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それを使う理由

とんかつの話を書いていたとき、なぜ揚げものがこれほど支持されるのか、美味しいと感じるのかを考えていて油脂に行き着いた。

なぜ、人はこれほど油脂を好むのか。

まず、脂質が三大栄養素のひとつだと考えれば、人が本能として欲するのも必然に思える。もちろんタンパク質、炭水化物(糖質)をはじめ他の栄養素も身体をつくり、生命維持のために必要不可欠なものになる。とはいえ、どれも過剰に摂ることがよくないことは周知の通りで、身体にとって大切なミネラルである塩分だって摂りすぎると病気の原因になる。

2年前、京都の小川珈琲さんが創業70周年を機に、リブランドとして錦市場のすぐ近くにあるとても素敵な町家を改装され、「小川珈琲 堺町錦店」をオープンされた。
このとき、ディレクターを務められたGraphpaperの南貴之さん(alpha)からお声をかけていただき、ぼくは小川珈琲さんオリジナルの食パン開発のご依頼を受けた。けれど、「流行りものの高級食パンならやりません」とお伝えさせていただいたところ、小川珈琲 堺町錦店さんのコンセプトが「100年先も続く店」であり、「そのときにも変わらず食べ続けてもらえる食パンを」とお話を伺い、それならばと参加させていただいた経緯がある。

小川珈琲さんは本当にこだわりが強く、使用する材料にもかなりの制約があった。
そこでぼくは色々と試した結果、生地に混ぜるものにラードを選んだ。ただし、通常の食パンに比べると量はかなり少ない。
使用した理由には、生地の伸展性とトーストしたときの食感という狙いがあったけれど、そこが一番意図したことではなかった。それだけならバターなど他の油脂でも良かったのだけれど、主材料である小麦粉が京都産のものであり、これがなかなか繊細で難儀な小麦粉だったため、かなりの試行錯誤を要した。
基本通りのものや少し変わった作り方などを試したものの、それだと美味しいけれど個性のない普通の食パンになる。そこで京都産小麦粉の香りといった「らしさ」が前面に出るように、繊細な小麦粉の香りや味を少しでもマスキングしないように、と考え選んだものがラードだった。もちろん油脂だけでなく、素材の良さが一番出るであろう製法にもしている。

ぼくはずっと、油脂自体に旨味みはないと思っていたけれど、ラードには鰹ぶしの旨味成分として知られる「イノシン酸」が多く含まれているらしい。そうであれば、ラードが使用されたラーメンや炒飯、とんかつなどの揚げものが美味しいと感じることにも納得がいく。
また、パンにラードを塗ることはないと思うけれど、パン屋さんではぼくのように生地に混ぜる油脂として使用されることはある。その場合、味よりもトーストした際の食感を考えてのことが多いと思うけれど、もしかしたら意図せず味覚の面でも助力を得られていたのかもしれないな、といまになって思った。

つづく

 
小川珈琲 堺町錦店さん
京都府京都市中京区堺町通 錦小路上る菊屋町 519-1


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