見出し画像

ハイブリッドな働き方について

日本語版ハーバード・ビジネス・レビュー(以下HBRと略します)の2021年8月号が「ハイブリッド・ワーク」を特集しています。
これからの働き方や組織を考える上で刮目して読むべき内容だなと思ったので、特集の中身を私の解釈を加えてまとめてみようと思います。

ハイブリッド・ワークをデザインする

リンダ・グラットンによるハイブリッド・ワークの定義とそこに移行するための方法についての論文が、この特集の最初に出てきています。リンダ・グラットンはライフ・シフトの著者として有名ですね。「人生100年時代」は、もはやどこでも聞くようになりました。

リンダはハイブリッド・ワークを次の二つの軸で捉えています。
1)働く場所に制約があるか、ないか
2)働く時間に制約があるか、ないか
非常にシンプルで、当たり前で、わかりやすいですね。そして、働く場所も働く時間も制限がない状態、すなわち「いつでもどこでも」働くことができるのがハイブリッド型モデルだと述べています。

ハイブリッド型が可能になれば、「痛勤」から解放されたり家族と過ごせる時間が増えたりで活力が湧くだろうけれども、一方でその働き方にはメリットとデメリットがあり、設計は簡単なものではないとしています。

「在宅勤務を実践すれば、活力が高まる半面、孤独に働かねばならず、協力が妨げられかねない。
一方、みんなが同じ時間に働けば、活動を連携させやすいかもしれないが、それと引き換えに、絶え間なくコミュニケーションが行われて、たびたび仕事が中断される。結果、集中しづらくなる恐れがある。」

そこで、重要になってくるのが一つ一つの職種と業務をきちんと分析をすることだとリンダは説きます。それぞれの業務において、集中連携協力活力のどの要素が生産性の向上を生み出すのかをよく理解しよう、と。
つまり、上の引用の部分で言えば、協力や連携よりも自分自身の活力が良い状態でいることで良い戦略が練れ、活力が得られるのが在宅であると言うのであれば、在宅で全く問題はないわけです。

具体的に自分の組織にあったハイブリット・ワークの設計のためには、きちんと一人一人の希望を聞くことが大切であるともリンダは説いています。

目的は、一人一人の働き方の希望、仕事が行われている状況、主要な業務について理解を深めること。それぞれのメンバーがどのような場所で働く時に最も活力が高まるか、自宅に充実した仕事場を持っているか、協力、連携、集中がどのくらい重要なといったことを把握しようというのだ。

無論、ハイブリッド・ワークになると仕事の仕方が変わることになり、ワーク・フローが変わったり、今までやっていたことをしなくて良くなったりということも起こります。従来のワーク・フローやプロセスでハイブリッド・ワークをするのではなく、やり方を変えたりアウトソースする必要も出てくるでしょう。

そして、もう一つ大切なことは、一人一人の働き方が異なってくることと同時に、公平性とインクルージョンをきちんと担保することだとも説いています。
個人の事情は見えませんし、介入もできないことがあるでしょうから、結局のところハイブリッド・ワークのデザイン自体を皆の意見を聞きながら行ってゆくことが大切であり、それをすることがお互いの理解にもつながることになります。

論文の最後の方でリンダは次のように語っています。とてもいいことを言っているなと私は思います。

どのような仕組みが最適かは会社によって異なる。だから手を抜いて安易な結論に飛び付いてはいけない。広い視野を持って独創的に考えること。現状の働き方に無駄な要素や非生産的な要素がないかを探してみよう。
(中略)
最後に、どのような働き方の仕組みを導入するにせよ、その新しいモデルが自社の価値観を反映し、企業文化に沿ったものになっているかを確認しよう。

ハイブリッド・ワークで創造性を出す

続く文献では、東京大学大学院の稲水准教授がハイブリッド・ワークではどのような働き場所が想定されるのかについて論じています。彼の論文で私が面白いなと思ったポイントは二つあります。一つはクリエイティビティ発揮のポイント、もう一つはABW(Activity Based Working)という考え方です。
この二つに基づいて、いかにハイブリッド・ワークでクリエイティブになるかが論じられています。

クリエイティビティ発揮のポイントは二つあると考えられる。
第一に、仕事そのものが楽しく金銭的なインセンティブがないのに没頭している状態において、クリエイティビティが高いとされる。そのためには自由裁量を持って仕事に取り組めていることが一つの条件となる。
第二に、クリエイティビティは「準備→孵化→閃き→検証」という段階を経て発揮されるという。これは社会心理学者のグレアム・ウォーラスが提唱した思考プロセスの四段階で、段階によって「ワイガヤ」のコミュニケーションが必要な時もあれば、一人で集中することが必要な時もあるということだ。すなわち、段階に応じて取る行動を変える必要があるということを示している、

グレアム・ウォーラスのモデルは知りませんでしたけれど、確かにずっと一人で考えているだけでクリエイティブが完結するということは私もありませんし、多分ほとんどの人がそうなのだろうと思います。

そしてABWについては、「活動内容に合わせて最適な環境を自由に選択できるオフィス形態」という定義が提示されています。
ABWは席の自由度スペースの選択度という二つの軸で切り分けた4つに分類から考えることができます。席もスペースの選択度も高いのがABWです。
一方で、固定席が席の自由度もスペースの選択度もない状態で、いわゆるフリーアドレスは実は席の自由度しかなくスペースはどの席でも同じという選択度が低い状態(どこに座っても利用できるリソースやスペースは一緒)ということになるそうです。

これまで従来型の固定席だったオフィスを単に自由席化するだけでは危険かもしれない。重要なのは自由席化ではない。仕事内容に適した空間を選べるような選択肢を多く用意してあげることなのである。

よって、ハイブリッド・ワークのオフィスはさまざまな作業が可能となる多様な部屋やオフィスレイアウトを内包しつつ、人々が必要に応じて空間を選んで働けるようにする必要があるということなのでしょう。

論文の中では、今回強制的に起きたテレワークにおいて大事な要素なのは、自律して仕事をしていると感じる程度、仕事と家庭の間のコンフリクト、職場での人間関係であるとしながらも、懸念された人間関係についてはテレワークで必ずしも悪化していなかったという研究についても述べられています。

論文の最後の方で日本マイクロソフトの事例が紹介されています。東日本大震災を契機に働き方の改革が起きた同社において、それが成功した要因は事業体自体の戦略的転換をトップの主導と現場の試行錯誤で行ってきたところにあると述べ、以下のようにまとめています。

つい、ABWや在宅勤務/テレワークといった環境や制度、それを可能にするICTツールなどに目を向けがちであるが、これらは手段であってそれ自体が目的ではない。
稼ぐことができる事業体にドラスチックかつ戦略的に転換することそしてそれを実現するために適した組織のあり方・個人の働き方に変革することが基本であることを念頭に置いておく必要がある。

画像1

オフィスとヒューマン・モーメント

そしてオフィスのデザインをする際に重要な要素となってくる点についてアンロール・ファヤールとIMDのジョン・ウィークスが論じます。

コロナが大流行する前、ほとんどの企業はオフィスというものを「個人が業務をするための場」と見なしていた。しかしポストコロナの時代になると、業務の遂行や会議の開催というのはオフィスの副次的な役割にすぎなくなる

リモートワークが可能になったため、業務の大半や会議は在宅勤務でもできるようになっているので、従来型のオフィスはその役割を変え、「カルチャースペース」が第一の役割になると言います。

カルチャースペースとは、人脈作りを促進し、学びを可能にし、予想外の画期的なコラボレーションを生み出すなど、社員にとって人間関係の拠点(ソーシャル・アンカー)となる場である。

組織における人間関係の重要さとそれを育み強化する場としてのオフィス、という考え方の中で、物理的に同じオフィスにいることで生まれる効果を「ヒューマン・モーメント(人間らしい瞬間)」というエドワード・ハロウェルという精神科医の言葉を持ち出して説明しています。

これは、相手とじかに対面することで、共感や感情的なつながり、そして相手が実際に言いたかったことを理解するための非言語的な手掛かりが得られる瞬間のことだ。

論文では、学び舎としてのオフィスの機能についても言及されています。そこには新入社員が先輩社員の働いている様子を観察することで学べることや気軽に相手にかけられるのは相手の様子が見えているからであることなどが述べられています。
この辺りは私が別のnoteで最近書いた固定席にまつわる物語と被っていて共感を持って読むことができました。

論文の最後に次のようなことが書かれています。なんのためのオフィスであるのかを考える際に真っ先に頭の中にあって欲しいことだなと思います。

実りあるコラボレーションを実現するには、それを支えるインフラと技術と組織的取り組みが必須だが、それだけでは十分ではない。人にはやはり実際に顔を合わせるための場所が必要であり、そうした場所でお互いの意向を確かめ合ってすり合わせたり、仕事のやり方やルールを見直したり、信頼関係を構築・補強したりする機会が必要なのである。

マネジャーの役割はどうなるか

特集の最後は、ハイブリッド・ワークにおけるマネジャーの役割の変化について、公正さ、共感、心理的安全性をキーワードに3つの論文が出てきます。その中には心理的安全性で有名なエイミー・エドモンドソンの名前もあります。エイミーの著書には、「チームが機能するとはどういうことか(原題:Teaming)」や「恐れのない組織(原題:Fearless Organization)」があります。
三つの論文はそれぞれ違った角度からマネジャーの役割、というよりもハイブリッド・ワークにおける組織運営で注意すべき点について触れています。
ざっくりとまとめるとそれは、以下の三つになるように読めました。
1)メンバー間に生じるパワーの格差
2)チーム・メンバーのつながりの維持
3)言いにくいことでも話せる心理的安全性
簡単にそれぞれを見て行きましょう。

ハイブリッド・ワークでは、出社して働く人とリモートで働く人とが協働することになりますが、そうなった場合皆が等しい条件で働いているわけではなくなります
例えば、出社している人は会社にあるインフラやリソースにアクセスしやすいですが、リモートワークの人はそれがないばかりかネットワークのスピードに制限があったりということがあるでしょう。またスキル面を考えても、ITリテラシーや最新のITツールに対する慣れは人によって異なります。
皆が同じ場所同じ時間で働いていればそれはスキル・ギャップということになったのでしょうけれど、それぞれの事情で埋められないギャップも出てくるわけです。これがメンバーの持つパワーに格差を生んでしまいます。

ハイブリッド環境はリモートワークの恩恵(柔軟性の向上、カーボンフットプリントの削減、労働コストの最適化、従業員満足どの向上)と、伝統的なオフィスの強み(円滑な連携、非公式なネットワーキング、社会的サポートの強化、創造性の向上、対面による協働)の両方をもたらす。しかし同時にパワー(権限や影響力)との関係が密接になる。
チーム内でパワーの格差が生まれ、人間関係にダメージを与え、効果的な協働を妨げ、最終的にはパフォーマンスを低下させてしまう。

しかし、このような状態においても有利に動くことができる社員もいます。

ハイブリッド環境は、高い適応性や柔軟性を持って思考し行動する従業員、複雑かつダイナミックな環境を整理し調整できる従業員、そして視認性の低い環境で自分の信頼性を証明できる従業員にとって有利に働くのである。
(中略)
ハイブリッド環境で働く能力は、ハイブリッド環境での所在とは別のパワーの源泉になる。不利な場所にいる場合でも、ハイブリッド勤務の能力が高ければ、仕事を上手にやり遂げることができる。

ただ、全てのメンバーがすぐにこうなれるわけではありませんし、スキルがあったとしても環境による制限は取り除けないでしょう。よってリーダーであり、マネジャーはメンバーの状況を常に把握し、彼らが円滑にリソースにアクセスできるように調整をすることが必要になってきますし、メンバーも他のメンバーにヘルプを求めるべきです。
そのためには後述する心理的安全性も重要になってきますね。

続いて述べられているのは、リモートワークが常態化し、テクノロジーで従業員を自動的に管理することができるようになるとマネジャーの役割が変わってくるというポイントです。スケジュール管理ソフトやAI(人工知能)によってマネジャーが行ってきた業務の69%をテクノロジーが代替するという研究もあるようです。

マネジメントの業務がテクノロジーにとって代わられると、マネジャーはワークフローの管理を行う必要がなくなる。やりとりが主にバーチャルになれば、マネジャーは目に見えるものだけに頼って成果を管理することができなくなる。そして、人間関係がより感情に基づくものになると、それを仕事の領域に限定することができなくなる
これら3つのトレンドは、従業員の行動を見ることよりも、彼らがどう感じているのかを理解することがより重要となる、マネジメントの新時代をもたらしている。

よって、マネジャーに必要になってくるのが共感する力であるというのが論文の主旨になっています。
共感する力を皆が持つことによりチーム内で高いレベルの信頼関係と配慮、そしてお互いを受容する文化が生まれ、それがメンバーのエンゲージメントを高め、ひいてはパフォーマンスに影響します。それを率先してゆくこと、整えてゆくことがマネジャーの役割であるというわけです。
時間はかかるでしょうが、継続することでそのような文化を作ることはできるかもしれません。

ハイブリッドな環境への移行は複雑な問題を引き起こすが、解決のために重要なことの1つは、マネージャーが自分の仕事に優先順位をつけ、負担を抑えて影響力はより高めるために、個人やチームとの関係に集中できるようにすることだ。

画像2

そしてこの特集の最後の論文がエイミー・エドモンドソンの説く心理的安全性です。
心理的安全性とは「罰や屈辱を受けるリスクがなく発言ができるという考え方」と非常にシンプルに定義が提示されています。
前述してきたように、ハイブリッド・ワークになるとそれぞれの隠されていた「事情」が表出してきます。それはリモートワークなどにより仕事と私生活の境界が曖昧になるからであり、それによるメンバー間の調整が必要になってくるためです。このような必要性は今まで避けてきたか無視されてきたものかもしれません。

ワークライフバランスの問題について心理的に安全な議論をするのが困難な理由は、そのテーマがアイデンティティーや価値観、選択といった、従業員の深い部分に触れる可能性が高いからだ。そのためそうした議論はより個人的であると同時に、法的・倫理的な観点から偏見を招くリスクが高いものになっている。

エイミーは、それを避けてきたのは個人を尊重し偏見を避ける上で適切であり重要であったとしながらも、これからはそのような個人的な事情や状況も共有しながら他のメンバーとのバランスをとって行くというチャレンジがあると説きます。すなわち、そこに心理的安全性がなければ誰も自分の状況や事情は開示しないというわけです。

職場にそのような安全性をもたらすには、まずマネジャーやリーダー自身が自分自身の個人的な課題や制約を共有して、弱さを晒け出すことだとエイミーは説きます。
論文の中ではハイブリッド・ワークにおいて心理的安全性を作るための5つのステップを簡単に紹介しています。当たり前ですが、職場における高い心理的安全性はすぐに構築できるものではありません。一歩一歩、ポジティブな成功例を積み上げ、培った心理的安全性が破壊されないよう気を配ってゆくことが必要になってきます。

論文の締めくくりでエイミーは、組織の中における対話において重要となるマインドセットについて触れています。対話とはそのような場であることをマネジャーだけでなく皆が理解していることが重要なのだろうなと私は思いました。

マネージャーは、こうした対話は発展途上の段階にあるものと捉える(そして議論する)ことが大切だ。すべてのグループダイナミクスがそうであるように、時間の経過とともに発展し、変化を遂げる、創発的なプロセスである
これは最初の1歩だ。この先の旅にロードマップはなく、あなたは繰り返し導いていかなければならない。踏み込みすぎて修正が必要になることもあるかもしれないが、こうした話はしてはいけないと決めつけるよりも、まずは試してみて、失敗する方が良い。学習や問題解決のための取り組みであり、確固たる状態にたどり着くことなど決してないものだと考えよう。

まとめ

HBRに登場する論文は海外の事例から論理展開するものが多いので、今回の特集も日本の環境に合うかどうかは慎重に吟味しないといけないかとは思います。しかし、論文をよくよく読んでみると実に普遍的な内容ですし、リンダ・グラットンは実際に日本の富士通の例を出してハイブリッド・ワークの考え方を定義していたりもします。
なので、論じられている内容については自組織に当てはめて一考する余地は十分あるのではないかと私は思います。

これから先、人々は強制的にリモートワークやWFM(Work from Home)をしていた状態から、徐々に解放されます。
しかし、会社に行くのが当たり前だったという「常識」は既に崩され、別の働き方があるのだと組織も個人も今回思い知ることとなりました。
そんな中で、これからどのような働き方にしていくかは、組織がどうありたいのか、個人がどうありたいのかをしっかり持っていないと決められないでしょう。

今回のHBRの内容は、可能であれば同じ組織にいるメンバーと共有した方がよいと私は思います。それによって、自分たちがどのような組織にしたいのか、そのためにどのような働き方をするのが良いのかを対話するきっかけを提供できるのではないかと考えるからです。
そして、そのような対話は今回だけでなくずっと続けてゆくべきものではないでしょうか。


最後まで読んでくださってありがとうございました ( ´ ▽ ` )/ コメント欄への感想、リクエスト、シェアによるサポートは大歓迎です。デザインの相談を希望される場合も遠慮なくお知らせくださいね!