身近なものから知的財産を考える⑵裏側

前回の投稿から随分と時間が空いてしまいました。

前回は消費者の目線で買い物をする場面をイメージしてみましたが、今回は商品を提供する側の目線で見てみたいと思います。一例として、新しい商品を作るという例を考えてみます。

なお今回は、具体的な「知的財産」の種類が出てきます。へーこんなのがあるんだ、程度で軽い気持ちで読んで頂ければと思います。

⑴ 企画・製造の段階

新商品を作ろうという場合を想定してみたいと思います。検討すべき事項は、具体的な商品によって変わってきますが、ざっくりとしたところでは共通しますので、ここでは「洋服」で考えてみたいと思います。

今シーズンの新商品のカットソーを作ろうと、企画が持ち上がったとしましょう。ターゲットを決めて、トレンドを押さえつつデザインや素材、製法を検討していくことになると思います。

しかし、何でもかんでもコストをかければよいというものでもなく、これらの要素のどこにどれだけのコストをかけるかということを考えながら、採算がとれるような企画を検討するわけです。ところが、実はここに最初の落とし穴があります。

一般的に広く販売される洋服であると、多くの場合は競合他社がいて、各社トレンドを押さえつつも、他社商品と丸かぶりしないように気を付けています。これは、他社商品とそっくりな商品を作って販売してしまうと、マネをしたとクレームをつけられる可能性があるためです。

中には、単に文句を言われるだけであれば気にすることはないという強靭なメンタルの持ち主もいらっしゃるかもしれません。

しかし、他社商品とそっくりな商品を作って販売すると、丸かぶりは倫理的・道徳的ににどうだという問題を超えて、「知的財産権の侵害」や「不正競争」となってしまう(つまり違法行為になる)かもしれませんので、要注意です。

もう少し掘り下げましょう。

まず、洋服のデザインがアートだと言えるようなものだったり、写真や絵画がプリントされているものだったりとすると、「著作権」が問題になる可能性があります。

また、洋服に施されたデザインが斬新でこれまでにないようなものである場合、誰かが「意匠権」を持っている可能性もありますし、洋服の素材となる繊維や織り方・編み方などが「特許権」で守られている可能性もあります。

さらには、洋服に付けられたタグや装飾などに付されたネーミングやシンボルマークなどが「商標権」との関係で問題が起きる可能性も考えなければなりません。

これらに加え、例え上記のような「〇〇権」が発生していなかった場合でも、発売されて間もない他人の商品のすがたかたち(「形態」と言います。)をそっくりそのまま表した商品としてしまった場合など、いくつかの類型に当てはまる場合には、「不正競争」に該当することもあります。

このように、ひとつの製品を作ろうと考えた時点で、既に多くの知的財産についての横断的な検討が必要になってくるのだな、ということを知っておいて頂ければと思います。

⑵ PRの段階

無事に企画・製造が進んだ後は、新商品をローンチするぞというのをPRしていくことになります。多くは、このPR以降、他人の目に触れることになり、上に記したような知的財産の問題を目の当たりにすることとなります。

商品のPRの方法として、お店の前で呼び込みをする、というだけの時代は遠い昔のことになりました。チラシを配る、新聞や雑誌に広告を出す、広告カーで街宣する、テレビCMをする、ウェブサイトで告知する、バナー広告を出す、SNSで広めるなど、広告宣伝の手法はぱっと思いつくだけでもかなりの数が出てきます。

手法はともかくとしても、いざ商品を売ろうという時には広告宣伝を行うわけですが、自社製品を他社製品とどのようにして区別するのかということが大切になってきます。

こうした広告宣伝の場面では、商品の目印である「商標」が前面に出てきます。英語では「トレードマーク」(Trademark)と言います。この商標には、「商標権」という権利が発生している場合があり、他人の商標権を侵害してしまうと、PRはおろか、商品の販売すらおぼつかなくなってきます。

また、ブランド力は短期間で育つものではありませんので、中長期的な目線でブランディングをしていく必要があり、これはPRの戦略にも密接に関わってきます。

こうしたブランディングの基礎となるのが商標権ですので、「商標」についてのクリアランスは、できるだけ早いタイミングで取り組むべき事柄だと言えます。

⑶ 流通・販売の段階

僕たちが実際にアパレル商品を購入しようという場合をイメージして頂くとわかると思いますが、どのブランドで買おうかという点はもちろん、そのブランドの中のどのラインの物を買おうかということを考える方は少なくないと思います。

また、いざ購入しようという場面でも、どの商業施設で買おうか、どのオンラインショッピングサイトで買おうかなど、複数ある選択肢のうちから選択をしているわけです。

このように振り返ってみれば、商品を流通に乗せて販売しようという段階でも「商標」が大切な役割を果たすことは想像に難くないと思います。

したがって、商品を提供する側の立場に立って考えると、その「商標」が安心して継続的に使い続けられる法的環境を整えるということは、お客さんに選んでもらうという観点でも、とても大切なことになってきます。

これに加えて、その商品のデザインが他人の「意匠権」や「著作権」を侵害していたり、商品に用いた技術的なアイデアが他人の「特許権」を侵害していたりしますと、たとえ商標のクリアランスは済んでいたとしても、やはり流通・販売を停止せざるを得なくなります。

一時停止だけならまだしも、製造済みの商品の修正や廃棄をしなければならなかったり、製造する商品の設計変更が必要になることもあります。場合によっては販売店の権利者に対して損害賠償をすることが必要になることもありますし、社会の耳目を集める事件ともなれば、ブランドや会社の評判に大きな打撃を与えることにもなりかねません(これを「レピュテーションリスク」(Reputation risk)と言います。)。

⑷ まとめ

以上のように「へーこんなのがあるんだ」では済まない注意ポイントがいくつもあり、ビジネスを滞りなく進めていくには、気をつけて知的財産と向き合っていく必要があります。

いつ事故・トラブルに遭遇するかわかりませんが、できる限り遭遇するリスクを下げることは可能です。知財対策に取り組んだことがない方は、まずは「転ばぬ先の杖」とか「保険」とかいうイメージでもいいかもしれませんね。

知的財産はご自身で守らなければ誰も守ってはくれませんので、事業規模に応じて、適切な対応を一歩ずつ重ねていくことが重要です。

とはいえ、「よしわかった」と早合点は禁物です。「商標」であり「意匠」「著作物」であるのかといった点は、ぱっと見明らかであるような気がする一方で、実は一筋縄では行かないものです。権利を取得しようという場合や権利を行使しようという場合の注意点も多岐にわたり、ルールが複雑に入り組んでいるのが知的財産法制でもあります。権利は取ればいいというものでもありません(この点は結構誤解されがちです)。

次回以降、もう少し踏み込んで解説していけたらと思います。お読み頂きありがとうございました。


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