読書記録(雑食モード)

 今週は病院での定期的な検査と外来での診察が2日続きであったおかげで、行き帰りと待っている時間が全部読書に充てられて、良いペースで読めている。
 「待ち時間2時間、診察5分」などと言われる大学病院の外来は、忙しさの合間を縫って訪れている患者さんや、高齢の患者の付き添いで来ている家族にとっては苦痛なものかもしれないけれど、本さえ読めればどこでも天国のお気楽人間の僕には2時間待ちもまったく苦痛ではない(「病院通い=本が読める」と思ってるフシもある)。
 そんなわけで先週末から立て続けに読んだ小説等を脈絡もなく記録しておく。

『一人の男が飛行機から飛び降りる』

 南アフリカ生まれで10歳でアメリカに移住した作家バリー・ユアグローの149本の超短編小説集。翻訳は柴田元幸。
 表題の『一人の男が飛行機から飛び降りる』と『父の頭をかぶって』の2作の超短編集が合本されたもののようだ。
 作品は長いもので7〜8ページ、短いものは10行ほどで終わる。そしてアメリカの短編小説によくあるような「なんだかよくわからない」感じと、奇妙な後味の悪さが詰め込まれている。
 どうしてすき好んでそんなものを読まなきゃならないんだと思われるかもしれない。本当にその通り。わざわざこんなのを読む人の気がしれない。
 でも不思議なもので、読んでいるうちに癖になるのだ。
 奇妙な後味の悪さの中にひっそりと味わい深いものが隠れているように思えてくるのである。例えてみればドリアンやくさやの干物みたいなものか。
 それにしても超短編と呼ぶ以外にない短さなのに、それがどうしても小説になっていて、これは実に困る。
 もちろん短編小説なのだから、とある瞬間をできるだけ鮮やかに切り出すかが勝負の分かれ目なのだが、これが実に鮮やかなのである。
 言っておくが読み心地はどこまでも悪い(読みづらいわけではない)。

『世界の辺境とハードボイルド室町時代』

 ノンフィクション作家の高野秀行氏と、日本中世史の研究者である清水克行氏の対談集。タイトルは村上春樹の例の小説をもじっている。
 この1年で読んだ本の中でもベスト3に入る面白さだった。
 対談というとあらかじめテーマが決まっていて、段取りもふんわりと決まっていて、出版社の編集者なんかが対談する人の間を取り持ったり、間を繋いだり、コントロールするのが一般的だが、この二人の対談は無法地帯というか、なりゆき任せというか、ほとんど居酒屋での勝手な無駄話状態。
 話は、地域としてはアフリカのソマリランド、中国、東南アジア、中東、日本とあちこちに飛びまくり、時代は現代と中世を行ったり来たり。
 話題は政治体制や風習、法、信仰、仏教とこれまた四方八方にすっ飛びつつ、男色だの上洛は面倒臭いだの、犬より猫が好かれる理由だのと、これまたしっちゃかめっちゃか。
 挙句は「二人は異端なのか」って、そりゃ異端でしょうよと苦笑いしてしまう面白さなのである。
 日本に古来からある「穢れ」を説明するのに、盗まれた下着を返してもらっても履く気にはならないでしょって。まごうことなき居酒屋の雑談なのである(下着の話は、中世では一度盗まれてしまったものは、自分のものじゃなくなる習慣について語ったもの)。
 編集者の剛腕で書籍の体はなしているけれども、大変な仕事だっただろうなあと想像してしまうのだった。
 対談の中身は雑学的でもあり、先入観で凝り固まった歴史のイメージを覆してもくれるのだが、僕が何より強く思ったのは「居酒屋の雑談ってのはやっぱり面白いんだな」ということでした。

『銀河英雄伝説列伝1〜晴れ上がる銀河』

 『銀河英雄伝説』の作中の人物を主人公にして他作家が創作した短編のアンソロジー。先日書いたアンソロジーの一種と考えられなくもないだろうと、合わせて読んでみた。
 『銀英伝』ほどの人気作であれば、業界内でも間違いなくファンを公言する作家はいるだろうし、きっとそれぞれに思い入れはあるはずで、どの短編も本編の間隙や空白を埋めるものとして成立しているように思う。
 惜しいことに、本編のベースにある政治体制の是非についてというテーマが、収録された作品では影を潜めてしまっている。一部、そのような気配がする部分もあるが、本編が完結してしまっている以上、裏話、エピソードが中心になるのは仕方のないことで、それゆえにどこかしら一ファンである作家による二次創作的な匂いがしてしまうんだろう。
 「1」とわざわざ銘打っているところを見ると、東京創元社としては「2」以降のシリーズ化を目論んでいるのは明らか。本編のサイズを大きさ、登場人物の多さを思えば、隙間を埋める新作というのは目の付け所がいいなあと感心してしまった。
 本編の作者である田中芳樹は書く気がないらしく「読者に徹して楽しませてもらう」と宣言してしまっている。それでもこの先、どんな作家がどんな話を書くのか、ちょっと楽しみではある。

『移動祝祭日』

 生前には発表されていなかったヘミングウェイの事実上の遺作と呼ばれる作品。ヘミングウェイの若きパリ時代が描かれている、小説というよりは回想録のようなものだ。
 パリでの交友、夫婦しての貧乏生活などももちろん興味深いが、何より1920年代のパリの様子を伺うことができて、それが楽しい。
 シェイクスピア&カンパニーのシルヴィア・ビーチが登場したり、フィッツジェラルドとの交友が出てきたり、ジョイスの『ユリシーズ』についてあれこれと話したり。ヘミングウェイ自身もいくばくかの懐かしさを持って書いていたんじゃないかと思う。それほどに彼にとってはパリでの日々が眩しい、豊かな年月だったんだろう。
 それが若き日々を懐かしむ気持ちなのか、それとも作家として立つ原点になるような何かがパリにあったのかはわからないけれど。
 それにしてもどうして生前、この作品を発表しなかったのか。
 やはり自分のパブリック・イメージと違うと受け取られるのが嫌だったんだろうか。

『イマジン?』

 有川ひろが得意とする「お仕事小説」の連作長編。今作ではテレビ番組や映画の制作会社が舞台になっている。
 「お仕事小説」という言い方が僕は嫌いで、その業種にいる人たちが読むのがいちばん楽しめる「業界小説」と呼んでいるのだが、これは自作がドラマ化・映画化されている著者としては身近で書きやすいものだったんじゃないかと思う。
 さすがに自作の小説のタイトルをそのまま使うのはどうかと思ったのか(他社から出た本のタイトルは使わないという出版社間にある不文律かもしれないが)、『図書館戦争』と『空飛ぶ広報室』の映画、テレビドラマが冒頭の2編ではモチーフとして使われている。
 (おそらく)オタク気質で、人気作家で、ストーリーテリングの上手な有川ひろであるから、今作もさーっと読めてしまって、すっきりとした読後感で気持ちが良かった。後味の良さはやはり重要だ。
 気楽に読めるものを読みたかったということもあるが、同時に一人称でも書けるものをあえて三人称一視点で書いているところを分析的に読んでみようと考えたのだが、ストーリーの面白さに惹かれてしまって、途中から分析などまったくできなくなってしまった。

 個人的にはいつか空港を舞台に書いてもらいたいと思っている。
 空港はいろんな会社の人が入り乱れ、職種も多岐にわたり、「そんなことある?」というとんでもないハプニングから、思い出すだけで腹がよじれるような出来事、いささかゾッとすることまで、話題には事欠かないので。
 表に出せない部分が多すぎて無理かもしれないけれど。

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