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一秒でいいから私と

「ここ、どこか分かる?」

男の人の声が脳内に響き渡る。
ぼやぼやした視界に映る人間たち
私はたくさんの大人たちに囲まれていた
体はうまく動かない。ベッドの上で寝かされている。
腕を上げようともたくさんの管に繋がれて、しっかり固定され、酸素マスクを外してもらって私はようやく言葉を発した。

「バイト休むって連絡して欲しいです」

深刻そうな顔をした大人たちは、優しく話し始める。
いつもと変わらない朝、ご飯を急いで口に詰めて自転車に乗り、バイト先に向かって私はペダルを漕ぎ出した。
「いってらっしゃい」の声にロクに返事もしないで住宅地をすり抜けていく。
「挨拶はすごく大事」と今でも私はよく人に話したりする。誰かの最後になるかもしれない、その一言。自分の苦い経験からくるものだった。
何故か私の記憶はそこで止まっている
何度記憶を呼び戻そうとしても思い出せない。

自宅から数メートル離れた交差点で、自転車ごと私は倒れた。ガシャーンと響き渡る音に集まってくる人たち。
事故ではない、自転車に乗る高校生がいきなり倒れた光景に驚いて駆け寄ってくる。

私の心臓は止まっていた。
顔から崩れ落ちるように倒れた私は顔面血だらけで交差点の横でぐったりしていた。

そこに偶然居合わせた看護師がいた。
偶然か必然か、奇跡があるならこの瞬間だ。
通りすがりの看護師は血だらけの私に、必死に、必死に、心臓マッサージをしてくれた。
私の命の恩人だ。
後に、新聞には人命救助で警察署から感謝状を送られた看護師がにっこり笑って載っていて本当に嬉しかった。

急死に一生スペシャルはテレビで見るから面白いと思う。まるで他人事、助かって良かったねぇと感動するものだ。当事者になってしまった。

救急車が到着するまで約8分、心停止から7分後の救命率はぐっと下がる。
私の命を救おうと看護師は心臓マッサージを続けた。意識は戻らないまま救急車に乗せられた。
AEDで電気ショックを受けながら近くの病院へ運ばれる

簡単な処置をされて大きな病院へまた運ばれる
子供の頃、救急車に一度は乗ってみたいと不謹慎な事を考えていた。
夢は叶うけど、だいぶ最悪だよと幼い私に教えてあげたい

病院に着いても私の意識は戻らなかった。
心停止の時間が長ければ長いほど、脳へのダメージは大きい。
眠ったまま4日が過ぎた。
もう戻らないかもしれないと聞かされた両親や友達はたくさん泣いてくれた。
面会も出来ないのに足を運んでくれる友達が私こんなに居たんだ、めちゃくちゃ幸せ者じゃんと後から気付いたのだ。当たり前を繰り返すと、周りの人間の有り難みに気づけなかったりする

死ぬ間際に三途の川を渡るとか、色んな記憶が蘇るとかそんな事を言っている人がいたけれど、
なんの記憶も無かった。なんなら前後の記憶は全てどこかに飛んでいってしまった。

4日目にうっすら目を開けると、やけに白い壁と数え切れない程の体に繋がる管、無機質な機械音が響く部屋に寝かされた私がいた。集中治療室って嫌なところだなぁとしみじみ思った。

長い長い入院生活の幕開けだ。

担当してくれていた男性看護師はとてもイケメンで意識が戻った頃、すごくかっこいい看護師だったね!と母親が笑って話してくれたけど、
眠り姫の私に「今日はお天気いいね〜お母さん来てくれたよ!」などと毎日声をかけてくれたイケメン看護師の記憶はもちろん一切なくて、とても落胆したのを今でも覚えている。

入院生活でたくさんの時間と単位を失った。
ついでに倒れた衝撃で前歯も2本消えていた。中学時代に空手の授業があったけど本当に無駄な時間だと馬鹿にしていた私に喝を入れたい
受け身の練習、ちゃんとしといてよ。

辛い治療と長い入院を経験した高校3年生の秋
倒れる前にバイト先に向かった私は半袖を着ていたけど、退院する頃にはすっかり冷え込んで傷を隠すように長い袖を伸ばして病院の外へ出たのでした。

普通でいたかった。
病気をしても見えないハンディキャップを抱えていても、普通の女の子になりたかった。
JKブランドがある貴重な時間をごく普通に過ごして普通の大人になりたいなんて漠然と考えていたのだ。

普通ってなんだろう。

大変だったね、可哀想だったね、とよく周りの大人に言われていたけど言われれば言われる程
普通の私じゃない気がして居心地の悪さを感じていた。

そんな私に普通じゃない何かをくれた沢山の男達がいたのだ。
私のことを何も知らない男達との時間は、
とても刺激的だったし、おっぱいやまんこしか見ていないので本質的な部分を考える必要も無く、適当なソレがすごく良かった。
相手の話はよく聞いていたけど、自分の話はしなかった。

どうでもいい男のどうでもいい話を聞いていると、私はまだまともな人間だと思えたのだ。
知らない男の愚痴や苦労話を聞いてあげると、最後はみんな満足そうに笑っていた。
優しいねとか、良い子だねとかそんな事をよく言われていたけど私はそんな誠実な人間でも無くて、普通の人になりたくて背伸びしてただけかもしれない。

遊びと言えども男達との出会いの中で悲しい事も辛い事もあったけど、一番辛かった時期を思い出したらそれを越える物はなかったので、しょうもない事だったと片付けられたのだ。
その遊びに飽きることなくしばらく続けてみた

SEXは気持ちいい。してる間は何も考えなくて済むし、すればする程、もっと気持ち良くなる為にはあれをしよう、これをしよう、そんな風に思える。私はとても向上心があるタイプだ。
ハマった事はとことん探求心を持っていくし、
エロい私を普通としてくれた男達とSEX談義をする時間も本当に楽しかった。

助けてもらった命、清く正しく、真っ当に生きろとかそんな風に言われても仕方ないのかもしれないけど、それで言ったら「〇〇ちゃんを救う会」みたいな同情票でお金を集めて命を買った子たちは、どんな人生を歩むのが正解なんだろうと考えたりする。助けてもらったご恩なんかに囚われないで自由にわがままに生きてて欲しいと私は思う。
「自分の人生をどう選択していくのか、決めるのはいつだって自分なんだから」

夏が終わって秋がくる。人肌恋しい季節だ。
いつも通り新しい男の子に、私は会っていた 
優しい顔をして笑う子だった。
家族の話をしながら時折、悲しい顔をしていたけど、人間らしくて良いなぁと心から思った。

それからなんとなく話した私の話を困った顔をしながらも最後まで聞いてくれていた。
私、誰かに自分の話をちゃんと聞いてもらった事なかったな
人ってこんな表情するんだ。暗い気持ちにさせたなら申し訳なかったなぁ。そんな事を考えながら、真っ暗な空に少しだけ光る小さい星を数えながら帰るのでした。

「俺との時間は死ぬまでの思い出作りなの?」

その男の子が私に投げ掛けた言葉の意味を考える
死ぬ為に生きている訳じゃない、いつかきっと最後の瞬間に生きていて良かった、人生最高
そう思いたくて今日も生きているだけ。
会いたいから会う、好きだからする。
その子との時間も私の人生に置いて、スペシャルな意味のあるものだ。
ただの思い出作りじゃない、何者でもない普通の生き方だと思う。

きっと普通なんてものは何処にも無くて、私が憧れた普通の人は、ただの幻想なのかもしれない

まだまだ人生は前半戦だ、
だから今日も楽しいことをしよう


「一秒でいいから私と」





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