久しぶりに小説を書き上げて思ったこと。
無事、文学賞に応募する小説を書き上げることができました!
(正直〆切に間に合わないのでは…?とひやひやしてました)
今は赤を入れて、提出用の原稿にするために最後の仕上げをしています。
物語を書くのはかなり久々でした。
2021年2月に短編集を発表し、そのあと友人の依頼で2021年11月に一編書き上げて…。
1年弱ぶりの創作でしょうか。
久々に小説を書き上げてみて、思ったことをまとめてみたいと思います。
創作している時は、小説というより”物語”と向き合っている気がするので、ここからは、物語、とします。
”体験・経験”の中に物語が生まれる
わたしは”体験・経験したこと”しか物語にできないな〜、と改めて感じています。
人生の中で感じたこと、日常の中のふとした場面。
出会った人の、その人を構成するエッセンスやバックグラウンドのようなもの。
そこに、本で読んだり映画で観たり、時代の情勢や旅先で感じたものが連なっていきます。
(ここでは、これらをすべてひっくるめて体験・経験と定義づけます)
そういうものは、わたしの中にあるタンクのような場所に蓄積されています。
物語を書く時には、そこから今の自分を構成するピースを引っ張りだして、新しいパズルを組み立ていく、というイメージです。
だから書く物語の”鮮度”が重要で、過去の作品を振り返ってみると、今この時だから書けたというものばかりです。
逆に言えば、長いこと構成を考え、組み立てたのに鮮度が落ちてしまったり、今ここ!というタイミングで書けなかったりして、お蔵入りしてしまった物語もあります。
アイディアの貯蓄タンクは、宝箱と言い換えてもいいかも。
ある時、場面がふっと浮かぶ
ある場面だけが、突然現れる。
あるいは、最後のシーンだけが現れる。
最後の一文だけが現れる。
そんな時もあります。
そういった場合には、「どうやったらその場所にたどり着くのかな?」と、そこから枝葉を伸ばしてゆきます。
最後の一文を書き終わった時に、まさかこの言葉からこんな物語が生まれるとは!と驚くこともあります。
これは、演劇の世界にいた頃、戯曲(舞台の上演作品)を書いていた頃に多かった気がします。
今でもたまにありますが。
似たようなパターンで、あるキャラクターが突然現れ、そこからひとつの物語が完成することもあります。
キャラクターの似顔絵を描く
不思議なことに、これをしないと物語を紡ぐことができません。なぜでしょう?
別に絵が上手いわけじゃないんですが、簡単な似顔絵をノートにしゅしゅっと書きます。
その時、隣にセリフをいくつか添えたりして。
そうすると、そのキャラクターが生き生きと動いてくれるようになるんです。
わたしの頭の中にいるキャラクターの顔を見たくなるのかな?
とにかくいつも、似顔絵を描いてから執筆を始めます。
声が溢れてきたら執筆の合図
構成とか設定とか、展開を考えるのにはかなり時間を要します。
長ければ1年、それ以上、ひとつの物語を考え続けることもあります。
(ノート1冊分設定を書いたけど、5〜6年は眠ってる物語もあります)
長いことその物語の世界と付き合ってると、ある日ぶあああっと、そっちの方からやって来てくれます。
「ここから出して!」
「早く書いて!」
と、言われているような感じがします。
あとは、キャラクターが勝手に話し始めたり…。
そうなっても少し我慢して、こちらが「わー!!辛抱たまらん!!」となったタイミングで一気に書き上げます。
だいたい2日くらいでしょうか。
今回も、設定とか構成は5月くらいからずっと考えており、隙間時間にまとめていました。
そして先日、夫に息子を預け、ぐわっ!と集中して書き上げました。
***
改めて、自分がどんなふうに物語を作っていくのかを振り返ってみると結構面白いですね。
独学で書き続けているので、いつか小説講座なるものを受講したいと思っているのですが、そうなればまた、書き方や作り方が変わるかもしれません。
今回、小説として形にできてよかった。
提出するのが楽しみだなぁ。
ホットミルクを飲みながら、最後のチェックをしたいと思います。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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