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小説 アンドロメダから僕は来た(全文)


地球人はロケットと言う激しく炎を噴出する危険な乗物に乗って、命懸けで大気圏から少し飛び出ただけで、宇宙に行ったと喜んでる。

でも、そこは宇宙とは言わないよ。ただの空。空高く上がって降りて来たに過ぎない。僕が知ってる宇宙とはそんなちっぽけな物では無いんだ。

宇宙は広い、広いなんて言葉では言い表せない程広大で果てし無い。地球のある太陽系は天の川銀河の端っこで、僕の星があるアンドロメダ銀河からは約230万光年離れている。

光の速度で230万年もかかる僕の星にロケットじゃ一生かけても行けない。僕らが宇宙旅行に使うUFOは反重力エネルギーと時空ワープを使っている。

反重力物質は引力と逆の力を持っている。その物質が地球上にあったとしても瞬時に宇宙にすっ飛んで行ってしまうから、地球人はまだその存在すら知らないし、作る事も出来ないんだ。

僕らのUFOは反重力物質のエネルギーを自在にコンロールして地上からフワリと離陸出来る。ロケットみたいに火も出ない、音も振動も無いし、燃料もいらない。

離陸してUFOの反重力装置の出力を上げるとあっという間に光の速度を超え、生じた時空の歪みに入って時空ワープする。過去から未来そしてどんな遠くの星にも超高速移動が出来るんだ。

僕の星は地球より少し大きい。自転と公転の速度が地球より遅いから一日は30時間で、一年は405日。僕達は二十歳で大学を卒業する。卒業旅行ではみんな自分のUFOで一人旅に出るんだ。

色んな星を見て回ったよ。タコの星、猿の惑星、恐竜の星、そしてやって来たのがこの地球。アンドロメダ銀河の隣の天の川銀河のちっぽけな星に僕らとよく似た生物がいるなんて、ちょっと驚きだったよ。

積んである食料も後り僅かになり、そろそろ星に帰ろうとした時、長旅でUFOの反重力装置が故障して、日本の四国の山奥に不時着してしまったんだ。

食料を食べ尽くし、空腹で山の中をフラフラ歩いていたら、山奥にポツンとある一軒家に住んでる一人暮らしのじいちゃんが、僕を見付けて家に連れて行ってくれた。

真っ白でピチピチの宇宙スーツを着てた僕に、お前の着ている変な服はなんじゃ、と言ってじいちゃんは服を貸してくれた。長い間タンスにしまってあった赤いポロシャツは樟脳とじいちゃんの匂いがしてなんだか懐かしく感じたよ。

僕は日本語が喋れないからずっと黙っていたんだ。じいちゃんは腹ペコの僕の為に野菜がたっぷり入った茶色いスープを作ってくれた。

この美味しい茶色いスープが味噌汁という飲み物だとは後で知ったよ。あと炊き立てのご飯、腹ペコの僕は何杯もおかわりしたんだ。

言葉が話せない僕はテレパシーでじいちゃんに感謝の気持ちを伝えた。そしたら、おう遠慮するな、腹一杯食え、とじいちゃんが言ったから気持ちは伝わったのかな。

一日が24時間なのは短か過ぎて、しばらく時差ボケが大変だった。でも日本語は簡単なもんで、じいちゃんの家で朝から晩まで三日ほどテレビを見続けたらすぐに喋れる様になった。NHKばかり観てたから、なんかアナウンサーみたいな堅苦しい感じの話し方になっちゃったけど、ハハハ。

じいちゃんは耳が遠いから話し掛けても何度も聞き返して来る。だからテレパシーの方が手っ取り早いんだ。いつもテレパシーで話し掛けてたら、最近じいちゃんもテレパシーで返事をする様になったんだ。じいちゃんワイルドだろ。

僕はお世話になっているお礼に手伝いを何でもしたよ。畑を耕して種を蒔いたり、野菜を収穫したり、山で焚き木を拾ったり。几帳面なじいちゃんは男一人暮らしだけど、家はこざっぱりと整頓されていて、僕は洗濯や掃除とかも良く手伝ったんだ。

じいちゃんは軽トラという乗り物に乗っている。それでフットワーク軽くどこにでも行っちゃう。曲がりくねった急な山道や舗装されてない凸凹道だってへっちゃら。スイスイ運転するんだ上手いもんだよ。じいちゃんと軽トラで良く町のスーパーまで買い物にも行ったなあ。

初めてスーパーに行った時は見る物全て珍しくて興奮した。生の肉や魚が売ってるのには本当に驚いた。これは動物の餌かと思ったよ。

僕の星では肉や魚なんて不潔な物は動物しか食べない。僕らが食べるのはゼリー状の加工食。小さなゼリーのパック一つで必要な栄養が全て賄えるんだ。

初めて刺身を食べた時は衝撃的だった。だって生の魚だよ、食べるのはとても勇気が要った。思い切って口に放り込んだら、なんて美味しい食べ物なんだ、と正に目から鱗だった。今じゃ僕の大好物の一つさ。

料理好きのじいちゃんの作る料理はどれも美味しいけど、じいちゃんの畑で採れた野菜たっぷりの味噌汁とじいちゃんが育てたお米で炊いた炊き立てご飯。やっぱり僕はこれが一番好きだなあ。

じいちゃんにお世話になって三か月程経ったある日、僕はじいちゃんに告白する事にした。

その日の晩御飯はカレーライス、じいちゃんのカレーはこれまたおいしい。ゴロゴロのジャガイモとニンジンに豚肉、ちょっと甘口で美味いんだ。

じいちゃんがカレーを作る時は鍋にいっぱい作る。一日置いたカレーは作り立てよりグッとコクが増して美味しくなる。残り少なくなったら出汁で割ってカレーうどん。二、三日は毎日カレーだけど全然平気だよ。

じいちゃんのカレー美味しいね、と言ったら、じいちゃんはうんうんと頷いて、そうだろ、隠し味が沢山はいってるからな、とカレーを口一杯に頬張りながら言った。

僕は意を決して言った。

「あのね、じいちゃん、僕は遠い星からやって来たんだ」

おう、そうかい、とじいちゃんは驚く事も無く答えた。

「僕はアンドロメダ星雲にある星から来たんだ、乗って来た宇宙船が故障しちゃって、山の中に墜落した所をじいちゃんに助けられたんだよ」

「それは大変だったな、親御さんには連絡したのか、心配しとるじゃろ」

「それが、連絡出来ないんだ」

「お前がよく使う心の電話で連絡したら良かろう」じいちゃんはテレパシーの事を心の電話と言う。

「テレパシーは使えないんだ、230万光年離れていて地球の時空と違うから。宇宙船の時空変換無線も使えないし」

「お前の飛行船は直せないのか?」

「多分無理だと思う。地球じゃ部品が手に入らない」

「うーん、じゃあ空港から飛行機に乗れば帰れるか」

「じいちゃん、飛行機じゃ無理なんだよ。僕は宇宙から来たんだ」

「宇宙かあ、じゃロケットはどうじゃ!種子島から飛んでるぞ、今度連れてってやる、ワシがロケットの船長にお前が乗れる様に頼んでやろう」

「じいちゃん、ありがとう、でも僕の星は遠すぎてロケットじゃ無理なんだ」

じいちゃんは、そうか、と言った切り黙ってしまった。

しばらくNHKのニュースを見ていたじいちゃんは急に顔を向けて、

「よし、それなら明日お前の故障した飛行船を見に行こう、ワシが直しちゃる」

と言った。

次の朝早くから、じいちゃんは軽トラの荷台にチェーンソーなど家にあるありとあらゆる道具を片っ端から積んでいた。

おう、飛行船を直しに行くぞ!とじいちゃんは僕を乗せて張り切って出発した。

これでもオレはな、工業高校で電気科だったんだ、ラジオだろうとテレビだろうと何でも直せる、この軽トラだって何度も直したんだぞ、じいちゃんは山道を軽快に走りながら自慢げに僕に話した。

僕は不時着した場所をよく覚えて無かったんだけど、じいちゃんは僕を見つけた場所を覚えていて、多分この辺りだな、と軽トラを止めた。

じいちゃんと二人で森の中をしばらく捜索すると僕の乗って来たUFOが見つかった。周りには雑草が生い茂り、UFOの上には落ち葉や枯れ木が積み重なっていた。

じいちゃんは、おおコレがお前の船か、と言いながら落ち葉や枯れ木を手で払うと、UFO全体が姿を現した。こんな小さい船で来たのか、とじいちゃんは目を丸くして驚いていた。

一人乗りの僕のUFOは操縦席が一つと休憩用の小さなベットが一つ有るだけのコンパクトな作りだ。

じいちゃんはコクピットをキョロキョロと見渡すと、おいハンドルはどうした、と言う。じいちゃんハンドルは無いんだよ、と答えると、じゃスピードメーターは、と聞くので、スピードメーターも無い、と僕は言った。

うーん、それじゃ運転出来んじゃろ、とじいちゃんが言うので、全部自動運転だから何もしなくていいんだよ、と教えてあげた。じゃエンジンかけてみろ、と言うので、エンジンも無い、と僕は言った。

エンジンが無ければ動かんだろ、とじいちゃんが聞くので、反重力エネルギーで飛ぶからエンジンは要らないんだ、と答えた。

僕は時空変換無線が使えるかどうか試したがやはり使えなかった。ダメだ無線も使えない、と呟くと、よし!オレに任せろ、とじいちゃんは軽トラに戻って荷台をゴソゴソと何か探している。

おーあったあった!とじいちゃんは古いバッテリーを両手に抱えて戻って来た。

バッテリー切れに違い無い、と言って時空変換無線のあちこちにバッテリーから繋いだプラグを当てている。

じいちゃん、この宇宙船は電気は使わないんだ、全て反重力エネルギーで動いてるから、と言うと、そうか、とじいちゃんは残念そうに肩を落とした。

必ず直してやるから、とじいちゃんはUFOにブルーシートを丁寧に掛け、上に落ち葉や木の枝を乗せてカモフラージュした。

それからもじいちゃんは、しばしば僕に黙って古いラジオや車の部品を持って行ってはUFOを色々いじっていた様だった。ダメだあコンデンサーかなあ、などと首を傾げながら帰って来る事が良くあった。


じいちゃんは早寝なので晩御飯の後は芋焼酎のお湯割りをコーヒーカップで一杯飲んで八時には、あと頼むな、おやすみ、と言って布団に行ってしまう。

僕は夕飯の食器を洗って、明日の米を研いで炊飯器のタイマーをセットした。そして、じいちゃんが起きてる時はずっとNHKのテレビのチャンネルを民放に変えた。


え、誰だこの可愛い子は、

アイドルグループが歌っていた。20人位の女の子がお揃いのフリフリのロングスカートをヒラヒラさせて歌っている。

僕はセンターで歌っている子に釘付けになった。何て可愛い子なんだ、この子は何て言う名前なんだろう、僕はテレビに身体を乗り出しその子の動きを凝視した。

テレビで見たあの可愛い女の子。その子は魚藍坂(ぎょらんざか)46と言うアイドルグループの一員で真夏ちゃんと言う名前だと知った。

真夏ちゃんは魚藍坂46の中心的存在。人気投票では常にトップ争いをしている人気者でグループのリーダーの的な存在だった。

僕はじいちゃんが寝ると毎晩真夏ちゃんの出ている番組を探して食い入る様に見ていた。

真夏ちゃんは明るくてとても可愛い。受け答えもしっかりしていて、気が強そうな一面もあるけど、笑顔の裏に時折ふと寂しそうな表情を浮かべる時があった。

その表情を見る度に、真夏ちゃんを守ってあげたい、と僕は胸がキュンとなった。

ああ真夏ちゃんに会ってみたいなあ、真夏ちゃんへの想いは日々募って行った。

その日、夕食を食べ終えたじいちゃんはいつもの様にコーヒーカップの芋焼酎を啜りながら、お前東京に行ってみんか、と突然切り出した。

何で東京に、と聞き返すと、

「東京ならお前の船の部品があるかもしれんし、ほらお前がいつも言ってる何とかエネルギー、なんじゃっけな」

「反重力エネルギー」

「そうそう、その重箱エネルギーとやらを研究してる偉い学者さんもおるじゃろ、色々やってみたが、あの船はワシの手には負えん、東京で船を直せる人を探してみい」

じいちゃんはそう言って立ち上がると仏壇の下の小さな引き出しを開けて、中から白い封筒を取り出し、コレを持ってけ、と僕に差し出した。

明日の朝、駅まで送ってやるから、じゃ後は頼む、と言ってじいちゃんは寝床のある隣の部屋の襖を閉めた。

線香の匂いが染み付いた封筒の中にはクシャクシャの昔の一万円札が五枚入っていた。

テレビでは魚藍坂46が新曲を歌っていた。カメラが寄り真夏ちゃんの顔がアップになると、真夏ちゃんは顔をクシャリとさせて笑いながら首を振る。

じいちゃん、ありがとう、僕は封筒を抱きしめて泣いた。涙で真夏ちゃんの顔は滲んで見えた。

苦手だった納豆も最近は美味しく感じる様になった。じいちゃんと二人向かい合って食べる朝食もしばらく出来ないと思うと寂しくなって目が潤んで来た。

じいちゃんが、このバック使え、と貸してくれたマジソンスクエアガーデンと英語で書かれた紺色のスポーツバッグにありたけの着替えを詰めて軽トラの荷台に乗せた。

じゃあ行くぞ、じいちゃんは軽トラのエンジンを掛けた。じいちゃんは近くの駅では無く、少し離れた町の大きな駅まで送ってくれた。

たまには電話してくれ、とじいちゃんは駅弁とお茶の入った袋をくれた。発車の音楽が鳴り僕は窓から手を振った。ホーム迄見送りに来てくれたじいちゃんは、腰が曲がっていていつもよりなんだか小さく見えた。


東京に着いた僕はネットカフェを転々としながら、UFOの反重力装置を直す為の部品を探し歩いた。

まずは秋葉原、と一軒一軒くまなく周り探したが、店にある物は僕の星では遥か昔に使われていた化石みたいな部品ばかりだった。

日本一と言われるスーパーホームセンターにも行ってみた。巨大な店舗に圧倒されながらも店員に、あの反重力の、と聞いたら、お客様こちらです、と案内された。これ程の品揃えだからもしや、と僕は期待した。

こちらです、大きな店舗内を五分程歩いて店員が連れて来たのは重箱のコーナーだった。あの、重箱では無くて重力、と僕が言おうとしたら、ではどうぞごゆっくりご覧下さい、と店員は忙しそうに立ち去った。

僕はスーパーホームセンターの端から端まで念入りに数日掛けて見て回ったがコレと言った物は見つからない。

マジック関連の店で空中浮遊のグッズも見たが、ただの子供騙しに過ぎない物だった。

それならばと関東のあらゆる大学の研究者にアポを取って会ってみたが、反重力装置の話をした途端、馬鹿らしい、と相手にもされなかった。

日本の最高学府の大学で宇宙工学を研究している教授などは、僕が真顔で「反重力」と言う言葉を口にすると、付属の大学病院の精神科を紹介された。

これが最後の手段と、自称UFO研究家を名乗る、完全に目がイッてしまっているおじさんにも会ってみた。でも、この人にはあまり関わらないほうが良いと直感した僕は、UFOのデタラメな持論を一方的に捲し立てるおっさんに、ありがとうございました!と言って早々に退散した。

UFO研究家のアパートの部屋は薄暗く湿った不快な空気で満ちていた。外に出た僕はフウと深呼吸し、空を見上げて流れる雲を見た。東京に来てから雨一つ降らない日が続いている。東京は天気の良い所だ。

でも東京は人が多過ぎる。歩いているだけで人酔いしてヘトヘトになる。大都会東京の空気は車の排気ガスとエアコンの室外機の臭いがして息苦しい。

もう帰りたいよ、僕は上を向いて目を閉じ呟いた。すると、もしもし、とじいちゃんが返事をするではないか。僕はテレパシーでじいちゃんを呼んでしまったみたいだった。

じいちゃんはテレパシーを電話と思っていて、僕がテレパシーで呼んだ時はいつも、もしもし、と出る。

全然見つからないよ、と弱音を吐くと、諦めるな、諦めたらそれで終わり、もう少しがんばってみい、とじいちゃんは励ましてくれた。

優しいじいちゃんの声を久しぶりに聞いた僕は、木々に囲まれ近くには清流が流れ、空気は澄み小鳥が囀るじいちゃんの家を思い出した。

僕は東京で暮らして行く事は無理だ。もしこのままアンドロメダに帰れなかったら、四国のじいちゃんの家で二人で暮らそう。

ビルの隙間から見える東京の狭い空を見上げて僕は思った。


東京に来てひと月が過ぎてもUFOの反重力装置に関する手掛かりは何一つ掴めぬままだった。

その日も何の収穫も無いまま街をトボトボ歩いていた僕は、大きな書店の前で思わず足を止めた。魚藍坂46の真夏ちゃんの大きなポスターが貼ってあったからだ。

真夏ちゃん、僕はニッコリと微笑む真夏ちゃんのポスターに向かって呟いた。ポスターには、「初写真集出版記念握手会」と書いてあった。

僕はフラフラと導かれる様に書店に入ると、中は既にファンの長い行列が出来ていた。書店で写真集を買うと真夏ちゃんが握手してくれるとの事だった。

一目でいいから真夏ちゃんに会いたい、僕はじいちゃんに貰った無け無しのお金から、じいちゃんごめん、と三千円を出して写真集を買い握手の列に並んだ。

少しずつ列が進んで行く。あの仕切り板の向こうには本物の真夏ちゃんがいる。あと五人、あと四人、三人、二人、僕の鼓動は破裂しそうな程に高鳴った。

いよいよ次は僕の番だ。仕切り板の手前で待つ僕には真夏ちゃんはまだ見え無い。でも、いつも応援ありがとう、と言う真夏ちゃんの可愛い声は聞こえて来る。

次の方どうぞ、と係の人が僕を促した。真夏ちゃんといよいよ会える!僕のドキドキは最高潮に達した。

仕切り板を過ぎると真夏ちゃんが長テーブルの向こうに立っていた。真夏ちゃんは僕を見て首を少し傾けてニコリと笑い両手を差し出した。

目の前で見る真夏ちゃんはテレビで観るより小柄だった。顔は小さくて僕の顔の半分程。僕は震える両手で真夏ちゃんの小さな手を握ると、真夏ちゃんは、いつも応援ありがとう、と両手で僕の手をギュっと握り返して来た。

テレビでしか見る事が出来なかった憧れの真夏ちゃんが目の前にいて、今僕の手を握ってくれている。真夏ちゃんの手の温もりが僕の手に伝わって来る。

すっかり舞い上がってしまった僕は、列に並んでいた時に言おうと考えていた事が完全に飛んでしまった。

ま、ま、ま、僕は緊張のあまり言葉が出てこない。

ヤバい、このままでは真夏ちゃんと何も話せ無いまま終わってしまう、

僕は焦った。

ま、ま、ま、焦った僕の口からは全然言葉が出て来ない。

では次の方どうぞ、と係の人が促した。

真夏ちゃん!言葉がどうしても出て来ない僕は、思わずテレパシーで真夏ちゃんに語り掛けた。

すると、え、と目の前の真夏ちゃんは驚き、目を真丸に見開いている。


「あ、あなた、テレパシーが使えるの?」

真夏ちゃんは何とテレパシーで返事をして来たのだった。

「真夏ちゃんこそ何でテレパシーを」

「あなた地球人じゃないわね」

「そうだよ、僕はアンドロメダから来たんだ」

「アンドロメダって、、まさか」

真夏ちゃんと僕はジッと見つめ合い、テレパシーで会話していた。すみません、お客様、もうお時間ですから、と係の人が僕の顔を覗き込んだ。

何やってんだよ、お前だけ長すぎるぞ!後ろのファンの列から怒声が飛び始めた。

おい、真夏、どうした、と真夏ちゃんの隣に立っているスーツ姿のマネージャーらしき男が真夏ちゃんの肩をポンポンと叩いた。

ハッと我に帰った真夏ちゃんは、あ、はい、と僕の手を慌てて離し、ありがとう、と言ってニコリと微笑んだ。

係の人は僕の背中を押して無理矢理仕切板の向こう側に連れて行こうとした。僕は名残惜しくて首を後ろに向けてずっと真夏ちゃんを見ていた。

「あとで連絡するから」

真夏ちゃんは僕をチラリと見てテレパシーで言った。


今日起きた出来事は夢だったのだろうか、僕はネットカフェの個室の畳に仰向けに寝転がって天井を見つめていた。

今日僕は本物の真夏ちゃんに会った、そしてテレパシーで話をした、地球人でテレパシーが使える人はじいちゃん以外見た事が無い。

僕の手元には真夏ちゃんの写真集がある、真夏ちゃんに会って握手したことは紛れも無い事実、でもテレパシーで話したことは僕の勝手な思い込みかもしれない、

僕は何度も同じことを繰り返し自問自答していた。


するとその時、今どこにいるの?と真夏ちゃんからテレパシーが来た。

僕はうわっと飛び起きた。真夏ちゃんは本当にテレパシーが使える。ま、真夏ちゃん、僕はネットカフェにいるよ、と答えると、今仕事終わったからそこにいて、と真夏ちゃんは言った。

一時間ほどして、コンコン、とネットカフェの個室の扉を叩く音がした。僕は扉を恐る恐る開けるとピンク色のマスクをした真夏ちゃんが立っていた。マスクをしていても真夏ちゃんには普通の女の子とは全く違う圧倒的なオーラがあった。

ま、ま、真夏ちゃん!思わず口走りそうになった僕の口を真夏ちゃんは押さえ、人差し指を立ててシーッと言った。

入っていい?と言う真夏ちゃんを、ど、どうぞ、と僕は個室に招き入れて扉の鍵を掛けた。

真夏ちゃんは個室に入るとマスクを取った。間違いなく本物の真夏ちゃんだ。今僕は一人用の狭いネットカフェの個室に真夏ちゃんと二人きりで居る。この信じられ無い状況は夢かとも思えたが、真夏ちゃんからする良い匂いにコレは現実なんだと僕は実感した。

これ食べて、と真夏ちゃんは紙袋を差し出した。紙袋から美味しそうな焼きたてパンの香りがした。すると、金欠でしばらくまともに食べていない僕のお腹がグウと鳴ってしまった。

僕は慌てて、ごめん、とお腹を押さえて言うと、お腹が空いていたのね、うふふ、と真夏ちゃんが笑った。私もお腹空いちゃった、一緒に食べよ、と真夏ちゃんは紙袋からパンを一つ取り出して僕に差し出した。

ここからはテレパシーで話しましょう、グループは恋愛禁止だから、会ってる所バレちゃうと色々面倒だし、と真夏ちゃんは言った。

一畳程の畳の個室で僕と真夏ちゃんはパンを齧りながらジッと見つめ合って話し始めた。

「あなたアンドロメダから来たって言ったよね」

「そう、僕は大学の卒業旅行の途中で地球に立ち寄ったんだ、でもUFOの反重力装置が故障して四国の山の中に不時着してしまったんだ」

その後一人暮らしのじいちゃんに助けられ、東京にUFOを修理する為の部品を探しに来た、と僕はこれまでの経緯を全て真夏ちゃんに説明した。

僕の話を時折頷きながら聞き終えた真夏ちゃんは、そうだったんだ、実は私もなの、と静かに言った。

「私もって、真夏ちゃんも」

「そう、私もあなたと同じアンドロメダの星から来たの、地球で同じ星の人と会えるなんて信じられない」

真夏ちゃんは真顔で答えた。

公開プロフィールでは僕と同い年のはずの真夏ちゃんは僕より二つ年上だった。

アイドルなんてサバ読むのは当たり前よ、と真夏ちゃんはあっけらかんと言った。

真夏ちゃんは僕より二年前にアンドロメダから来たとの事だった。

「私もね、アンドロメダから卒業旅行で地球に来たの、でも台風に巻き込まれて秩父の山の中にUFOが墜落しちゃったの」

真夏ちゃんは一人暮らしのおばあちゃんに助けられ、僕と同じ様に東京にUFOの部品を探しに来た所を芸能事務所にスカウトされたとの事だった。

「アイドルになるつもりは無かったんだけど、デビューしたらすぐにヒットしちゃって、あっという間に二年も経っちゃった、ハハ」

真夏ちゃんは少し寂しそうに微笑んで言った。

「でも、助けてくれたおばあちゃんや事務所のスタッフ、そしてファンの人達、みんな良い人達ばかりで」

「僕のじいちゃんも優くてとってもいい人なんだよ」

「そうね、地球の人達はみんな良い人ばかり。真夏って言う名前はね、助けてくれたおばあちゃんが付けてくれたの。私を見つけた日が真夏の暑い日だったから」

宙を見つめながら話す真夏ちゃんの目には光るものがあった。

「じいちゃんが東京に行けと言ってお金を出してくれたんだ。でも部品は全く見つからなくて、もう四国に帰ろうと思ってる、お金も尽きたし」

「そうなの、せっかく同じ星の人に出会えたのに...」

真夏ちゃんは残念そうに言ったきり、黙り込んでしまった。


しばしの沈黙の後、

「そうだ!」

と真夏ちゃんが突然声を上げた。

「私のUFOの部品が使えるかもよ」

真夏ちゃんはクリクリした可愛い目を尚更大きく見開いて言った。

「そうか!そうだよな」

僕は思わず真夏ちゃんの手を取った。

「もしかしたら私達アンドロメダに帰れるかも知れないね!」

真夏ちゃんも僕の手を強く握り返した。

「そうだ!帰れるかも!真夏ちゃん!」

「次の金曜はオフだから、一緒に秩父のおばあちゃん家行って、私のUFO見に行こう」

「わかった!朝一番の電車で行こう」

じいちゃんの言う通りだ、諦めなくて良かった、僕は真夏ちゃんの手をギュッと握りしめ思った。

真夏ちゃんは帰り際に、これ使って、と三つに折った数枚の一万円札を僕の手に握らせた。

え、そんないいよ、と僕は断ったが、いいの、いいの、気にしないで、と言って真夏ちゃんはニコリと笑った。

じゃ金曜日ね、と言って真夏ちゃんは部屋の扉を開けた。送るよ、と僕が言うと、真夏ちゃんは人差し指をチッチと横に振り、だめだめ、文春砲に見つかったら大変、ウフフ、と悪戯っぽい笑みを浮かべて部屋の扉を閉めた。

真夏ちゃんが帰った後、僕の部屋には真夏ちゃんの良い匂いが仄かに残っていた。

朝一番の秩父行きの特急に乗る為、僕達は駅で待ち合わせした。真夏ちゃんは僕の切符も買って待っていた。ハイ、と切符を僕に渡し、秩父は良い所よ、と言って笑った。

今日の真夏ちゃんはジーンズにカットソーという軽装でキャップを真深に被り、セミロングの髪の毛は後ろで引っ詰めて結んでいる。ちょっとボーイッシュな真夏ちゃんもとても魅力的だった。

ピンク色のマスクから覗く顔はほとんどノーメイクだったが、まるで化粧しているかの様に肌は白く透き通るほど綺麗だった。

特急電車は空いていて、車両には僕達以外に乗客は居なかった。

窓際に座っていいよ、私は見慣れた景色だから、と真夏ちゃんは言った。

朝から飲んじゃお、と悪戯っぽく言いながら真夏ちゃんは缶ビールを僕に差し出した。あと朝ごはんね、と言ってコンビニのおにぎりをくれた。

僕達はビールをプシュッと開け、アンドロメダに帰れます様に、と乾杯した。

若い車掌が切符の確認に来た時、真夏ちゃんの事をジロジロ見ていた。もしや気付かれたかと心配になった僕は真夏ちゃんに窓側の席を譲った。

電車は都心のビル群を抜け住宅地を過ぎると、車窓は次第に長閑な風景が広がって来た。

ほら、あそこにギザギザの山が見えるでしょ、あの山の向こうにおばあちゃんの家があるの、おばあちゃんのシチューはとても美味しいのよ、と真夏ちゃんは指差す。僕は真夏ちゃんに顔を寄せギザギザ山の方を見た。

それからも車掌は通る度に真夏ちゃんの事を横目でチラチラ見ていた。僕は、何見てんだよ、と目力を込めて車掌を睨み返した。

秩父駅に着くと真夏ちゃんのおばあちゃんが迎えに来ていた。

待ってたよ真夏、よく来たね、今日は泊まって行くんだろ、真夏の好きなシチュー作っといたからね、おばあちゃんはニコニコととても嬉しそうだ。

明日もオフだからもちろん泊まって行くよ!おばあちゃん久しぶり!と言って真夏ちゃんはおばあちゃんの腕にしがみついた。

え、泊まるの、聞いてないよお、僕はちょっとドキドキした。

はじめまして、と僕がおばあちゃんに挨拶すると、なかなかイケメンの彼氏だねえ、とおばあちゃんは真夏ちゃんを肘で突いた。そんなんじゃないよお、と真夏ちゃんは少し照れ臭そうだった。

そんなんじゃないんだ、僕はちょっとがっかりした。

おばあちゃんの軽トラの助手席に真夏ちゃんが乗り、僕は荷台に乗ってシートで身を隠した。

数分程走るとガタガタと揺れが大きくなって来た。もう出ても大丈夫だよ、と真夏ちゃんが言うので僕は被っていたシートを取ると、軽トラは森の中の細い山道を走っていた。

山の綺麗な空気を吸うのは久しぶりだった。僕は大きく深呼吸し、ああじいちゃん家と同じ空気だ、と思った。

おばあちゃん家に着くと真夏ちゃんは薄いピンクの作業着に着替えた。これ着て、と僕にも白の作業着を貸してくれた。

おばあちゃん、私のUFOの場所に連れてって、と真夏ちゃんが言うと、はいよ、とおばあちゃんは軽トラで山道をスイスイ登って行く。四国のじいちゃん並みに軽トラの運転は上手かった。

この奥だよ、おばあちゃんは軽トラを止めて指差し、大分草が生えちゃったね、よいしょっと、と荷台から草刈り機を下ろした。

おばあちゃん、やりますよ、と草刈り機を受け取り、僕は慣れた手付きで草を刈り道を作った。中々上手だねえ、と感心しながら見ていたおばあちゃんに、四国のじいちゃん家でいつもやってましたから、と僕は答えた。

山道から少し下った沢の手前にブルーシートに覆われた真夏ちゃんのUFOがあった。真夏ちゃんのUFOは僕のUFOと同じメーカーの型落ちタイプだった。

墜落で羽根の部分は完全に壊れてしまっていた。僕はUFOの下に潜り込み反重力装置を調べた。どう、と心配そうに真夏ちゃんが覗き込んだ。

僕はUFOの下から這い出し、大丈夫!反重力装置は壊れていない!土にまみれた顔でOKサインを出した。

やったあ!真夏ちゃんは飛び上がって喜んで泥だらけの僕に抱きついて来た。

夕食で振る舞われた、おばあちゃんのシチューはとても美味しかった。牛乳がたっぷり入ったサラサラのクリームシチュー。

ホクホクのじゃがいも、柔らかい人参、クタクタの玉ねぎ、ホロホロになる迄煮込まれた鶏の骨付き肉から出た旨味に溢れていて、少ししょっぱめの味は白いご飯と良く合った。

シチューの夕食後、おばあちゃんはコーヒーカップに麦焼酎を入れてお湯割りで飲み始めた。

私もちょうだい、と真夏ちゃんが言うと、はいよ、とおばあちゃんは嬉しそうに真夏ちゃんのカップにお湯割りを作った。

焼酎飲む?と真夏ちゃんが聞いて来たので、じゃ少し、と言うと真夏ちゃんは慣れた手付きでお湯割りを作って、はい、と手渡してくれた。

真夏ちゃんは結構飲兵衛だ。おばあちゃんとあれこれ話しながらお湯割りを自分で作っては美味しそうに何杯も飲んでいた。

お酒がそれ程強く無い僕は、お湯割りを一杯飲んだだけで真っ赤になり、気持ち良くなった。

おばあちゃんは、ああ眠くなったわ、じゃ先に寝るね、客間に布団敷いといたから、ごゆっくり、と言って寝室に行ってしまった。

真夏ちゃんはほんのり赤らんだ顔で、私達アンドロメダに帰れるかもね、と言って僕の肩に頭を乗せた。僕はドキリとしたが、真夏ちゃんの髪の毛から香るいい匂いに心が癒された。

客間には布団が二つ並んで敷かれていた。じゃおやすみ、と言って真夏ちゃんは布団に入るとすぐに寝息を立て始めた。

僕はなかなか寝付く事が出来無かった。客間には仏壇が置いてあり、額縁に入った先祖の写真が何枚も飾られている。一人で寝るには怖い部屋だが隣に真夏ちゃんがいるから平気だった。僕は何度も寝返りを打ちながら寝ようとしたがどうにも寝付けない。

隣ではスヤスヤと真夏ちゃんが寝ている。僕は横を向いて真夏ちゃんを見た。暗い部屋の中でほのかに見える真夏ちゃんの寝顔はとても可愛かった。

真夏ちゃんはこの地球でずっと一人で頑張って来たんだ、さぞかし寂しかったろうな、と思うと真夏ちゃんの事が不憫に思えとても愛おしく感じた。

僕は布団から出ている真夏ちゃんの手に自分の手を伸ばした。

もう少しで真夏ちゃんの手に触れると言う所で僕はしばし躊躇したが、意を決し真夏ちゃんの小さな手の甲に自分の手をそっと載せ、少し握った。

するとスヤスヤと立てていた真夏ちゃんの寝息が止まり、真夏ちゃんは手の平を返して僕の手を握り返して来た。

次の朝、僕達は早く起きてUFOの場所に行って作業を始めた。僕はUFOの下に潜り込んで反重力装置の取り外しに掛かった。真夏ちゃんにはコクピットの時空変換無線の取り外し作業を頼んだ。

作業着を泥だらけにしながら何とか反重力装置は取り外せた。反重力装置はカーボン以上に軽く強い素材で出来ているが、車でないと運べない大きさだった。

任せとき!ばあちゃんが軽トラで四国まで行ってあげるがね、とおばあちゃんは力強く言った。僕は反重力装置と時空変換無線を古い毛布で丁寧に包んで軽トラの荷台に載せ、動かないようしっかりと固定した。

僕はじいちゃんをテレパシーで呼んだ。もしもし、とじいちゃんはすぐ出た。じいちゃん、UFOの部品が見つかったよ!と言うと、おおそうか!それは良かった良かった、ととても嬉しそうだった。

じいちゃんのおかげだよ、諦めないで本当に良かった、これから部品を持って四国に向かうから、とじいちゃんに伝えた。

真夏ちゃんは翌日から魚籃坂46の全国ツアーで四国に向かう。真夏ちゃんはツアーの合間にじいちゃん家に来てくれる事になった。

真夏ちゃんを駅まで送り届け、その足で僕とおばあちゃんは軽トラで四国に向けて出発した。

ウンウンとエンジンを唸らせて軽トラは高速道路を走っていた。スピード出ないねえ、ハハハ、とおばあちゃんは笑いながら一番左の車線を走る。

ビュンビュンと全ての車に追い抜かれてい行く、大きなトラックやトレーラー迄もが僕達の軽トラの真横を煽るように抜き去った。

大切な部品だからね、ゆっくり事故の無い様に、とにかく無事に四国に着くことだがね、とおばあちゃんは言った。

道中おばあちゃんと色々な話をした。真夏ちゃんを山で見つけた時の事、アイドルデビューが決まった時の事。

そして真っ暗な夜の高速道を走りながら、おばあちゃんは僕にこう言った。

「あの子はね、気が強い所があるけど、本当はとても寂しがり屋で優しい子なんよ。私の前では強がって帰りたいなんて一度も漏らした事が無かったんよ。でも家は山の中だから天の川がよく見えるがね、真夏は夜一人で良く空を見上げては泣いていた事を私は知ってるんよ。真夏の事よろしく頼むんね」

僕とおばあちゃんはパーキングエリアの度に休憩を取りながら12時間以上掛けて瀬戸大橋の手前のパーキングにようやくたどり着いた。おばあちゃんは数時間ほど仮眠を取っただけでほとんど寝ていなかった。

やっとここまで来たねえ、と車を降り腰を叩くおばあちゃんに、僕も免許があれば運転出来たのにすみません、と言うと、大丈夫!ばあちゃん体力には自信あるんよ、と言って力こぶを作った。

波の穏やかな水面にポコリポコリと幾つもの島々が浮かんでいる。朝日を受けキラキラと輝く瀬戸内海が瀬戸大橋を走る軽トラの車窓に広がった。

おお、これが瀬戸内海か、きれいだねえ、こんな綺麗な景色を拝めるのも、あんた達に出会えたおかげだがね、とおばあちゃんは感慨深げだった。そして軽トラは瀬戸大橋を渡りいよいよ四国に入った。

インターを降り小さな街を抜けると、眼前にじいちゃん家のある山が見えてきた。ほんのひと月程しか経って無いのに僕はとても懐かしい感じがした。

おばあちゃんは山道の運転はお手の物だ。車一台がやっと通れる程の曲がりくねった細い道もスイスイと軽快に登って行く。程なくじいちゃん家に着くと、じいちゃんは家の前で出迎えてくれた。

軽トラから降りて来たおばあちゃんをひと目見て、じいちゃんは少し驚いた顔をしていた。よくぞこんなに遠くまで、さぞお疲れじゃろう、どうぞゆっくりしてって下さい、と言った。

僕は荷台の紐を外してシートを取り、大切な反重力装置と時空変換無線をじいちゃんと二人で家の中に運んだ。

さあさあ、今夜はおばあさんの歓迎会じゃ、と久々の来客にじいちゃんは嬉しそうだった。

その日の夕食で久しぶりに食べたじいちゃんのカレーはやっぱり美味しかった。

じいちゃんとおばあちゃんは夕食後、焼酎を飲みながら会話が弾んでいた。何だか気が合うみたいで、すっかり意気投合した様子だった。

翌朝じいちゃんは、赤いポロシャツに白いチノパンという格好で現れ僕はギョッとした。これからおばあさんを秩父まで送って行く、と言う。

船は一人で直せるじゃろ、わしの軽トラは自由につかっていいぞ、この辺の山道は全てワシの私道だから免許無くても大丈夫じゃ、と言ってキーを僕に手渡した。

実はな、おばあさんを見た時驚いたんじゃ、ワシの死んだばあさんに瓜二つだったんじゃよ、生き返って来たのかと思うたわ、ハハハ、と嬉しそうに言った。

じいちゃんはおばあちゃんの軽トラを運転し、じゃ留守を頼むな、と僕に手を振り、二人は楽しそうに秩父に向けて出発して行った。

僕は草刈り機とスコップを軽トラの荷台に乗せてエンジンを掛けた。さあ行くぞ、と意気揚々とアクセルを踏んだがすぐにエンストした。

マニュアル車の軽トラの運転は想像以上に難しかった。こんな難しい乗物をいとも簡単に乗りこなしているじいちゃん達を僕は尊敬した。

クラッチとアクセルの操作に悪戦苦闘し何度もエンストしながら、僕はどうにかUFOの場所まで辿り着いた。

まずUFOの周りの徒長した雑草を刈る。そして反重力装置を交換する為の穴をUFOの下に掘った所で陽が落ちた。

それから毎日、僕はUFOの修理に明け暮れた。大きな反重力装置を一人で交換するのは大分手こずった。家に帰るとクタクタで晩御飯もそこそこにバタンキューの日々だった。

もう、じいちゃん一体いつ帰って来るんだよ、早く帰って来て手伝ってくれないかなあ、気が付けばじいちゃんはおばあちゃんを秩父に送って行った切り一週間近く戻って来てない。

何気なく付けたテレビで魚藍坂46が歌っていた。真夏ちゃんは寄りでアップになるといつものイヤイヤフェイスをする。ああ真夏ちゃん可愛いなあ、早く会いたいなあ、そんな事を思いながら僕はウトウトしていた。


ねえわたし、真夏よ、床で寝ていた僕は真夏ちゃんからのテレパシーでハッと目が覚めた。今四国ツアーで、明日から二日間オフだから行くね、と真夏ちゃんは言った。

真夏ちゃんは近く迄バスで来てくれる事になった。僕は軽トラを県道に一番近い私道に止め、そこからバス停まで歩いて迎えに行った。

真夏ちゃんはレジ袋一杯に食材を買い込んでバスから降りて来た。ちゃんと食べて無いんでしょ、今日は私が晩御飯作るからね、とレジ袋を持ち上げてニコリと笑った。久しぶりの真夏ちゃんの笑顔は一段と眩しかった。

助手席に真夏ちゃんを乗せ、山道をスイスイと軽トラを走らせた。運転上手くなったじゃん、と真夏ちゃんは言った。もう最初はエンストばかりさハハハ、と僕は笑いながら助手席に目をやった。

真夏ちゃんは窓を全開にして、窓枠に肘を掛け、目を閉じ気持ち良さそうに山の新鮮な空気を味わっている。吹き込む風にフワリと揺れた亜麻色の髪の毛からふんわりと真夏ちゃんの匂いがした。

無事に秩父に着いた、しばらくゆっくりして帰る、とじいちゃんからテレパシーがあった切り何の連絡も無いんだよ、と言うと、真夏ちゃんはウフフと笑った。


台所からいい匂いがして来た。この匂いはハンバーグだろう。何か新婚夫婦みたいだなあ、と思いながら僕は真夏ちゃんのエプロン姿を横になって眺めていた。

僕は真夏ちゃんと卓袱台に向かい合って座り、ビールで乾杯し、ハンバーグを食べた。

今夜は真夏ちゃんと二人きりだ。僕は冷静なフリをしていたが、心臓はバクバクと破裂しそうに高鳴っていた。

晩御飯を食べ終わり、真夏ちゃんと焼酎を飲みながらいい気分で話してると、軽トラの止まる音がして玄関がガラガラと開いた。おう、今帰ったぞ、とじいちゃんの声がした。

僕は慌てて玄関に飛び出した。え、じいちゃん帰って来ちゃったの!と僕が聞くと、そりゃ帰って来るわな、ワシの家じゃ、とじいちゃんは言った。

さあさあ入って、とじいちゃんが促すと、こんばんはまたお邪魔しますね、とおばあちゃんが入って来た。真夏ちゃんは、おばあちゃん!と言っておばあちゃんに抱きついた。

じいちゃんは、おおあんたが真夏さんか、聞いてた通りかなりのベッピンさんよのお、と言った。おじいちゃんはじめまして、と真夏ちゃんはピョコリと頭を下げた。

真夏が来るって言うから、ばあちゃん引き返して来たがね、と言っておばあちゃんはガハハと笑った。

真夏ちゃんは今日じいちゃん家に行く事を、おばあちゃんに前もって連絡していたのだった。

二人切りのムフフな夜を過ごすという僕の夢は、こうして儚くも消え去った。

その夜は大いに盛り上がった。じいちゃんは通販で買ったカラオケマイクを引っ張り出して来て、おばあちゃんとデュエットを始めた。そして真夏ちゃんは生で魚藍坂46の歌を披露してくれた。

そんな楽しい夜なのに、僕はと言うと焼酎をたった一杯飲んだだけで酔い潰れて寝てしまった。

こんな所で寝てたら風邪引くよ、と言って僕に毛布を掛けてくれた時、真夏ちゃんがおでこにチューしてくれた様な気がするけど、うっすらとした記憶だから気のせいだったのかも知れない。


翌朝、UFOの試運転をする為に僕達は軽トラ二台に分乗して向かった。僕は一人でUFOのコクピットに入った。真夏ちゃんとじいちゃん、おばあちゃんが心配そうに見守る中、僕は反重力装置のスイッチをオンにした。

ズバババ、バリバリ、と木々の枝を折りながらUFOは木立の間を抜け、あっと言う間に空高く上昇した。眼下にはUFOを見上げている三人の姿が小さく見えた。フラフラと少し不安定だが、反重力装置の交換はどうやら上手く行った様だった。

僕はそのままじいちゃんの家の裏の畑まで飛んで着陸した。フウ、と息を吐いてコクピットから降りると、僕より遅れて軽トラ二台が帰って来た。

すごいすごい!と真夏ちゃんは軽トラから飛び出して来て僕に抱きついた。

「お前の船、大したもんじゃのう、ほれ、何じゃ、あの、土瓶とか言うヤツ」とじいちゃんが言った。

「ドビンじゃなくてドローンでしょ」と僕が言うと、

「そうそうそれそれ、ドビーンみたいじゃな」

「だからドローンだって、じいちゃん」

「ハハハハハ」

みんなの笑い声が山の中にこだました。

おばあちゃんが秩父に戻った数日後、真夏ちゃんは今ツアーを最後に魚籃坂46を卒業する、と電撃発表した。グループのリーダー的存在で、一番の人気者である真夏ちゃんの突然の卒業宣言に、ファンのみならず世間は大騒ぎになった。

「私はアンドロメダに帰ります。今までお世話になった地球のファンの皆様、そして関係者の皆様に心から感謝します、本当にありがとうございました」

アンドロメダに帰ります、と聞いた時、僕はそれを言ったらまずいでしょ、と思ったが、何故か世間には気の利いたジョークとして受け止められた。記者会見で涙ながらに語る真夏ちゃんの映像はNHKでもトップニュースで取り上げられる程だった。

真夏ちゃんは最後のステージをみんなで見に来て欲しい、と東京ドームで行われるツアーファイナルのチケットを三枚送って来た。僕とじいちゃんはUFOに乗って秩父のおばあちゃんの家まで行くことにした。

UFOは試運転を何度も繰り返し、飛行もかなり安定してきた。じいちゃんは高いところが苦手で、オレは軽トラで行く、と言い張ったが、僕はなだめながら半ば強引にUFOに乗せた。

UFOがフワリと浮き上がるとじいちゃんは、なむさんなむさん、と目を閉じ手を合わせていたが、そのうち慣れた様で眼下の景色を、きれいじゃな、と言って見下ろしていた。

あっと言う間に秩父のおばあちゃん家の上空に来た。おばあちゃんが下で手を振って迎えてくれている。そして静かにUFOは着陸した。

じいちゃんはUFOから降りると、なーに飛行船などどうって事ない、高い所からの景色は最高じゃ、と偉ぶっておばあちゃんに説明をしていた。

僕とじいちゃんは夜明け前に出発したにも関わらず「秩父にUFO出現」と夕刊紙にすっぱ抜かれた。見つけられるとまずいと考えた僕は、UFOをブルーシートで覆い枯れ葉などでカモフラージュした。


僕達三人は真夏ちゃんの卒業ライブに行く為、よそ行きに身を包み東京行きの特急電車に乗った。じいちゃんとおばあちゃんは出発するやいなやプシュとビールを開け乾杯し、楽しそうに会話している。本当にこの二人は仲が良い。

見覚えのある車掌がやって来て、僕達三人の切符をチェックすると僕らには目もくれず行ってしまった。真夏ちゃんと二人で乗った時はあんなにジロジロ見ていたのに。

東京に着くと地下鉄に乗り換えて東京ドームに向かった。東京ドームを眼前にしたじいちゃんは、あまりの大きさに圧倒された様だった。広島ファンのじいちゃんは、ドームなんて大した事無いわい、広島市民球場の方が大きいわ、と粋がるとおばあちゃんが、野球は巨人だがね!と言い返した。

あんなに仲の良かった二人の間に、何やら不穏な空気が流れ始めた。

僕達は真夏ちゃんのタオルとペンライトを買った。じいちゃんは、なんじゃこの懐中電灯は、とペンライトを不思議そうに眺めていた。

広島vs巨人で揉めたじいちゃんとおばあちゃんは僕を間に挟んで座り、お互いプイと背を向けている。

そんな二人に挟まれ気まずい僕は、まあまあ二人とも、今日は真夏ちゃんの最後のステージだから、そんな顔してちゃ真夏ちゃんが可哀想だよ、となだめると、じいちゃんはそれもそうじゃな、と言って笑った。


前奏が始まりステージの袖から魚藍坂46のメンバーが登場して来た。今日はみんな来てくれてありがとう!と言う真夏ちゃんの掛け声を合図にライブが始まった。メンバー達は広いステージを所狭しとばかりに歌って踊った。

耳を劈く様な爆音と煌びやかな照明に僕達は圧倒され、盛り上がる周囲のファン達に追いて行けない。じいちゃんは勝手に点いたり消えたりするペンライトを不思議そうに眺めている。

観客席の真ん中を貫く様に長く伸びたステージを手を振りながら満面の笑顔の真夏ちゃんがこちらに駆けて来た。

他のファン達と動きが違い、違和感たっぷりの僕達は目立った。直ぐに見つけた真夏ちゃんはニコリと笑って手を振ってくれた。みんな楽しんで行ってね!と真夏ちゃんが言うとウォーっと大きな歓声がドーム中に轟いた。

楽しい時間が過ぎるのは早い。真夏ちゃんの卒業ライブは二度目のアンコールを迎え、いよいよ最後の曲となった。

ドームの照明が落とされ真っ暗になると、真夏ちゃん一人にスポットライトが当たった。

「私は今日で魚藍坂46を卒業してアンドロメダに帰ります。応援してくれたみんな本当にありがとう!そして私を支えてくれた全ての皆様に感謝します」

真夏ちゃんは涙声で、でもしっかりと言った。

「そして大好きな地球のおばあちゃんに感謝します!本当にありがとう」

スポットライトがおばあちゃんに向けられた。ハンカチで目頭を押さえ泣いていたおばあちゃんにスタッフがステージに上がるよう促した。

突然の出来事に躊躇していたおばあちゃんだったが、じいちゃんが、さあ、と手を差し出した。じいちゃんの手を取り立ち上がったおばあちゃんはじいちゃんと二人でステージへの階段を登った。

ステージ上でおばあちゃんとじいちゃんは数万の大観衆の大きな拍手を浴びた。真夏ちゃんとおばあちゃんは泣きながら抱き合った。魚藍坂46のメンバー達、スタッフ、観客席、会場全てが涙に包まれた。

翌朝、僕とじいちゃんはUFO出現騒動が起きぬ様にと、出来るだけ高速で上昇して成層圏の上を飛んで四国に帰る事にした。

UFOはスムーズに上昇しあっという間に成層圏の外側に到達した。だが上空に行くに連れコクピット内は強烈な寒さに襲われた。どうやら暖房が上手く機能していない様だった。

じいちゃんと二人ガタガタ震えながら四国に着いた。真夏ちゃんは諸々落ち着いたらおばあちゃんと軽トラで四国に来る事になっている。それまでに暖房を何とかして直さなければならない。

僕は毎日じいちゃんと二人で修理を試みたが、結局暖房を直す事は出来なかった。家の客用布団を持ってけ、あの羽布団は良いやつじゃから、寒さを凌げるじゃろう、とじいちゃんは言った。

時空変換無線も直せなかった。なるべく重量を減らす為、仕方無く時空変換無線は外してじいちゃん家に残して行く事にした。

そうこうしてる内に、真夏ちゃんから、明日四国に行くね、とテレパシーが来た。

真夏ちゃんが到着したら、僕達はアンドロメダに向けて出発する。


四国山地のど真ん中にあるじいちゃんの家からは天の川がくっきりと見える。そして彼方に僕達のアンドロメダ星雲も肉眼で確認出来る程に星の綺麗な所だ。

じいちゃんとおばあちゃんは僕達二人の為に盛大なお別れパーティーを開いてくれた。この味をしっかりと舌に焼き付けて行こうと、僕達二人はカレーとシチューを何杯もおかわりしてお腹いっぱい食べた。

僕達は四人並んで縁側に座り夜空を見上げた。真夏、アンドロメダはどれだい?とおばあちゃんが尋ねると、ほらあそこに見える星雲、あの中に私達の星があるの、と真夏ちゃんは指差した。

ふーん、と頷いているじいちゃんとおばあちゃんの横顔を見てたら、僕は別れるのが辛くなり、ねえ、二人も一緒に行こうよ、と言った。一人乗りの僕のUFOには真夏ちゃんしか乗れない事を知りながら。

いやワシ等は死ぬまでここで暮らす。その方が気楽じゃ、なあばあさん、とじいちゃんはおばあちゃんと顔を見合わせて笑った。

私達の星からも、天の川銀河が見えるんだよ、見る度におばあちゃん達の事思い出すからね、真夏ちゃんはおばあちゃんの肩に頭をもたげて言った。

いよいよアンドロメダに向けて出発する時が来た。

僕と真夏ちゃんはUFOに乗り込みコクピットに並んで座った。座席が一つのUFOにじいちゃんは真夏ちゃん用の席を食卓の古い木の椅子を改造して取り付けてくれた。

おばあちゃん、おじいちゃん、また必ず遊びに来るから、真夏ちゃんの目から大粒の涙がポロポロ溢れた。

じいちゃん、おばあちゃん、本当に色々ありがとう、じいちゃん達のおかげで僕達はアンドロメダに帰る事が出来る、この恩は絶対に忘れないから、僕は泣くのをグッと堪え、じいちゃんの目をしっかりと見て言った。

おう、ワシ等は大丈夫じゃ、ばあさんと二人で四国と秩父を行ったり来たりして楽しく過ごすつもりじゃ、まだまだ長生きするからのう、いつでも遊びに来いや、楽しみにしとるぞ。いつもは泣かないじいちゃんだが、涙目でそう言った。

達者でのう、と手を振る優しいじいちゃんの顔を見たら僕ももう涙を止める事が出来なかった。

それじゃ行くよ、じいちゃん、おばあちゃん、さようなら、お元気で、僕はコクピットのカバーを閉じた。反重力装置をオンにするとUFOはフワリと浮き上がった。

じいちゃん家の屋根がどんどん小さくなる、じいちゃんとおばあちゃんはUFOを見上げ、いつまでも手を振っていた。

僕はUFOをじいちゃん家の上空で三度旋回させてから一気に上昇した。手を振るじいちゃん達の姿はすぐに見えなくなり、成層圏の外側に出ると、窓から四国と日本の形がくっきりと見えた。

僕は、いよいよ地球とお別れだよ、と言って真夏ちゃんを見た。真夏ちゃんは、おばあちゃん、おばあちゃん、と言いながら涙でぐしゃぐしゃの顔をしていた。

美しい水の惑星、地球はみるみる遠ざかって行く、そしてコクピット内は急激に気温が下がり始め寒さが襲って来た。

僕はUFOを自動運転モードに切り替え、じいちゃんに貰ったフカフカの羽布団に真夏ちゃんと二人で潜り込んだ。僕達はアンドロメダに着くまで暖かい布団の中でずっと抱き合って過ごした。

そして僕達は無事にアンドロメダに帰る事が出来た。真夏ちゃんとはその後どうなったかって、気になるかい?

真夏ちゃんは今家に居ないよ。え、別れちゃったのかって、フフフ、そうじゃないんだ。

アンドロメダに帰ってすぐに僕達は結婚した。そして、しばらくして僕と真夏ちゃんの間には、目がぱっちりとした真夏ちゃん似の可愛いベイビーが生まれたんだ。

ママになった真夏ちゃんは僕に、私はやっぱりアイドルに戻る、ベイビーの事はよろしくね、と言ってADM(アンドロメダ)46と言うアイドルグループを結成したんだ。

並外れた可愛さとオーラに加え、持ち前の統率力を存分に発揮し、真夏ちゃんはグループのリーダーになった。そして、ADM46は瞬く間にトップアイドルになった。今、真夏ちゃんはツアーの真っ最中で星中を飛び回ってるんだ。

再びアイドルとなった真夏ちゃんの人気は地球の時より絶大で、最初僕はやきもちを焼いた。でも真夏ちゃんは家に帰って来ると、ただいま、愛してる、と言って僕にチューをした後、ベイビーにチューをするんだ。どうだい、羨ましいだろ。

多忙な日々を送る真夏ちゃんに代わり、家事と子育ては僕の担当。家事は嫌いじゃないし、子育ても楽しいから、僕は充実した毎日を送っているよ。

主夫業の傍ら、僕は在宅ワークでUFOの設計デザインの仕事をしているんだ。僕が最初に設計したKT-1と言うUFOは近未来的でとても斬新な形だと高く評価された。KT-1はUFOオブザイヤーを受賞して爆発的に売れた。今じゃアンドロメダのあちこちでKT-1を見かける様になったんだ。

と、ここまでが僕のお話。でもこの話にはまだ続きがあるんだ。

僕達はベランダで夜空を見上げていた。僕と真夏ちゃんの間には、僕達の愛する小ちゃいベイビーがちょこんと座っている。遥か彼方には星粒の様な天の川銀河が見える。

じいちゃん達元気かなあ、ベイビー、あの星にお前のジジとババが住んでいるんだよ、と言うとベイビーは、ジイジ、バアバ、と両手を振りケラケラと笑った。

ツアーが終わると、しばらくオフだから、みんなで会いに行こうよ、おばあちゃん達きっと喜ぶよ、と真夏ちゃんは言った。

僕はふと、数日前から家の時空変換無線から、時折ガガガと混線した様な異音がしていた事を思い出した。僕は、もしや、と思い、家の時空変換無線をじいちゃん家に残して来た壊れた無線にチャンネルを合わせた。

すると、もしもし、もしもし、とじいちゃんの声がするではないか。僕は驚いて、じいちゃん、じいちゃん、僕だよ!と答えた。

おーやっと通じたわい、お前が行ってから無線を色々いじってたんじゃ、直った、直った、ワハハ、とじいちゃんは笑った。

バッテリーとコンデンサーを取り付けたら直った、とじいちゃんは言う。そんな原始的な部品で直せるなんて、やっぱりじいちゃん只者では無い。

翌朝、僕達はKT-1に乗り地球に向かった。新しい反重力装置を備えた最新型UFOのKT-1は乗り心地も良く、地球まで数倍早く到着出来る。

僕達は時空ワープして天の川銀河の太陽系まで来た。青い地球がどんどん大きく見えて来る。時空が同じここまで来たらテレパシーが使える。

じいちゃんもうすぐ着くからね、と僕は久しぶりにテレパシーでじいちゃんを呼んだ。もしもし、おう、ばあさんと楽しみに待っとるぞ、とじいちゃんは答えた。


じいちゃん、おばあちゃん、ただいま!僕は懐かしいじいちゃん家の玄関をガラガラと勢いよく開けて言った。

おかえり、よう来たのう、とじいちゃんとおばあちゃんが出てきた。まあ!なんて可愛いの、とおばあちゃんは僕達のベイビーに手を伸ばした。

ベイビーは、ジイジ、バアバ、とニコニコ笑っておばあちゃんの方に手を広げた。おばあちゃんは僕が抱っこしていたベイビーを優しく抱き上げ、よいよいよい、いい子だねえ、と嬉しそうにアヤしてしる。

さあ、長旅お疲れじゃろう、入った入った、とじいちゃんは僕達を招き入れた。

居間のちゃぶ台には、所狭しと沢山のご馳走が並んでいる、テレビでは広島vs巨人戦が放映されていた。

僕はこれはまずいと慌ててテレビの前に立ちはだかった。するとじいちゃんは、大丈夫じゃ、巨人戦の時は巨人を応援する事にした、他の時はもちろん広島じゃがな、ハハハ、とじいちゃんは笑った。

しかしお前等が乗って来たあの船、中々イカしとるのう、とじいちゃんは言った。KT-1と言う名前のUFOだよ、僕が設計したんだ、と答えると、さすがワシの孫じゃ、前の円盤みたいなのより断然カッコイイぞ、とじいちゃんはニヤリと笑って親指を立てた。


じいちゃんの家からは賑やかなみんなの笑い声とじいちゃんのカレーとおばあちゃんのシチューの良い匂いが漂っている。

そして庭には三台の軽トラが並んでいた。じいちゃんの軽トラ、おばあちゃんの軽トラ、そして僕達が乗って来た軽トラの形のUFO、KT-1。


KT-1、

その正式名称は、




「ケイトラン1号」





アンドロメダから僕は来た 完



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