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あなたのリスキリングの理解は正しい?|リスキリングの主体は誰なのか

リスキリングとは、英語のre-skilling から作られた言葉

まとめ:リスキリングとアップスキリングは、現代の労働市場において重要な概念であり、特に技術の進化や産業構造の変化が激しい現在、企業や労働者にとって必要不可欠なスキル開発の手法となっています。これらの概念は、日本語と英語の両方で広く使用されており、それぞれの言語における社会背景や労働市場の違いも含めて理解することが重要です。

リスキリング(reskilling)

リスキリングは、労働者が現在の職業や役割から全く異なる新しい職業や役割に移行するために必要な新しいスキルや知識を習得するプロセスを指します。この概念は、特に産業の変化や技術革新によって従来の職業がなくなる可能性がある場合に、労働者が新たな職業領域に適応し、雇用の機会を確保するために重要です。リスキリングは、個人のキャリアの転換点において、新しい職業領域への移行を支援するための教育や訓練を提供することを目的としています。

アップスキリング(upskilling)

一方、アップスキリングは、労働者が現在の職業や役割内でのスキルセットを拡張または強化することを指します。これには、新しい技術や方法論の習得、専門知識の深化、または効率性や生産性の向上を目指すスキルの向上が含まれます。アップスキリングは、労働者が現在の職場でのパフォーマンスを向上させ、キャリアの成長や昇進の機会を増やすために重要です。また、企業にとっても、従業員のスキルを最新の状態に保ち、組織全体の競争力を維持するための戦略として利用されます。

まずリスキリングのもとになったスキルの概念についてみてみます。スキルは、労働市場における労働者の能力や熟練度を示す重要な指標であり、ジョブの属性を区別するための基準として機能しています。スキルは、労働者が特定の職務を遂行するために必要な知識、経験、訓練、能力などを包括するものであり、労働市場における労働者の価値を決定する要素の一つです。

あなたの職種の技能の熟練度はどうなっていますか?

職種別の技能検定 受験者数の推移 R4 「技能検定」の実施状況 (厚生労働省)

※ 技能検定とは、働くうえで身につける、または必要とされる技能の習得レベルを評価する国家検定制度で、機械加工、建築大工やファイナンシャル・プランニングなど全部で131職種の試験があります。試験に合格するとその職種で「技能士」と名乗ることができます。

フィナンシャルプランニングの技能士の方には何人かお会いしましたが、世の中にこんなにいろいろな職種の技能士の方がいるとは思ってもみませんでした。

日本語で「リスキリング」と言われているのは、実はアップスキリングのことです。

なぜリスキリングが日本で台頭したのか?

海外の動向

  • Fey and Osborne 2013 The Future of Employment

  • WEF年次総会 「リスキル革命」分科会 2018年

  • AIやビッグデータの活用による第4次産業革命によって、8000万件の仕事が消滅。一方で9700万件の新たな仕事が生まれる。

  • 「2030年までに全世界の10憶人をリスキリングする」(リスキル革命プラットフォーム) 2020年

  • 「3.5億人のリスキリングを完了」2023年


日本の動向

  • 2020年以前に、リスキリング概念は流通していない

  • 2021 経済産業省「デジタル時代の人材政策に関する検討会」

  • 2022 経済産業省「まなびDX」サイト

  •   厚生労働省「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」

  • 2022 岸田首相「リスキリングに5年間で1兆円」

  • 2023 骨太の方針「リスキリング・職務給・円滑な労働移動」による三位一体の労働市場改革

日本社会の背景

  • 政府の技術的な失業への恐れ

  • 企業側のデジタル人材の獲得競争の激化

  • その結果は、人材の外部調達より内部育成へ

日本と欧米の相違は何か?

日本においては、従来のメンバーシップ型雇用が主流であり、新卒一括採用や終身雇用制度などが特徴的です。これに対して、欧米ではジョブ型雇用が一般的であり、労働者は自らのスキルを市場で売り込むことが求められます。日本では、ジョブ型雇用への移行が進んでいるものの、まだ一般的な概念とは言えず、スキルやジョブに関する理解が不足しているという状況が指摘されています。

  • 👉日本の雇用システムでは、技術的失業への恐れの実感がない

  • 👉OJTにより社内でまったく異なる職場に移動してスキルを一から身につけることに抵抗感がない


そもそも、リスキリングの提供主体と責任は?

リスキリングの提供主体と責任は、国によって異なる社会制度や労働市場の特性に基づいて変わります。

日本におけるリスキリング

リスキリングとは企業の責任で従業員に対し、自社に必要な職業能力を再開発することを指します。 主体は個人ではなく企業です。 アップスキリングとの混同は、日本では先に「学び直し」という和訳がつけられたため、「個人が取り組むもの」というイメージが広がってしまったためです。

近年、世界の労働市場の変化に伴いリスキリングの必要性が高まっています。日本政府は遅まきながらリスキリングを「新しい資本主義」の重要な柱と位置づけ、2022年10月に岸田首相が国会で5年間で1兆円をリスキリング支援に投資することを発表しました。

IT、金融、サービスの大企業を中心に企業が主体としてリスキリングに取り組むが、中小企業を含めると圧倒的に機会が不足し、労働者も自信を持てない現状があります。企業側の課題として、対応できる人材も教えるノウハウも、時間も費用もないというのが正直なところです。

デジタル環境変化に関する意識調査 (pwc 2021)


新しいスキルの学習機会 デジタル環境変化に関する意識調査 (pwc 2021)

米国におけるリスキリング

米国では、リスキリングの取り組みは企業主導で行われることが多く、個人のキャリア開発に対する自己責任の文化が根強いです。しかし、政府もリスキリングの重要性を認識しており、トランプ政権時代には「National Council for the American Worker」を設立し、リスキリングに関する戦略の策定を行っています。また、民間企業に対してリスキリングやアップスキリングの機会を提供するよう呼びかける「Pledge to America's Workers」を提唱しています。これにより、米国におけるリスキリングの責任は企業と国家が共有していると言えます。

欧州におけるリスキリング

欧州では、リスキリングは国家主導で行われることが一般的です。例えば、北欧諸国では国家主導でリスキリングを行っており、マネジメント体制が洗練されているとされます。また、欧州の多くの国々では、労働者の権利とワークライフバランスの保護に焦点を当てた労働文化があり、リスキリングの取り組みもこの文化に沿った形で進められています。欧州では、企業だけでなく国家もリスキリングの提供主体として積極的な役割を果たしており、個人のキャリア開発を支援する社会的な仕組みが整っています。

衝撃! ジョブ型の欧州にはリスキリングは存在しなかった

欧米やアジアの多くの社会では、労働者が遂行すべき職務(ジョブ)が雇用契約に明確に規定されます。そして雇用契約で定める職務によって賃金が決まります。

そのためジョブ型の欧米諸国にはリスキリングは存在しません。就職前に職業教育や訓練を受け、そこで獲得したスキルで就職します。その後はそのジョブをやり続けて退職します。個人にアップスキリング必要性はあってもリスキリングの責任はありません。

それに対して、メンバーシップ型の日本では、就職前にその会社の仕事に必要なスキルを身に着けることは求められません。スキルは入社後にOJTによりスキリングします。異動で新たな部署にうつっても、またOJTによりリスキリングです。だから1980年代、日本企業は強いんだという議論の背景です。

1990年代以降、政府の能力開発政策は、それまでの企業内OJT一辺倒から、欧州型のフォーマル教育に重点を移行しようとしましたが、職務のスキルはその企業独自であるというメンバーシップ型の感覚もあり成功しませんでした。

2013年には能力開発で「学び直し支援」がスローガンとなり、教育訓練給付金を助成率を大幅に引き上げましたが、対象が文部科学省所管の学校、専門職大学院、経済産業省所管のDX関係の技術課程ばかり、そもそもスキルアップが賃金の上昇に結びつく社会ではありません。

企業側にしても、人事権を行使するために、賃金を職務(ジョブ)に紐付けること躊躇して、勤続年数や毎年の人事査定のあいまいな「能力」に紐付けるしかないのが日本の現状です。

※「能力」とはジョブ型の職務を遂行するスキルとは関係のない不思議な概念です。「吹きあがり」の新入社員はたとえITや専門知識があっても「能力」が低いからと低賃金のままです。スキルと「能力」を混同すると、議論が成り立ちません。



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