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空想ブーランジュリー 3.

※こちらの内容は、ウェブサイト(現在は閉鎖)にて2016年~2019年に掲載したものを再投稿しています。内容等、現在とは異なる部分があります。ご了承ください。

料理を並べただけでは展示として成立しないと考えたぼくは、その周りの小道具まで再現することを思いついた。
お皿からカトラリー、クロスなどはもちろん、取り挙げる映画の1つ「ぼくの叔父さん」では、小太りな中年男がベニエ(揚げパン)を駄菓子のように屋外で子供たちに売るシーンがある。このシーンで印象的なのは、子供たちにベニエを手渡す中年男の手が真っ黒(煤だらけ)で汚いところ。
ベニエだけでは成立しない展示も、この汚い手まで再現すれば映画のイベントとして成立すると考えた。

他にもゴダールの「気狂いピエロ」には、ジャン・ポール・ベルモンドが目覚めると鋏で首を刺された見知らぬ男の死体があり、その横でアンナ・カリーナの用意した朝食を食べるというシーンがある。
朝食そのものは、それが何なのかさえよくわからない完全な脇役だけれど、そこに死体まで用意できれば「汚い手」と同様、これは映画のイベントとして意味を持ち、おもしろいものになると考えた。

まず、料理などの並びはどうなっているか?どんな小物が使われているか?前後のセリフにも注意しながら、その料理や食べものが何であるか?何度も観直し調べた。そして次に、それらの形状に近い小道具探しをはじめた。

劇中に出てくる実際のものは、時代や国も違うので当然ほぼ見つからない。
ないなら作るしかないということで、お皿など形状の近いものを探すためにぼくは池田さんと数え切れないほどの雑貨屋さんをまわった。
もちろん検索するのが嫌になるほどネットでも探したし合羽橋や輸入スーパー、特に新宿の世界堂さんと東急ハンズさんには何度足を運んだかわからない。

チーズおろしの道具やカトラリー、色つきのボウル、ワイングラスなどは似た色や形状のものを買ってきて、模様の入ったコップやお皿は劇中に登場するものに似せるために自分でペイントをした。
「地下鉄のザジ」に登場するワイングラスのミュスカデに角砂糖を溶かすシーンは、本物の角砂糖だと展示の間に溶ける恐れがあるので角砂糖に見立てたものをスポンジで作り、白ワインを凝固剤で固めた。
「ゴダールの探偵」には、ホテルの朝食にネズミが載っているシーンがある。
サイズの良いネズミの人形をネットで探したもののなかなか見つからず、合羽橋のおもちゃ屋さんに予約までして買いに行った。
またこの朝食には、よく見かけるポーションバターが映っているけれど、スーパーで手に入るものは日本のメーカー名が書かれているのでPCでつくったラベルと金色の折り紙を加工し、上から貼ることで似せた。

すべてこの調子で作った。
そしてイベントまでの約3ヶ月間、新宿にあるぼくの部屋は足場がないほど大変なことになったけれど、やはりつまずいたのは「ぼくの叔父さん」に登場する “汚い手” と 「気狂いピエロ」の “死体” だった。

つづく

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