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それでも旅は続いていく【第3話】公開日 2022.10.22.

2022年10月。
フィンランドポータルサイト「Moi(moicafe.com)」さんのオンラインコミュニティ「nuotio | takibi」にて、4回に渡ってコラム連載を行いました。
「深堀フィンランド」というコーナーに寄稿したお話をここに公開します。

突然ですが古いモノが好きです。

古本。古着。古道具。古い器。古い布。古い家具。古い物件。古い自転車。古い照明。古い建物。古い電車。古い家電。古いモノ・・・なんでも好きです。

ピカピカとした新しいモノよりも、誰かが使ってきたモノや長く使われて経年変化したモノに心が惹かれます。壊れたら修理をして、修理しきれなければそのまま使い続けていく。実はこの私の「古いモノ好き」が、フィンランドを好きになったきっかけなのです。

いろいろな国を旅してきた中で、「良く分からないけど、なんかいい」と、古い器や家具や建築に完全にハマってしまったのがフィンランドでした。パリ、ロンドン、ニューヨーク、ベルリンなどで出会った古いモノにも心惹かれましたし今も好きですが、やはりフィンランドは越えられない。「なんかいい」と私のハートを鷲掴みしつづける何かが、フィンランドの古いモノにはあるのです。

フィンランドで作られてきたモノには様々なジャンルがありますが、それらに共通する言葉があるとするならば、「人々の暮らしに寄り添った視点でデザインされている」という言葉に尽きる思います。

デザイナーの独りよがりや自己満足ではなく、いかにそれが庶民の暮らしの中で使いやすいか、心豊かな気持ちになれるか、長く愛し続けられるかに焦点が当てられ、庶民の暮らしや心に響くものが作られてきました。フィンランドのヴィンテージ品の中でも、「シンプルなモノほど、どこか温かく感じられる」理由は、その裏側にこうしたデザイナーの想いが流れているからなのではと思うのです。

日常使いのヴィンテージ食器

私の好きなデザイナーのひとりに「カイ・フランク」がいます。1950年代~60年代に彼が発表したデザインが特に好きですが、アラビア社だけに留まらず、ヌータヤルヴィ社、フィネル社(アラビア社の子会社)、ハックマン社、サルヴィス社など様々な会社で行ったデザインのどれもが好きです。その当時作られた古いシリーズを探して、彼がどういう想いでそれらをデザインをしたのか、調べたり学ぶことが楽しくて仕方ありません。

自称カイフランクオタクの私が彼のシリーズを探し続ける訳は、もちろん「なんかいい」からなのですが、詳しく背景を調べたり実際に使うことで、カイ・フランクが目指した庶民の暮らしへの提案や想いやりを実感するようになりました。使いやすく美しく、日用品でありアートであり、シンプルながらも幾重にも計算されているデザイン。知れば知るほど、好きになってしまう。どうやら私のカイ・フランクを探す旅はこれからも永遠に続いていきそうです。

そして私のこの想いが、ある日突然誰かの心に届くことがあるのです。

ご存知の通り、istutはフィンランドでヴィンテージ品の買付けを行い、骨董市や北欧イベントなどで販売を行う仕事を長く行っています。その催事でお立ち寄りいただいたお客様の中に、「良く分からないけど、なんかいいから買います」と言って下さる人が、結構多くいらっしゃるのです。「なんか気になる」「なんか好き」と言って、嬉しそうにご覧になるお客様。これは、いつ、どんな人が、どのような想いでデザインされたモノなのかをお話すると、「そうなんですね!そんなストーリーがあるのですね」とさらに目を輝かせて下さる。そうなのです。この瞬間です!「ワア~届いたー!」って、嬉しくて嬉しくてその場でスキップをしたくなる瞬間です。

「良く分からないけど、なんかいい」

これこそが、長年愛用されてきたヴィンテージの持つ力なんだと思うのです。私がフィンランドでそう感じたように、直感で「なんかいい」と思えるって素敵なことですし、そう感じられるモノに限って裏には深いストーリーが存在していて、「そうか、そういう背景があるから魅かれたのね」と、後からジワジワと腑に落ちるのです。この一連の流れが嬉しくて、「なんかいい」シリーズを探し続け、「なんかいい」と感じてくださる人へ繋いでいく仕事をし続けている人間がここにいるわけです。

何かと何かが繋がっていく。そういう不思議な瞬間ってありますよね。ヴィンテージとの出会いや別れも、私たちの旅だなあと感じています。欲しいモノを探しても容易に見つかるわけではない。長い時間を経て、誰かの手から手に渡り、いろいろな暮らしの中で使われてきたモノの中から、探していたモノにようやく出会える。そしてそれが、また誰かの手に渡り、この先も使われ続けられる。「なんかいいモノ」を誰かに繋ぎ続けていくことも、やはり旅のひとつなのだと思います。旅というのは行って帰っておしまいではなく、ずっとずっと続いていくものですから。

長野市の古い団地暮らしの食器棚には、欠けていたり、ヒビが入っているフィンランドの古い食器が並んでいます。仕事柄、買付けの郵送などでヴィンテージ品が破損してしまうことがよくあり、それを大切に自宅で使う習慣は東京にいた頃から続いています。よほど粉々でない限り、マコさんが破損部分をキレイに金継ぎをして、ヒビが入ってしまった場合はヒビを活かしたまま使っています。

金継ぎをしたARABIAのヴィンテージ

ようやく見つけた大切なヴィンテージ品は、傷も欠けもヒビも美しく愛着が湧きます。私のお気に入りは、キルタの白いカップ。貫入があって、縦にヒビが入っています。1967年に生産された古いカップの貫入やヒビに、コーヒーが日に日に染み込んでいく変化を観察することは、実に楽しいものです。コーヒーの染みが付いたキルタ釉薬の趣きと、持ち手の華奢なフォルムのバランスが絶妙に「なんかいい」のです。こうして私たちの古いモノとの「なんかいい」暮らしは、この先もずっと続いていきそうです。

コーヒーが染みついたキルタのカップ

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