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パンの名前 4.

※ こちらの内容は、ウェブサイト(現在は閉鎖)にて2016年~2019年に掲載したものを再投稿しています。内容等、現在とは異なる部分があります。ご了承ください。

ぼくは、プライスカードの多くをフランス語読みしたときの音そのままをカタカナ表記にしていた。
クロワッサンとかパン・オ・ショコラとか。
ここは日本とはいえ、クロワッサンを「三日月」に、バゲットを「杖(つえ)」という商品名にした日には、クロワッサンを目の前にしたお客様から「クロワッサンは、どこにありますか?」と訊かれかねないし、「そのバゲットを1本ください」と言われる方はおられても「その杖を1本ください」という会話をパン屋さんで耳にするとも思えない。
やはりクロワッサンはクロワッサンだし、バゲットはバゲットとして定着しているのだから無理に日本語にすることもない。

パンやお菓子に名前を付けるとき、どこまで音をそのままカタカナ表記にするのかは人それぞれだと思うけれど、うちはほとんどの商品名がカタカナだった。
そんなある日、京都のFM局から取材依頼があり番組の中でうちのパンをいくつか紹介してくださることになった。
ラジオで紹介してもらえるなんて初めてのことで、それは喜んで絶対に聴き逃すまいとぼくは放送日や時間の確認を何度もした。

街場のパン屋さんの多くは厨房でラジオが流れているお店が多いと思うけれど、うちも厨房ではラジオをBGMにしていたので、仕事をしながらそのときを心待ちにした。
いよいよ紹介してもらえるコーナーになり、少しボリュームを上げて聴き入っていたぼくは、パンの紹介のところで固まってしまう。
パンの名前を間違えられたわけでなければ、発音がなんて細かいことでもない。
なんとDJの方が気の毒に思えるほど噛みに噛みまくられていた。
そのとき選ばれたのが「きれいだから、華やかだから」といった理由でデニッシュばかりだった。
Viennoise aux fruits rouges 名前は読みそのまま「ヴィエノワーズ・オ・フリュイ ルージュ」をはじめ、みんなこの調子で付けた名前ばかりだったからか、とにかく噛まれた。

放送を聴きながら何だか申し訳ないような、いたたまれない気持ちになったぼくは、その後「じゃがいもパン」といった名前を付けるようになった。

つづく

 

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