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レポート | いわき地域医療セミナー | 医を学ぶ学生たちを、いとちで支える

福島県立医科大学といわき市とが連携して行っている「いわき地域医療セミナー」という医学生向けのプログラムがあります。医師を目指す学生が、実際の地域医療の現場を体験的に学ぶもので、震災後の2013年から毎年続けられてきました。じつは、いとちプロジェクトの母体である「かしま病院」が、そのセミナーの受け入れ先になっており、今年も、8月から9月にかけて合計3回、30名近くの医大生を受け入れています。

かしま病院の研修の特徴は、総合診療を、①多職種連携の実践的な動きのなかで学ぶプログラムになっていること、②病院を出て、地域の人たちとともに学ぶプログラムになっていることです。

総合診療の研修であることを柱としながら、病院内だけでなく、福祉・介護施設や地域コミュニティでの研修があったり、多職種連携やチーム医療の現場で学ぶ時間があるだけでなく、私たちが毎週行っている「いとちワーク」に参加してもらったり、対話ワークショップ「いとちかいぎ」に出てもらったりと、病院内外に拡張していきます。

そこで今回は、この地域医療セミナーについて、いとちプロジェクトメンバーで地域活動家の小松理虔がレポートしていきたいと思います。同様のプログラムは、ここで紹介する「地域医療セミナー」以外でも行っていますので、かしま病院、およびいとちプロジェクトを通じた研修を希望される方は、ぜひご連絡ください!

わたくし小松も、まち歩きナビゲーターとして参加しています

いわきで学ぶ、医と地

まず、この地域医療セミナーの全体を紹介しておきましょう。このセミナーは、福島県立医科大学の学生たち(主に3年生)に、いわきの地域医療の現場で学んでもらおうと、毎年開催されているものです。いわき地区の病院や施設をめぐり、現場の医師から話を聞いたり、利用者さんや患者さんと交流したり、ワークショップに参加したりします。今年は合計3回、それぞれ2泊3日の日程で開催されました。

初日の研修先は、いわき市常磐にある常磐病院。手術室を視察したり、血圧測定を体験したり、最新の手術支援ロボットの操作を体験したりして過ごします。2日目は、かしま病院といわき市医療センター、そして福島整肢療護園の3つに分かれて現場研修。3日目は、振り返りワークショップを行うという流れになっています。ちなみに3日目のワークショップは、いとちメンバーの私、小松理虔が講師・ファシリテーターを務めているので、実質「いとち関連が2日間」と言っていいでしょう!

訪問先の病院・施設の規模、役割、利用者の属性、患者さんの課題や症状などもそれぞれ異なります。また、各所で、現場で働く多職種の人たちとの対話の時間も作られています。学生たちにとっては、めちゃくちゃ大変だけれどめちゃくちゃ学びの多い3日間になっていたのではないでしょうか。

まち歩きプログラムで写真撮影する医学生たち

地域医療に求められる笑顔と献身

ここからは、このセミナーの2日目、かしま病院での研修について詳しく紹介していきます。

かしま病院に来た学生の皆さんは、まず、病院のバックヤードツアーに参加します。臨床検査部、リハビリ病棟、さらには薬剤部などにもお出かけし、総合診療の現場を広く見てもらいますが、学生たち、現場の人の多さに驚いたことと思います。かしま病院が目指すのは、地域の人たちを取りこぼさない医療。さまざまな背景を持つ人たちを受け入れているため、どうしても患者さんや利用者さんの数が増えてしまうんです。

医療を支えている根っこに触れる病院内研修

それを支えるのが、目の前にいる人たちをなんとかしたいという思い、そして行動、つまりホスピタリティです。病院を「ホスピタル/Hospital」と呼びますが、目の前の人に対する「献身」こそが医療を支えているということを、学生たちはこの厳しい現場から感じ取ってくれたことと思います。

ホスピタリティを支えるのが笑顔です。学生からも「病室で働いている人たちの笑顔が印象に残っている」という声がありました。うれしいなあと思うと同時に、現場の人たちの表情は学生たちにも伝わっている、忘れてはいけないなと改めて思います。

入院されている人も、施設で暮らす人も、皆さん自身が考える「健康な自分」とはそれぞれに距離があり、その距離が大きければ不安にもさいなまれます。そんな現場では、暗く深刻な表情で対応するのではなく、やはり笑顔で支えるということが鍵。ですが、そこで大事なことは、その笑顔が、患者さんだけでなく同僚にも向けられたものだということ。

先ほども書いたように、地域医療の現場は大変です。多職種のさまざまなスタッフで支え合わないと、患者さんや利用者さんを支えることができません。笑顔と献身、そして「思いやり」が、技術や知識と同じくらい大切になる。そんな現場の一端を、学生の皆さんに感じてもらえたように思います。

かしま病院、石井敦院長の講和も組み込まれています

地域医療と看取り

学生たちは、このあと「グループホームかしま」を訪問。学生たちは、総合診療医からお題を与えられます。①「相手を知ること」②「血圧を測定すること」、この2つ。どんな方法で、どんな内容を話すのか、指導医たちもドキドキの瞬間です。ある学生は、高度難聴で筆談を要する方の担当になりましたが、相手の目と呼吸を合わせながら、今までの生い立ち、日々の暮らし、趣味などの会話をしながら血圧測定をしてくれました。

すべては、目の前の方のことを理解したい、という思いから

病気や怪我、不調の人たちの社会復帰を促す「リハビリ」がひとつの現場だとすれば、かしま病院のもう一つの最前線は「看取り」かもしれません。つまり、人生の最期を支えるという仕事。そこでは、医療技術だけでなく、人と向き合う姿勢、人を知ろうという好奇心、粘り強さ、死生観が問われていきます。でもそれが、おもしろい。

これは今回のセミナーとは別の研修ツアーでやったことですが、学生たちに、寝たきりになってしまった人たちの「床ずれ」を処置をしてもらったり、胃ろうの患者さんに水を飲んでいただく、ということもやっています。人生の最終盤期を生きる方の体に触れ、ケアする。そこで問われるのは一体なんなのか。学生の皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

先進医療技術を使って患者さんの病気やケガを治し、社会復帰までの道のりを作るのも医療ですが、そのもう片方には、最期の瞬間までだれかを支える医療、終末期医療や看取りがあります。そして、この先の日本では、後者の医療が圧倒的に求められていくことだけは明らかです。

だれかの人生の最期に立ち会う仕事。それは不幸な仕事でしょうか。それとも、やりがいのある仕事でしょうか。鹿島の風景を見ながら、地域の皆さんと言葉を交わしながら、そんなことも考えてもらえたらと思って、研修プログラムを組み立てています。

午前の研修後にみんなで記念撮影!

地域を知る、知ろうとすること

昼食を挟んで、午後は「いとちワーク」に参加してもらいます。鹿島地区に暮らす人たちが、日常的にどのような景色を見て暮らしているのか。鹿島の人たちと地域の結びつきを、歩きながら感じていくプログラムです。

具体的には、2、30分ほどまちを歩き、そこで「鹿島地区らしい写真を撮る」というワークをしてもらいます。学生たちは五感を総動員しながら、このまちらしい景色を切り取っていきます。こんもりとした里山、まちを流れる用水路、金色の稲穂、カーブミラー。学生たちが撮影したどの風景も、ここに暮らす人たちのかけがえのない風景であり、自分の一部なのです。

古い屋敷の並ぶ鹿島町久保地区。歩くことで風景を感じとります

目の前にいる患者さんが、どのような人生を歩んできたのか、どのような課題を持っているのか。そうした症状の背景にまで迫って人間を理解しようとするのが「全人的医療」だと言われますが、「その人らしさ」と「地域」は切り離すことができません。

だからこそ、学生の皆さんには、この鹿島の暮らしを、風景を見てもらいたいし、そこで流れる風や太陽のなかにもある「医」を一緒に探し出してもらいたい。いとちワークで「まち歩き」が実施されているのは、そんな思いが根底にあるからです。

何気ない、ふとしたところに、地域ならではの表情を見つける

まちを歩き、写真を撮影したあとは、地域の人たちや多職種の皆さんとの対話の時間「いとちかいぎ」。グループに分かれ、学生も医師も、看護師もリハビリ職も薬剤師も一緒になって「医療とは?」「地域とは?」という答えの出ない問いを繰り返し、言葉にしていきます。

同じ問いについて考えていても、職種や立場によって出てくる言葉はさまざま。そうして立場を超えた人たちの言葉を聞き、彼らと連携して行くのが医療の現場です。医療が個人プレーではなく「チームプレー」であることを考える時間になったのではないでしょうか。

さまざまな職種の人たちと学生が入り混じってグループ対話
かしま病院の現役の医師のレクチャーもあります

現場に入り、見るだけではなく、触れて、話して、目を見て交流する。地域の人の「らしさ」と切り離せない地域を歩き、風景のなかで暮らしを感じとる。そしてそこで感じたことを言葉にする。言葉を積み重ね、対話の時間を重ね、学びを深める……。

こう書くと医療の研修プログラムっぽくないと感じる方もいらっしゃると思いますが、かしま病院の地域医療研修では、そんな時間も過ごしてもらいます。

いとちかいぎ終了後の記念撮影。用紙びっしりに言葉が並びます

振り返りワークショップで出てきた印象的な言葉を、いくつか紹介します。

・地域医療というと、『僻地医療』をこれまではイメージしてきたが、印象が大きく変わった。人と向き合うのが地域医療だ
・ひとりの患者に向き合うには、看護師や薬剤師、リハビリやケアに関わる人たちと連携する必要がある。医師には、チーム医療の方向づけを行う役割があると気づいた
・短時間で言語化するのは大変だが、医師として働くうえで、コミュニケーションの大事さを学ぶことができた」
・人を診る、ということが少しわかってきて、自分の進むべき方向が見えてきた
・自分自身が楽しみながら地域の人たちと振る舞うこと、地域のことを知ることが何より大事だと学んだ

学生たちから出てくる言葉も、現場の人たちに響いていきます

地域医療セミナーに参加する学生は、まだ3年生。教科書から学ぶ年代だと思います。たくさんの言葉を学ぶことと思いますが、その言葉が意味するものは一体何なのかということを実際に現場で体験するのは、まだ先のことでしょう。だからこそ、専門的な領域に入る前に、地域にどっぷりと浸って、人に深入りして、さまざまなものを受け止めながら、みんなで時間を共有して、それぞれに学びを言葉にしていく時間を大事にしてもらいたいと私たちは考えています。

ワークショップを通じて他者と対話し、言語化していきます

こんなふうに贅沢に、地域や医療を「満喫」できるのは、学生のうちかもしれません。数年後には国家資格を取得しなければいけないし、病院に配属になったら、それこそイヤでも現場に向き合わなければなりません。地域をゆっくり探索して、さまざまな人たちと、答えのない対話の時間を持つなんてことは難しくなっていくはず。だから今、鹿島を訪れてもらいたいし、共に過ごす「学びの時間」を提供したいと思っています。

何気ない風景も、そこに暮らすだれかと切り離せないもの

人も、地域も、丸ごとみる

学生の一人がそう書いているように、地域医療とは、決して「僻地医療」とイコールで結ばれるものではなく、言うなれば、人にも地域にも深入りして、目の前の人を丸ごと理解しようと努めるところから始まる医療だと言えるかもしれません。

だからこそ、その人が、その人らしく、自分が選んだ地域で、だれかに支えられ、自分もまたどこかでだれかを支え、最期の瞬間まで暮らし続けていくことができる。そんな地域につながっていく。人も地域も丸ごとみようとする先に、地域医療は立ち上がってくるものなのでしょう。

いとちで過ごした時間が、これから始まる医学生の長い長い人生の、もう一度味わいたい「スパイス」のようなものになっていたらうれしいです。そのスパイスを、また味わいたくなったら、どうぞ鹿島へ、いとちへお越しください。もちろん、他大学・他学部の学生も受け入れ中。気になる方は遠慮なくご連絡ください! 宿泊場所もあります!

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