見出し画像

ショートショート│自意識爆発(物理)

 僕の弟は自意識爆発系の男子だ。物理的に。

「僕のせいで、みんなに迷惑をかけてしまった」

 ぼかーん。去年の暮れ、最初の爆発が起きた。
 それで、実家は丸焦げになった。

「僕なんて、生まれなければよかったんだ」

 ちゅどーん。ホテル暮らしの最中に、二度目の爆発。
 久々のバイキングが、スプリンクラーの水で台無しになった。

「今日も、要らない一言を言ってしまった。また嫌われるんだ、きっと」

 どかーん。建て直した我が家で新居記念にいっぱつ。
 でも大丈夫。こういう事態に備えて、弟の部屋には爆発伝ぱ遮断装置が設置されていた。
 なんかよく知らないけど、パパいわく、爆発の連鎖を食い止める高性能なシステムらしい。

 それで、我が家が弟の自意識爆発によって破壊される心配はなくなった。
 けれど、別の問題が勃発。

 弟、引きこもりになってしまう。

「僕みたいに、生きているだけで迷惑をかけるやつは、どこにも出かけないほうがいいんだ……」

 などと、お決まりのセリフを吐きながら、爆発伝ぱ遮断装置部屋から出てこない。
 たまにご飯を持っていくときにノックしてみるけれど、聞こえてくるのは返事の代わりに爆発音。どかーん、ちゅどーん。まともに会話もできやしない。

 しばらく待つと、ご飯もおかずもキレイに空っぽになったお皿だけになっていたから、最初のうちは放っておいた。

 最初のうちは。

 何ヶ月が経過しても、一向に部屋を出ようとしない弟の様子に、家族の心配は日々募っていった。
 そして、ついに昭和世代のパパがキレた。

 ある日曜の朝。
 とつぜん我が家に、ふたりの知らない男性がやってきた。

「今から施設に行きます。10分で用意してください」

 引き出し業者、と呼ばれる連中だった。
 引きこもりの自立支援をうたって部屋から引きずりだし、施設に強制収容する民間事業。

 無理やり弟の部屋をこじあけて、高圧的に怒鳴り散らす。まるで、暴力団だ。
 パジャマ姿で寝ぼけていた僕ですら、恐怖で心臓がばくばくなった。直接、暴言を浴びせられた弟は、さぞかし怖かっただろう。

 財布やキャッシュカードも押収されて、弟は泣きわめきながら連行されていった。
 さすがに、自意識どころじゃなかったようだ。

 数日後、業者の施設を大破させるほどの自意識爆発を巻き起こした弟が、ぼろぼろに汚れて帰ってきた。
 たった数日で変わり果てた弟の容貌にも驚いた。そして、異様に落ち着いた様子が、底しれぬ恐怖を感じさせた。いつ爆発するんだろう。僕は、そればかり考えていた。

 業者に売り渡す決断をしたパパが一番、緊張した面持ちだった。
 我が家の歴史上、もっとも深刻な家族会議が行われた。
 食卓を一家全員で取り囲む。無言が圧力を高めていく。
 庭から聞こえる虫の鳴き声が、妙な存在感をアピールしていた。

「僕は」

 永遠に近い沈黙時間が過ぎた後、弟がぽつりとつぶやいた。

「自分が世界から、取り残された存在なんだと思っていた」

 ぽつり、ぽつり、ぱりん。
 食卓の花瓶が破裂した。

「ちょっとした一言でも、すごく気にしてしまう。気にするたびに、爆発が巻き起こる。僕は、呪われた人生なんだと思っていた」

 ぽつり、ぽつり、ぼーん。
 みんなが取り囲んでいた食卓が爆発する。消し炭がふわふわと黒い雪のように舞った。
 ママが悲鳴を上げた。パパが立ち上がった。つられて、みんな立ち上がった。

「でも、違う。僕が世界に取り残されたんじゃない。僕こそが、世界なんだ」
「お前ら、離れろ!」

 パパの合図で、みんな一斉に庭へ飛び出した。
 我が家の一階が、まるごと吹き飛んだ。
 火の手が上がる。燃え上がる新築。
 炎の隙間から、弟がゆっくりと、庭に出てくる。

「パパ、ありがとう。あの施設に行ったから、僕は気づくことができた。僕は特別なんだ。この世界のすべてを変えることができるんだ」
「おい、何をするつもりだ! やめろ!」

 パパが叫んだ。
 すると、呼応するように、虫の声が止んだ。
 何も聞こえなくなった。
 それどころか、視界すら、何も見えなくなっていく。

 真っ白だ。
 世界が、真っ白な閃光で包まれていく。
 目の前にいる家族の姿すら、眩しくて見えなくなっていく。

「さようなら、僕の家族。さようなら、僕の世界。さようなら」

 最後に、弟の声が聞こえた気がする。
 それで、世界のすべては、爆発してしまった。

 どかーん。

<了>

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?