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恐怖の主賓席

ぼくの浮かれた空気を緊張感漂うものへと一瞬で変えたのは、同じテーブルに着かれた主賓のみなさんだった。

そう、ぼくは今のいまになって、自分の席が主賓席であったことを認識した。
「すみません、うっかり席を間違えました」と告げて退席したい衝動に駆られるけれど、そこは間違いなくぼくの席である。

同じテーブルに着かれたのは、なんと「菊乃井」さん、「草喰なかひがし」さん、「祇園 さゝ木」さん、「たん熊」さんのそれぞれご主人と、「ブライトンホテル京都 」料理長の滝本シェフ(現 ラ・ビオグラフィ)、「京都ホテル オークラ」料理長の上島シェフ(当時)という泣く子も黙る、そしてぼくは泣きそうになる錚々たる顔ぶれだった。
初めてお目にかかる方々だけれど、和食業界に明るい方でないぼくでも一方的に知る巨匠、重鎮のみなさんであられる。

この字面では、料理業界をあまりご存じのない方にあのときの緊張感が伝わらないかもしれない。ゲームでいえば、一番容易であるはずの1つめのステージでいきなりラスボスが登場した感じ、と書けば伝わるだろうか。
このときはまだ「ミシュランガイド京都・大阪」が刊行される前だけれど、いま振り返ると「このテーブルだけでミシュランの星、一体何個になるんだよ」と、ツッコミを入れたくなるようなテーブルだった。
ちなみにぼくの真正面に座られたのは、菊乃井の村田さんと祇園 さゝ木の佐々木さんである。

おそるべし、主賓席

若手料理人がこの場に居ようもんなら卒倒したに違いない。
それでは、キャリアもそれなりに積み、自分で店を始めてから何年にもなる一応、大人だったぼくはどうだったか。

お察しの通りである。

ついさっきまではしゃぎ浮かれていた人間とは思えないほどの変貌を遂げた。
それは鉄棒競技の選手がグルングルンと回っていたのに着地をピタっと完璧に決めたときと同じくらい、ぼくは見事に静止した。調子よく動いていたPCが突然固まりフリーズすることがあるけれど、まさにあんな感じ。

うつむき加減でテーブルクロスの垂れ部分一点だけを見つめ、置き物のように硬直したぼくは、借りてきた猫どころか猫の置物だった。
巨匠や重鎮のみなさんからしても、1人だけ素性やどこの馬の骨(この場合は猫か)ともわからぬ謎の小僧が同じテーブルに居るのは訝しく思われたに違いない。「ところで、キミは誰?」という視線と空気を否が応にも感じる。

あの多くのゲストの中で一番緊張していたのは他ならぬぼくであり、なんなら新郎新婦の間に座らせてもらうか、厨房で皿洗いでもさせてもらえた方が落ち着くとさえ本気で思った。
とはいえ、三國さんの料理に添えるパンを焼かせていただいたり、巨匠の方々とテーブルをご一緒させていただけるのは当たり前のことではない。

ぼくは、やはり西澤さんご夫妻に感謝しないといけないのである。

つづく


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