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読書記録『短編小説のアメリカ52講』
アメリカの雑誌文化が短編小説の隆盛に大いに貢献したのだろうという想像から読んでみた。
自分が書くものは長編よりも短編の方が好きなこともあって、アメリカの短編小説は好んで読む。
もうちょっと掘り下げたものを期待したのだけれど、雑誌「ニューヨーカー」をめぐる作家たちのアネクドーツ(逸話)——アーウィン・ショーが言ったニューヨーカーの編集部の悪口とか、サリンジャーの「ライ麦畑」が2次大戦の終結まで掲載されずに保留になったままだったというエピソードは面白い。
中でもジョン・チーヴァーのシニカルな愚痴は最高で、あれほどの短編の名手でもそんな扱いだったのかと驚くほどだった(声を出して笑った)。
アメリカの大学の創作科の話も興味深く、アイオワ大の創作科でジョン・アーヴィングに教えたのはカート・ヴォネガットだったとか、同時期にアイオワ大で教えていたジョン・チーヴァーとレイ・カーヴァーは二人ともアル中で、酒屋が開店する前から一緒に酒を飲んで酔っ払っていたとか、短編とは全く関係のないところばかりが面白かった。
ジェイ・マキナニーとブレット・イーストン・エリスの登場以降の若手作家をもてはやす傾向に「学生たちは、ろくに本も読まず、そのくせ、早く自分の本を出版したがっている。『30歳以下の20人』なんてアンソロジーまで出て、若手をもてはやしている。…………こういうことはどれもわたしに言わせれば、現代アメリカ文学にはなんの益にもならないし、このコースの評判のためにもよくない‥‥」と、教鞭を執っていた作家が言っていたというのが面白い。
いつも同じなのだ。
何れにしてもアメリカにとって短編小説はやはり「a national art form」と言われるほどの地位で、日本で言ったら和歌・俳句のような歴としたポジションなんじゃないかと感じた。
アメリカの雑誌文化の中で、短編がいかに短編であるかはよくわからなかったけど。
それにしてもニューヨーカーの「最後のパラグラフを切り捨ててしまえば、短編小説がより良いものになる」という経験則はすごい。
そういうものなんだろうかね。
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