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カナリヤ【短編小説】1300文字

自分の作品が世に知れ渡るようになった。
新刊は特設コーナーを設置してもらえる。そこには自分のサイン。
テレビアニメ化もされた。キャラクターのグッズも販売されている。
有名になったのだ。

僕の彼女は都内で営業職をしている。何を売ってるの?と聞いたら「病院で先生たちが使うシステム。」と一言だけ返ってきた。よくわからない。
仕事をしている時間は人生の大部分を占める時間となる。僕は14、5年は机に向かうか、作品のために取材をするか、寝るかだった。
食事を疎かにしていたら痩せすぎて彼女に心配された。それから彼女は手作り料理ではなく、栄養補助食品を買い置きしてくれるようになった。
誕生日にはランニングシューズを一緒に買いに行かされた。

彼女とは居酒屋で知り合った。たまたま彼女たちの席と近くなり、会話が聞こえてきた。その会話で僕の作品について語る彼女に嬉しくなり、声をかけた。のちにテレビアニメ化される作品の単行本1巻目が出る頃だった。

あれから9年。最終巻を発行して、気持ちは次回作よりも彼女に向いている。出会ってからはデートらしいことはほとんどしていない。自宅兼作業場所となっている部屋からアシスタント達が帰宅したタイミングで彼女がやってくるのが常だった。彼女は僕の一部のように自然に傍にいてくれた。
それが最近の彼女は消えそうだ。僕が彼女に向き合う時間を持てるようになったから気づいただけで、ずっとそうだったのかもしれない。
仕事のことを聞いても愚痴も悩みも言わない。淡々と話してくれる。「システム更新の話を先生にしないといけないかも。」と第3者のように。

長年努めてくれているアシスタントには彼女がいることを話している。「結婚してくれるの待ってるんじゃないんすか?」と毎年正月に言われる。そんな気もするが連載を続けている過程で結婚するイメージが持てなかった。完結のタイミングで、とも思ったが、消えそうな彼女の様子を見ていると結婚ではないと感じた。
これまでは彼女が僕をそっと見守ってくれていた。初めて単行本が重版され僕の作品や名前が独り歩きしても、引き留めるような存在だった。派手な祝い事はせずにベッドで愛し合った後に作品の好きなところを聞かせてくれる。それが高級ホテルの祝賀パーティーよりも贅沢で静かな2人の時間だった。

避暑地の別荘が建ち並ぶ地域の外れに小さな輸入住宅を買った。
木目調を基調としたリビングには大きめの出窓がある。テーブルをくっつけて外を眺めながらコーヒーを飲む。書斎は壁が本棚になっていて、僕の作品や彼女の愛読書が隙間を空けて並んでいる。寝室は2階にあり、ベッドに寝転がると屋根に沿って斜めについている四角の窓から星空が見える。
これからはここで彼女と過ごす。彼女が見えるようになるまで。
次回作はそれからだ。幸いなことに2人で慎ましく生活していけるだけの貯えはある。これからも印税は入ってくる。
有名が無名になろうとも、次回作が発行できなくとも、彼女が消えなければそれでいい。

僕だけまだ綺麗なランニングシューズを履いて白樺並木のプロムナードを2人で歩く。
5月の新緑から差し込む木漏れ日は眩しく、彼女の髪に反射している。
消えそうだったのは僕かもしれない。


大好きな米津さんのカナリヤが是枝監督でMVとなったのをきっかけに。
私が最初に聞いたカナリヤのイメージを文章にしてみました。

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