、私ロックが大好きなの」

今日僕は憧れの内木さんと初めて口を聞いた。彼女は僕の名前も知っていた、しかも彼女がロック好きだったなんて。先生が教えてれた天国への階段が、僕と彼女を引き合わせてくれた。

僕はいとしのレイラを必死に練習した。この曲が弾ける様になったのを内木さんに見てもらいたかった。

「ようルーシー、ギターに目覚めたのか?最近やたらと熱心じゃねえか」

放課後、毎日僕が練習している事を先生は知っていた。

「レイラか、この曲は授業で教えて無いが、どこで教わった?」

「あ、いや、前にどこかで聞いた事があって」

「ふーん、そうか、クラプトンは黒なんだけどな」

と言いながら先生はホワイトのストラトを手に取ると、シールドケーブルをアンプに挿した。まあこんなもんかな、と先生は沢山あるアンプのつまみを調整した。

「オーケー!見本見せてやる」

先生はレイラのリフを弾き始めた。アンプから響くギターはYouTubeのエリッククラプトンと全く同じ音だった。すごい!僕は先生のギターに聴き惚れた。

「うるさーい!また六田先生!何やってんですか!」

教頭のママゴンが飛び込んで来て僕は我に帰った。アンプのボリュームが最大になっている。

「先生、ダメだよ!ボリューム上げ過ぎ!」

僕は慌ててアンプのつまみを片っ端から下げた。すると迫力満点だったギターの音は急に貧弱な音になってしまった。

「おいおい、下げちゃダメだって、せっかくクラプトンのギター再現してやったのに」

仁王立ちしているママゴンには目もくれず、先生はアンプのつまみを元に戻していた。

いとしのレイラのリフはチョーキングが大変だった。金属の弦を指で思い切り引っ張り上げて音程を上げる。

僕の指には血豆が出来た。痛い指を我慢して思い切りチョーキングした時、ブチッと弦が切れてしまった。先生に謝ろうと次の朝ギターを見たら、いつの間にか新しい弦に張り替えてあった。

少し弾ける様になって来るとアンプで音を出してみたくなった。僕は先生の見様見真似でアンプのつまみを調整してみた。クラプトンの音が中々出せず、四苦八苦していると先生が入って来た。

「ルーシー、クラプトンの調整はこうだ、受験に出るぞ、覚えとけよ」

先生はアンプのつまみを回しながらニヤリと笑った。

僕はレイラを弾いてみた。これだ!この音だ!クラプトンと全く同じ音だ。

アンプのボリュームは2より大きい。ママゴンが少し大き過ぎやしないか、という顔で教室を覗き込んでいたが僕は気にせず弾き続けた。

「すごーい!山田くんレイラ弾ける様になったんだ!」

音を聞き付けた内木さんが教室に入って来た。

「クラプトンと同じ音だね!カッコいい!」

内木さんにカッコいいと言われ、僕はもう有頂天だった。

「ははーん、なるほどそう言う訳だったのね」

得意げに弾いている僕を先生は横目で見て呟いた。

内木さんは放課後になると、毎日の様にギターを弾いている僕の所にやって来た。

先生の授業の話やロックの話、僕達は色んな話をした。僕は先生の構文のおかげで英語の成績が伸びた事を話した。

「あはは、このロック構文最高!これなら私もすぐに覚えられそう」

可愛いし気さくだし、何と言ってもこの笑顔。いつも僕は見惚れてしまう。

内木さんは僕にホワイトスネイクのCDを貸してくれた。

「ホワイトスネイクって男性のアレの事なんだよ」

こんなに美人な内木さんの下ネタに、僕は答えに窮してしまった。内木さんはウフフと悪戯っぽく微笑んだ。そんな小悪魔みたいな所も尚更僕を魅了した。

陸上部の最後の練習の日、僕が一人でギターを弾いていると先生が入って来た。

「よう、ルーシーどうした、今日は一人か」

「内木さんは部活です」

「ふーん」

先生は黙って窓の外を眺めていた。

「彼女がお前のいとしのレイラなんだろ」

トラックを走る内木さんを見下ろして先生はポツリと呟いた。

「日本史やるならコレがいいよ」

内木さんは僕に山川の一問一答日本史と言う問題集を差し出した。パラパラとページを捲ると、付箋があちこちに貼られ、小さな字で沢山の書き込みがしてある。

「私はこれしかやってないの」

成績優秀な内木さんが言うのだから間違い無い。僕は迷い無く受験科目を日本史に決めた。

すぐに同じ問題集を買い、二人で日本史の問題を出し合ったりした。内木さんと共通の話題がまた増えた事が僕は嬉しかった。

内木さんとYouTubeでオジーオズボーンを聴いてると先生がやって来た。

「お二人さん、中々センス良いの聞いてるねえ」

「先生!私、オジーのランディローズのギターが好きなの」

「ランディは白のレスポールだよな、あの小さな身体から奏でる繊細な音が良いよな」

「飛行機事故で死んじゃったんだよね」

「さすがよく知ってるな」

先生と内木さんのロック談義が始まった。二人がロックについて語り始めると止まらない。初めて聞く話ばかりの僕は、へえと感心しきりに聞いていた。

あの二人は出来てる、と言う噂が最近広まってるらしい。僕と内木さんは放課後毎日の様に一緒に居るのだからそう思われても仕方ない。いやそう思われる事は、僕にとって嬉しい以外の何者でも無い。

AC/DC
スコーピオンズ
イーグルス
ドゥービーブラザーズ...
内木さんは次々とロックのCDを持って来ては僕に貸してくれた。

ロックバンドの歴史はメンバー同士の諍いや移籍など興味深いエピソードに溢れていた。僕は先生と内木さんのロック談義の内容を山川の日本史に逐一メモした。

日本史は全然覚えられなかったが、ロックの歴史はどんどん頭に入った。山川の日本史はロックネタの書き込みでぎっしり埋まり、山川のロック史と化した。

「私が一番好きなギタリストだよ」

内木さんはジェフベックのライブワイアーと言うアルバムを貸してくれた。

「ジェフベックはね、ピックを使わないで指で弾くの、凄いでしょ?私は世界一のロックギタリストだと思ってる」

エレキギターを指で弾く。僕はストラトを弾くジェフベックのCDジャケットを見つめた。

ジェフベックは今まで内木さんが教えてくれたロックとは一味違う物だった。僕はアルバムを何度も聴き直してみたがいまいち理解出来なかった。

「ジェフベックどうだった?」

翌日内木さんは開口一番に聞いて来た

「うーん、ジェフベックはロックなの?インストの曲ばかりでフュージョンみたいだね」

すると内木さんの表情が急に曇った。

「山田君ならわかると思ったのに、残念だわ」

そう言うと内木さんは硬い表情のまま黙って教室から出て行ってしまった。

その日からぱったりと内木さんは来なくなった。僕は聞こえる様にボリュームを上げてレイラを弾いてみたりした。だがやって来るのは眉間に皺を寄せたママゴンだけだった。

ジェフベックをロックじゃ無いと言った僕が悪かったのだろうか。内木さんに言われた"残念"という言葉が何度も頭をよぎった。

「よう、ルーシー、最近レイラ来ないな、ケンカでもしたか?」

先生はいつからか内木さんの事をレイラと呼ぶ様になっていた。僕はジェフベックの件で気まずくなったと話した。

先生は白のストラトを手に取りつま弾きながら言った。

「なるほどそういう事ね。ルーシー、知ってるか?このストラトはジェフベックモデルなんだ」

ジェフベックのストラトは白。僕は内木さんに借りたCDのジャケットを思い出した。

「レイラはいつもこのストラトでジェフベックの曲を弾いて欲しいと言ってたぞ、ルーシーお前にな」

その日から僕は毎日ジェフベックの曲ばかり聴いた。古いアルバムから最新の物まで全てアマゾンで買い揃えた。受験勉強はそっちのけで聴きまくった。

聴けば聴くほど僕は確信した。

「これは間違い無くロックだ!内木さんごめん!僕がバカだった!ジェフベックをフュージョンだなんて、ごめん、ごめん、許して内木さん」

内木さんに会いたい、謝りたい、そして僕の気持ちを伝えたい。僕はロックのメモだらけの山川の日本史に突っ伏して泣いた。

受験シーズンが始まると、ほとんど学校に行かなくなった。内木さんと会う機会も無くジェフベックのCDを返せぬまま僕達は卒業式を迎えた。

噂では内木さんは第一志望の有名大学に合格したらしい。僕は三次募集で名も知らぬ大学に辛うじて引っ掛かった。ロックンロール先生の構文が無ければ、きっと今頃予備校を探していたに違い無い。

卒業式を終え最後のホームルームの時、先生はクラスの皆に小さな紙を配った。

「みんな卒業おめでとう!これは卒業プレゼントだ」

紙には構文が一つ印刷されていた。

「俺からみんなへの最後の構文だ」

勉強はもういいよ、勘弁して、クラスがどよめいた。紙には構文が一つだけ印刷されていた。

Sometimes dreams come true.

紙の裏にはあるはずの訳が書かれていなかった。

「みんな、この構文は英語の諺だ。さあどう訳す?」

「Sometimes dreams come true. 夢は時々叶う、です」

一番前の席の学級委員の子が答えた。

「なるほど、他の答えは?」

僕は恐る恐る手を上げた。

「お!ルーシー、初めて手を上げてくれたな」

「夢はたまに叶う、ですか?」

先生の授業で手を上げた事は一度も無い。僕はせめて最後に感謝の気持ちを示したかった。

「普通に訳すとそんな意味だな。でも俺はこう訳す」

「夢は叶える為にある!」


先生は黒板に大きく書いた。

「みんな!夢を持って生きるんだぞ!」

先生はストラトを肩に掛けアンプのボリュームを最大にした。

「ギャギャギャギャーーン!!キュイーーーーン!!!」


校舎中に響き渡る馬鹿でかいギターの音にもすっかり慣れた。

「さあ!みんなで叫ぼう!」

「ロックンロール!!」


先生に合わせ僕達は拳を突き上げた。

廊下で波平校長が微笑んでいた。隣のママゴンは呆れ顔で苦笑いしていた。

在校生達が手をかざし送別のアーチを作っていた。アーチを抜けると卒業生達が至る所で記念写真を撮っていた。僕は内木さんの姿を探した。借りっぱなしのジェフベックのCDを握りしめて。

人気者の彼女のは沢山の人に囲まれていた。次々と記念写真に呼ばれ、あちこち忙しなく動き回っている。

僕は彼女に話し掛けるタイミングを探したが中々その隙を見つけられ無かった。結局僕はCDを返しそびれてしまった。

所詮彼女は高嶺の花、僕の様な男と釣り合うはずがない。内木さんとはジェフベックの件で気まずいまま、そして自分の気持ちを告白出来ぬまま、僕達は卒業した。

大学が始まる迄の長い春休みの間、僕はなるべく時給の高い短期のバイトを探し、朝から晩まで毎日働いた。自分のストラトキャスターが欲しかった。

「ルーシー、ギターを買うなら本物を買え。偽物じゃダメだ」

先生はいつも僕にそう言っていた。

大学に入ったらロックバンドを組もうと思っていた僕は、新歓で見つけた軽音楽サークルにとりあえず入る事にした。しかしそこは流行のポップな曲のコピーバンドだらけだった。

ロックの話に乗って来る者もおらず、僕はいつも一人で部室の角で白のストラトを弾いていた。春休みの間死物狂いで稼いだバイト代を全て叩いて手に入れた、中古のフェンダーUSAジェフベックモデルだ。

ここは僕の居場所じゃないのかも知れない、と思い始めた頃、目付きの鋭い小柄な男が声を掛けて来た。

「いいギターやんけ」

こんな奴いたっけ、普段見かけない彼を僕は怪訝そうに見上げた。

「ここはチャラいコピバンばかりでつまらんわ。お前は少し見所ありそやな」

パンクが好きだと言う関西訛りの彼は、同学年だが歳が一つ上のグラハムと言う男だった。

「ギターがおらへんねん。俺達とバンド組まへんか?」

パンクは少し違うと思ったが、ポップだけはごめんだった。ハスキーボイスのボーカル、グラハムが連れて来たベースとドラムの四人で、僕は初めてバンドを組む事になった。

高校を卒業してから先生には会っていない。

先生の奥さんのマリリンは産休を終えて復職したらしい。先生は別の高校に赴任したが、パワハラを問題視され自ら退職したと風の噂で聞いた。

先生がパワハラなんて絶対に有り得ない。きっとロックを理解しないどこぞのモンスターペアレンツが先生を追い詰めたに違いない。

僕達のバンドはとりあえずコピーから始める事にした。最年長でロック好きなドラムのコージーとは趣味が合った。僕とコージーの意見で最初の曲はオジーオズボーンのパラノイドに決まった。簡単そうな曲と言うのも理由の一つだった。

ピンクのモヒカンヘアーで同い年のベースのシミーは、その怖そうな外見に似つかず、気弱な優しい奴だった。ただ酒乱の気があり酒を飲むとよく暴れた。

僕達は打合せと称して、練習後いつも飲みに行った。いつかは武道館でと毎回同じ話で熱く語りあった。酔いが回りシミーが暴れ出すと、またかと大きな体のコージーが壁になりいつも止めに入るのだった。

ボーカルのグラハムは、最初はやさぐれたぶっきらぼうな奴だと思っていた。

グラハムはいつも僕達を引き連れる様に先頭を歩いた。俺達に近寄るなとばかりにポケットに手を突っ込み、ガニ股ですれ違う歩行者達全てにガンを飛ばした。

本物のヤクザにガン付けて絡まれた事も何度もある。だが温厚なコージーのおかげで僕達はいつも難なきを得た。

そんなグラハムだが何故か心に響く素晴らしい詩を書く才能があった。実は繊細な心の持ち主だった。グラハムの書く詩に僕が曲を付け、オリジナル曲も数曲作った。

僕はグラハムの好きなパンク調の曲やロック調の曲、時にはポップな感じの曲も作った。ルーシーの曲すごくええわ、とグラハムはいつも喜んでくれた。仲間にはとても優しい気の良い奴だった。

楽しいバンド仲間達に囲まれ、僕は大学生活を満喫していた。でも僕の唯一の気掛かりは先生の事だった。同級生の誰に聞いても、先生のその後を知る者は居なかった。

僕達のバンドはコピー曲にオリジナル曲が数曲加わりレパートリーも増えた。今夜の打合せの議題は、学園祭のライブに出るか出ないかだった。

学園祭のライブに出るのは、軽音サークルのバンドがほとんどだった。グラハムはチャラいコピバンの連中と一緒に出たく無いと学園祭のライブに出る事に反対だった。

だが人前で演奏出来るのは良い経験だと前向きだったのは、意外にもベースのシミーだった。

いつも打合せでは、飲んだくれて暴れた末すぐ寝てしまい、ほとんど意見などしないシミーが今日は寝ずに熱く語っていた。

グラハムは珍しく積極的なシミーの姿に渋々ながら出る事を了承した。自分の気持ちを吐露して満足したのか、その後シミーはいつものように飲んだくれ、今夜は暴れずに寝てしまった。

学園祭のライブに出るにはオーディションがある。僕達を含め二十組近いバンドの中から、本番に出られるのは七組だけと言う結構な狭き門だった。

僕達はオーディションにどの曲で挑むか話し合った。コピーバンド達に勝つにはオリジナル曲で勝負すべきだと、僕達は全員一致でグラハムと僕が最初に作った曲に決めた。

僕達のバンドは下手で落選第一候補だと軽音の中で噂されていた。オーディションまでの間、僕達は勝負曲を徹底的に練習した。

オーディションの順は抽選で決まる。僕達は一番最後の順番だった。実力派と噂されるバンドが次々と演奏を終えて行く中、僕達は緊張しながら出番を待った。彼等の演奏は確かに上手いかも知れない。だが僕には本家のCDを聴いている様にしか思えなかった。

二十組以上が演奏を終えた。流行曲のコピーで曲が被るバンドも多かった。飽き始めた審査員達が採点用紙に落書きしたり、大きな欠伸をしている。そしてようやく僕達の出番がやって来た。

「下手くそ達出てきたぜ」

「やっと最後だ、さっさと終わらせろ」

ひそひそと聞こえる声も全く気にならない程僕達は集中していた。ロック魂込めて全力で演ってやる!僕はマーシャルのアンプのボリュームを最大に上げた。

アンプのハウリング音が響き出すと同時に僕は弦を掻き鳴らした。真空管アンプ直結の歪んだストラトの爆音が、オーディション会場に轟き渡った。

コージーは大きな体で図太いスティックを破れるほど力強くスネアに叩き付ける。よれることなく、少し走り気味に、小気味良いエイトビートを刻んで行く。

渋いベースラインの低音が地響きの様に床を伝い、窓ガラスをカタカタと揺らした。シミーはピンクのモヒカンヘアーで、脳味噌を撹拌せんとばかりに激しくヘドバンしている。

グラハムは聴衆に向かい、舐めんなよとパンクの鋭い睨みをきかせる。ハスキーを超えたダミ声で、楽器の爆音に負けじと腹の底からパワフルに歌い上げる。

コピバンには負けない。僕達はオリジナルだ。全身全霊を込めて僕達は演奏した。

やり切った!全力出し切った!どうだ見たか!これが俺達のロックだ!

僕達はミスも無く最高の演奏を終えた。

「...」

オーディション会場がしんと静まり返っていた。僕達には拍手一つ起きなかった。

アドレナリンが落ち着いた僕は、会場を見渡した。軽音のコピバン連中が唖然と突っ立っている。審査員達もポカンと僕達を見詰めている。

音がデカすぎたかな、演奏がダメだったかな、でも良い、僕達はやり切った、全力出し切った。僕は天を見上げた。

「パチパチパチパチ、、」

しばしの静寂の後、一人の審査員が拍手を始めた。先程欠伸していた審査員だ。すると隣の審査員も拍手を始める。拍手は次第に大きくなり、会場全体が大きな拍手に包まれた。

「何だこの曲は?」

「聞いた事無いぞ」

「なんかオリジナルらしいぞ」

僕達への賞賛の拍手の中、落選第一候補と上から目線で見ていた軽音の先輩達がざわついていた。

下馬評を覆し、僕達のバンドは学園祭ライブのオーディションを最高得点でトップ通過した。

僕は毎日ネットで先生の手掛かりを探していた。ある日インスタで見覚えのある白のストラトが写っているのを発見した。

このキズの具合からして、先生のストラトに間違い無かった。僕は思い切ってダイレクトメッセージを送ってみたが返事は来なかった。

学園祭のライブはオーディショントップ通過の僕達がトリを務めると思っていた。だが何故か出番は七組中の二番目だった。

世の中には権力や忖度と言った大人の事情がある。実績も力も無い僕達にはどうしようも無い。僕は最近その事に気付いた。これが大人になると言う事なら、大人になる事に魅力を感じない。

曲がった事が大嫌いなグラハムは、だから俺は出たく無いて言うたやん、と機嫌を損ねたが、可愛い子がいっぱい観にくるかもよ、と言うコージーの一言で一発で直ってしまった。

学園祭のライブは大盛況で客席はほぼ埋まっていた。その大半は女の子が占めていた。

「なあルーシー、可愛い子ぎょうさんおるで、ムフフ」

ステージの袖からグラハムが客席を覗いていた。僕達の前のバンドがそつなく演奏を終え、いよいよ僕達の出番だ。僕達は円陣を組んだ。

「このライブが終われば俺達モテモテや!ロック魂見せたる!さあ行くで!」

下心丸出しのグラハムの掛け声で僕達はステージに駆け出した。会場の女の子達の視線が一斉に僕達に向けられた気がした。

コージーのスティックが出だしのリズムを打つのに合わせ、僕はギターのボリュームを最大に上げた。

僕達の初ライブが始まった。すると、どこからともなく数人のガラの悪い男達が雪崩れ込んで来た。彼等は最前列を陣取っていた女の子達を掻き分けヘドバンを始めた。グラハムがあらかじめ仕込んでいた友達のサクラ達だった。

サクラに釣られて数人のロック好きな観客もステージに齧り付き拳を振っている。みんなが見ている、間違えてはいけない、僕は顔を上げる余裕など無かった。無我夢中でギターを弾いた。

持ち時間は瞬く間に過ぎ、最後の曲になった。オーディションでトップ通過したオリジナル曲だ。グラハムはもっと上げろ、とサクラ達を煽った。

最後の曲の前振りでようやく僕は顔を上げ観客席を見た。愕然とした。会場は総立ちとばかり思っていた観客は、最前列のサクラ達以外皆座っている。

サクラ達に割り込みされた前列の女の子達は窮屈そうに不快な表情を浮かべていた。爆音に耳を塞いでいる子やスマホをいじってる子もいた。

最後の曲のイントロが始まると、興奮したサクラの数人がステージに上がり踊り始めた。

ギターソロの時、弦が一本切れた。曲が終わる間際には、サクラの一人が僕のシールドケーブルにつんのめり、僕とサクラは二人同時に大コケした。シールドはぶち切れ、ギターの音が無いまま曲は終わってしまった。

客席の女の子達はコケた僕達を見て大笑いしていた。彼女達の多くは、トリのコピバンのイケメン先輩の名前入り手作り団扇を持っていた。

サクラ達がアンコールの声を上げていた。だが弦とシールドが切れてしまってはもう演奏は出来ない。あのオリジナル曲をもう一度ぶちかまそうと思っていたのに。

疎らな拍手を浴びながら僕達の初ライブは終わった。僕達のロックは響かなかった。心にとてつもない敗北感が広がった。

ステージから去り際、僕はもう一度客席を見た。多くの女の子達は拍手もせず隣の子とお喋りに夢中だ。そんな中最後方の立見席に僕達に拍手をくれている女の子がいた。

ロックのわかる女の子が一人だけいた。僕はその子と目が合った。遠目でもわかる切れ長の大きな目。見覚えのある黒目勝ちな瞳。

「内木さん!」

マスクをしているが絶対間違い無い。内木さんだ!僕は急いで楽屋にギターを置いて立見席に走った。

人混みを掻き分けようやく辿り着いた時、そこにはもう内木さんの姿はなかった。出店で賑わう学校内を探し周り、最寄駅まで行ってみたが内木さんはいなかった。

「どこ行ってたんだよルーシー」

僕がしょんぼり戻って来ると、グラハム達は客席の隅でライブを見ていた。

「あの子達、こんなんが良いんやて」

ライブ会場は熱気に満ちていた。トリのビジュアル系イケメンコピバンが演奏している。あちこちで黄色い声が飛び交い、こっち向いてとばかりに女の子達は手作り団扇を振っていた。

オーディショントップ通過の僕達がトリでなかった理由は明らかだった。僕達のロックはこの子達には永遠に響かない。金輪際学園祭のライブには出ない。僕達は誓った。

部屋に戻った僕はベッドに寝転び天井を眺めていた。内木さんは僕の事に気付いてくれただろうか。もしかしたら僕に会いに来てくれたのか。

ロックがわかる人は思っているほどいないのかも知れない。ああ内木さんに会いたい。またロックの話がしたい。

僕は内木さんに借りたままのジェフベックのCDを抱きしめた。

学園祭ライブの後、僕達は軽音サークルに見切りを付けた。オリジナル曲を更に増やし、全曲オリジナルのライブハウス公演を目標に練習に励んだ。

練習スタジオに足繁く通う内、ロックバンド仲間も増えた。プロデビューを目指すと言う彼等はレベルも意識も高い。ロック好きで酒好きな楽しい奴らばかりだった。練習後はいつも彼等とつるんで街へ繰り出した。

僕達は仲良くなったバンド達と共催で、念願のライブハウス公演をする事になった。僕は先生であろうと思われるインスタに、ライブを観に来て欲しい、とダイレクトメッセージを送った。だが今回も返事は無かった。

ライブハウスには学園祭ライブのサクラ達やロック好きな友達も来てくれた。

サクラ達に釣られたのか、他の客も乗りが良くライブは一曲目から大いに盛り上がった。僕達は立て続けに三曲演奏した。グラハムのMCになった時、客席がライトで照らされた。

先生!僕は思わず叫びそうになった。

客席後方の壁にもたれて先生が立っていた。

僕と目が合うと、先生は親指を立てにっこりと笑った。そして隣の女の子を指差した。女の子は僕に手を振った。

「う、内木さん!」

先生の隣に内木さんもいた。

先生、僕達のロック聞いてください、僕大分ギター上手くなったよ。内木さんに僕の思いよ届け。僕は魂込めてギターを弾いた。

ライブが終わりステージは赤いランプで照らされていた。誰もいなくなった客席で、内木さんが一人で待っていた。

「山田くん、久しぶり、元気そうね」

「見に来てくれてありがとう、何でライブの事知ったの?」

「先生が教えてくれた」

「先生は?」

「最終の新幹線に間に合わないからって先に帰っちゃった。ルーシーによろしくだって、ウフフ」

あの子ルーシーの彼女か?めっちゃ可愛いやん、おらん言うてたのに、嘘やったんかい!グラハム達がこちらを覗き見てコソコソと話してるのが聞こえた。

先生は学校を辞めた後、奥さんのマリリンの田舎でロックカフェを開いた。店内は先生が好きなロックが大音量で流れていて、コレクションのギターが沢山飾ってある。マーシャルのアンプにドラムセットも置いてあるらしい。と内木さんは話した。

薄化粧の内木さんは栗色に染めた髪を掻き上げた。大人っぽいその仕草に僕はドキリとした。しばらく会わない内に一段と綺麗になった。ライブハウスの暗がりの中、美しい横顔が一段と映えた。

「先生は何で辞めちゃったの?」

「私も何度か先生に聞いたけど教えてくれなかったの。だから奥さんのマリリンに聞いたんだけどね」

先生が辞めた経緯はこの様な内容だった。

先生が電車に乗った時、ランドセルを背負った学校帰りの小学生達が電車の中で走り回って遊んでいた。周囲の大人達は皆観て見ぬ振りをしているので先生が、お前ら学校で何教わってんだ!と注意した。すると、怖いおじさんがいる、と子供達は親に電話し、親は警察に通報した。その子の親達と警察が先生の学校に乗り込んで来て、先生の行為をパワハラだと非難した。それに対し先生は何も言い訳しなかったらしい。

その事件の後、先生は自ら教職を辞したとの事だった。

親の主張がどれだけ理不尽で一方的なものでも今の教師は反論出来ない。教師の立場はいつからこんなに弱くなってしまったのだろう。

先生みたいに不器用で真っ直ぐな人が敬遠される世の中なのかも知れない。でも何でも褒めるだけで無く、ダメなものはダメときちんと教えてあげるのが、真の教育者だと僕は思う。

何も言い訳しなかったのはロックを愛する先生の美学だ。僕の好きな先生の生き様はやっぱりカッコ良い。

「今度二人でオレの店に遊びに来いって言ってたよ。先生近所の子供達集めて英語教室やってるんだって、あのロック構文を教えてるみたい、ウフフ」

「アハハ、先生らしいね」

「山田くん、ギターすごく上手くなったね!ストラト似合ってたよ」

「ありがとう!あのね、僕ずっと内木さんに謝らないといけないと思ってたんだ。CD借りっぱなしでごめん。あと、」

「CDはあげるよ。その代わり山田君に一つお願いがあるの」

「何?」

内木さんは僕の目をじっと見つめた。


「私を内木さんと呼ぶのはもうやめて。これからはレイラと呼んで。よろしく、ルーシー」


僕のいとしのレイラはそう言って微笑んだ。



ロックンロール先生  完


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