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ブラック企業に就職する/まっこ

ブラック企業へ足を踏み入れる


  難病に罹ったくだりで説明を端折ったが、私は大学を卒業した後、漆黒のブラック企業に就職してしまった。そこは同族経営の、社長一族だけが偉くて、それ以外は奴隷のように扱われる会社だった。私たちが入社した時、先輩達の視線が何とも言えず歓迎感がなかったことをよく覚えている。
 後から分かったのだが、そのブラック企業は、新卒を採用するのが私たちが初めてで、それまでは中途採用しかしたことがなかったらしい。ちゃんとした組織を作りたくて新卒を採用することにしたらしいが、既存の社員達より私たち新卒の給料の方が高かったらしい。その妬みもあり、私たち新卒は入社時に歓迎されたなかったのだ。マジか、と私は思った。私達新卒の給与も別に高くはない。それより安い給料で働かされている先輩達のことが、可哀想でもあり、何だか恐ろしくもあった。
 ちなみにそのブラック企業のブラックぶりは、以下のようなものがあった。
 
・給料は振込代が勿体ないので現金手渡し
・給料日は社長室に並び、お礼を言わなければいけない
・ボーナスは受け取る時に誓約書を書かされ、三ヶ月以内に辞めたら全額返金しなければならない
・社員旅行はみんなが行きたくないため、行きますと一番最初に言った一人のみが全額会社負担の無料になり、それ以外の社員は社長秘書に説得され、行くことになった後発組の費用は会社が半額負担、それも社員旅行から三ヶ月以内に辞めた場合は返金する誓約書を書かされた
・週一の会議の時は朝七時過ぎには会社に行かねばならず(定時は十時)、社長が出席する会議の前にリハがあった
・専務(社長一族)と社長秘書がデキていた
・社長の家の引っ越しに駆り出され、家具を引きずってしまった社員が始末書を書かされた
・仕事が出来なすぎたフジタさん四十歳の給与が、何度も給与を下げられ十四万円(総支給)だった
・お客さんのところへ行く時間が二十四時だったりしても次の日は定時出社しなければいけなかった
・当然残業代は出ない
・勤怠の管理は出勤簿に判を押すだけで勤務時間は管理されず
・平社員の土曜の休みは隔週なのに社長秘書のみ毎週土曜休み
・社長秘書は社長のお昼ご飯を会社で作って出す
・社長のシャンプーをネットで頼んだり、社長の晩御飯を食べる先を探すのも社長秘書
・社長秘書は社長の夜のお供もさせられるという噂アリ
・有給を取得するには理由を記入した上社長まで稟議を通さないと有給は取得できない
 
 などなど、ブラックぶりはいくらでも出てくるのだが、一番ヤバかったなと思うのは『死ね事件』である。
 事件前日、私は社長秘書とランチをしていて、社長が『明日の会議には出席しない』と社長秘書に連絡をして来て、ということはリハがなくなるので普段のリハ有りの日より一時間遅く出社していいことになる。私は当時の課長にその旨連絡をして、『皆さんに伝えて下さい』と言ったのだが、課長は自分の課にのみ伝えていて、隣の営業二課には連絡をしなかった。その結果営業二課には連絡が行かず、事件当日営業二課の人は無駄に一時間早く来ることになった。それにイライラした営業の先輩が、私に言ったのだ。
「俺らの一時間をなんだと思ってんだよ!死ね!」
 と。
 私は思った。
「ええ〜新卒で入って半年も経ってない女の子にそこまで言う〜?」
 と。
 そもそも悪いのは私じゃなくない?課長じゃない?皆さんに伝えて下さいって私言ったよ?仮に私が悪かったとして死ねまで言われること???などめちゃくちゃたくさんの疑問符が過ぎったが、その場で泣くのは私のプライドが許さなかった。私は非常階段に行って、ひっそりと泣いた。そしてその後何事もなかったかのように会議に出席し、
「本日は私の連絡不足のせいで皆さんにご迷惑をお掛けし申し訳ございませんでした」
 と謝罪した。私に死ねと言った先輩と比較して、私の方が大人度的に、勝った、と思った。
 結局その会社は、私が一人で会議室で腹痛発作に耐えているのを見られたり、持病が悪化して入院した時に、課長が病院までやってきて、
「お前が戻って来てもお前が座る席もお前がする仕事ももうないから」
と言って来て、不条理すぎて私は大変ショッキングだった。ドラマのセリフかと思った。退院してから専務が『病気の人を雇い続けるほど会社に余裕がないから辞めてほしい』と言ってきて、『辞めないと言ったらどうなりますか』と訊いたら『解雇になる。解雇は職歴に傷がつくからおすすめしない』と言ってきた。それは自分から辞めろという脅しだった。私はその会社に縋る理由もないので辞めることにした。同期はまだ何人かその会社に残っている。
 数年経ってからたまたま再会した同期に『辞めないの?』と訊いた時に、
「俺は社長にも専務にも借りがあるから
 と真顔で言っていて、私は
「洗脳が完了している・・・」
 と思った。
  

まっこ


  まっこは高校時代のクラスメイトだった。まっこはほぼオタクとギャルしかいない極端なクラス構成の中で群を抜いて超絶にギャルで、金髪だったし黒肌だったしルーズソックスも廃れ始めていた時代に履いていたルーズソックスも相当にルーズだった。でもすごくスタイルが良くておしゃれでめちゃくちゃ面白くて、何より自由だった。私は中身がオタクのくせにオタクの輪に馴染めず割とギャル達の近くにいたので、まっこの自由度が大好きだった。
 私は黒髪でメガネで制服もきっちり着て三年間学級委員を務めるようなタイプだったので、まっこは私にとって憧れだった。いつどうやって仲良くなったのかあまり覚えていないけれど、高校時代のまっこの記憶は私をクラブに連れて行ってくれたり、変顔と可愛い顔半々のプリクラ帳を見せてくれたり、一緒にカラオケに行ったり、まあ授業中の記憶がない。あ、体育の授業は受けていた。
 そしてまっこは高校生なのにも関わらず水商売のバイトを始め、きっかけが何だったのかは忘れてしまったが途中で高校を退学した。
 そして私がブラック企業で酷使され疲弊している時に開かれた飲み会で再会したまっこは、かなり立派なキャバ嬢に仕上がっていた。(すすきのではキャバクラというとセクキャバを指します)
 当時のまっこが働いていたお店は、『パンツ(下着)一枚でお客さんが来るまで待機し、お客さんが来たら「いらっしゃいませ〜」と言って履いていたパンツをお客さんの頭に乗せる』というお店だった。
 衝撃を受けた私たちは、
「ってことは接客中全裸じゃん!恥ずかしくないの!?」
 と訊いたのだが、それに対してまっこは一言、
「正直、慣れる」
 と言っていた。まっこよ!!と思った。
 そんなまっこや他の友達たちに私は自分の働いている会社のブラックぶりを話し、かなり泣きそうになっていたのだが、まっこはそんな私を不思議そうに見ていた。この先同じ仕事を続けていけるかわからない不安、でも新卒ですぐ会社を辞めた人間が次に就職できる会社なんてないし、でももう心身ともに限界、ということを話していたと思うのだが、それに対して
「て言うか・・・」
 とまっこは言った。
「今しかやりたいことやって遊べる時間なんてないのに、働いてるとか意味わかんなくない?」
 と。
 働いてるとか意味わかんない!?!!
 大学を卒業したらそれ以降はずっと働き続けるものだとしか考えていなかった私は、その一言にとてつもない衝撃を受けた。衝撃的、すぎた。衝撃的すぎてその後の飲み会のことを全く覚えていない。
 真面目すぎた私の仕事観に対し、まっこの一言がどでかい影響をもたらしてくれたことは間違いない。
それからの私はどうなっているかわからない先すぎることよりも、『今』がとても大事になった。『今の自分を大切にしよう』と思えるようになった。ありがとうまっこ。
そんなまっこは今、結婚して二人の子どもを育てている。時は、流れる。

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