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私が死んだ人の本を読むのは、読まないとその人が本当に死んじゃうから。読まれない本は死ぬ。どれほどの名作だって読まれなければ死ぬ。だから読む。読もうと思う。復活させるために。

 私の「妻くんといっしょ」が出た。めがね書林のサイトではすでに売っている。アマゾンは、5月26日発売。予約受付中である。

 この本は、大きく二つのパートに分かれている。「妻くんといっしょ」はnoteに発表した妻くんが出てくる文章を集め、さらに未発表の新作も収録している。「小説といっしょ」は、郵便小説やnoteに発表した小説を集めている。

 小説パートの作品「東京山脈少女」の出だしはこんな感じである。

         *

 交通事故で、すこしばかりきれいなその女の子は十九歳で死んだ。親友だった。見た目もきれいだったが、なにより心がきれいだった。死ぬ前に、私はその子から告白調の長い文章を受け取った。ある日、私の携帯電話に唐突に送られてきたのである。いままでそんなことはなかった。自分が死ぬことを予感していたのだろうか。予言者か! あり得ないだろうと私は思う。読んでみると、たしかに思い当たるところが散見されるが、どことなく小説のような空気感が底に流れているような気がする。その文章のなかには私も出てくる。
 その子は本が好きで、しょっちゅう図書室にいっていた。
「私が死んだ人の本を読むのは、読まないとその人が本当に死んじゃうから。読まれない本は死ぬ。どれほどの名作だって読まれなければ死ぬ。だから読む。読もうと思う。復活させるために」
 彼女は常々いっていた。
 彼女は突風のようにこの世からいなくなってしまった。けれども彼女にならって、私も繰り返し彼女の文章を読もうと思う。彼女が本当に死なないために。そしてひそかに書き写しておこうと思う。誰にもいわずに。同じ理由で。
 タイトルは「東京山脈少女」。その文章にはタイトルがなかったので、私が勝手に付けた。

        *

 東京生まれである、と自慢できない。東京というと、新宿や渋谷、原宿を連想するかもしれないが、東京はそういう街ばかりじゃない。山に囲まれた東京もあるのだ。私は見渡すかぎり、山脈に囲まれた市で生まれ、育った。
 地元から離れられないわけではないのだが、離れる理由がないのだ。こんな東京だが、いやだぁ~、こんな町~、と叫んで飛び出したいほどではない。
 東京じゃない東京が地元で、地元の高校に行き、中退し、地元にある個人店のCDショップでバイトしている。私が高校生だったとき、このCDショップでCDを買っていた。店長の奥さん(美人。二十代後半だと思われる)は、いま臨月である。正式に結婚しているわけではないらしく、私は未婚の父親だ、と四十過ぎの店長はわけのわからないことをうれしそうに話している。鼻の下にひげをはやした小柄で、痩せた人である。
 私がこのCDショップをとても気に入っているのはレジカウンターわきにターンテーブルが設置されているからだ。店長の趣味みたいなもので、目論見としては、自分が所有しているジャズのレコードを店で好きに聴くために置いているようだ。しかも快適に音を鳴らすために、ジャズ用のアンプやスピーカーまで持ち込んでいる。ジャズはアナログレコードに限るのだそうだ。だったらいっそのこと最初からジャズ喫茶にしてしまえばいいものを中途半端にCDショップにしてしまった。
 私はテクニークのショッパーに入れたレコードを持って、ゼロ・グラビティ(書き忘れたが、これが店の名前である)のドアをあけた。
 レジにいた店長が私を見て嫌な顔をして、いった。
「他店の袋を持ってここに入ってくるのは、嫌みですか?」
「だって、ここにはテクノのレコード、売っていないじゃないですか」
 私は反論をする。 
「当たり前です、ここはCDショップなのだから」
「テクノのCDだって、あまり置いていない」
「当然でしょう、ここは専門店ではないのだから。マニアックなCDは、売れない」
「ジャズだって大して売れないのに、置いてあるじゃないですか」
「私の趣味です」
「はいはい」
 こんな店である。売り上げが期待できるはずがない。もっとも店長はビルをはじめとした不動産をいくつか持っていて、そこからの収入が相当にあり、このCDショップが赤字でも、じつは痛くもかゆくもないらしい。余計なお世話を承知のうえで尋ねたら、未婚の奥さんがこっそりと教えてくれた。

 アルバイト中のこの店のBGMは私の好きに選曲していいことになっている。私にとってこれは天国である。客などこなくてもいい。私は私の好きな音楽を大音響で聴きたいのである。
 ジャズに名盤は存在するが、テクノには存在しない。テクノはダンスミュージックであり、普遍を目指さない。その時代のそのときその場所にいる人間のハートに突き刺さればいい。暗闇のクラブで、酒に酔った客を心地よく踊らせればいい。それだけだ。
 私はターンテーブルにレコードを載せ、針を落とす。
 調子に乗って、テクノのレコードをガンガンかけていたら、あるとき客からいわれた。
「うるさい」

 私は高校を中退している。もちろん、そうなったのにはそうなったなりの理由がある。
 放課後、私は図書室によくいっていた。その途中に音楽室があった。廊下を歩いていると、誰かが弾くピアノの音が聞こえてきた。三年前のことだ。
 私の心にそっと語りかけてくるような優しいメロディだった。私は音楽に関心がなかったのに、思いがけず立ち止まった。ガラリ。私は音楽室のドアをあけた。そして、ピアノを弾いている男子を見た。髪は短く、からだを揺らしながら、真摯にピアノを弾いている顔つきがかっこよく見えた。いまから考えれば、その曲を作ったのは先輩ではない。先輩はピアノを弾いていただけだ。でも私はその二つをうまく分けて考えることができなかった。
「心に響きます」
 私はおずおずと近寄るといった。

(続く)

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