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【ケトン体 vol.3】-論文紹介①:筋肉編

今回はATPエネルギー源の一つであるケトン体が筋肉に及ぼす影響について検討していきたいと思います.前回の研究紹介【ケトン体とはvol.2】では,全生物の細胞において重要なATPという「エネルギー通貨」を作る上で,ケトン体が重要であり,特に障害を受けた腎臓や心臓などの臓器においてその威力を発揮する可能性があるということと,そのケトン体の基本的な代謝について説明させていただきました.

ケトン体は,血液中を漂う油である脂肪酸が肝臓に入り込むことで作られ,血液を通して肝臓以外の臓器に運ばれて利用されます.

ここでは,そのケトン体が実際に心臓や腎臓などの臓器を守る効果があるかどうか,我々の業界では「臓器保護効果を有するかどうか」という表現をしますが,その点について解説していきたいと思います.

我々が普段行っている実験はマウスや細胞を用いることが多いですが,実際の臨床現場における検証では,なんと!もうすでにヒトに対してケトン体を投与されており,その有効性は明らかにされつつあります.過去に発表された医学論文を参照しながら,ケトン体の有効性について紹介させてもらいます.

ケトン体の持久力改善効果

まず最初に紹介する論文は,ケトン体が持久力を改善させるドーピングになりうるという,2016年にアメリカで発表されたものです.

まず体の中に入ると腸で吸収された後に,肝臓の中でケトン体であるβOHBに変換されるケトン・エステル水を飲む"ケトン水グループ"と生理食塩水を飲む"生食グループ"の2グループに分けました.

※治療をしない群を入れないと比較ができないので,ここでいう"生食グループ"のようなグループは一般的に「コントロール群」と呼ばれます.

各グループでそれぞれ生食とケトン水を飲んだ後,60分間の走った距離を競うタイムトライアルを行いました.ケトン水を飲んだグループは生食を飲んだグループに比べて,有意な血中βOHB濃度上昇(血液中のケトン体の濃度,いわゆる血管内を漂うケトン体の濃さが増えること)と走行距離の増加を示し,ケトン体の投与がヒトにおいて持久力を上昇させること結果となりました.

さらに,ケトン水を飲んだグループでは運動した後の血液中の乳酸値が低く,ケトン体による効率的なATPの産生が運動時における筋肉での嫌気性代謝を抑制した可能性が示されました.運動して疲労するとよく"乳酸がたまる"と言いますよね.運動疲労から嫌気性代謝が行われると,血液中のこの乳酸の値が高くなります.

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図F,Gのように,CHO(生食グループ)に比べてKE+CHO(ケトン水グループ)の方がタイムトライアルの走行距離が伸びているのが分かりますね.

さてさて,ケトンを運動前に飲むと持久力が増えてなんか良さそうということは判明しました.ここで"乳酸"とか"嫌気性代謝"って何やねん,ってなる方もいるかもしれませんので,その辺りのエネルギー代謝について解説しますね.

ブドウ糖のエネルギー産生について

ATPをはじめとする細胞のエネルギー代謝を考える上で,好気性代謝と嫌気性代謝を理解しておくことは非常に重要だと思います.ここまでの僕の解説では,脂肪酸とケトン体がかなり出てきますが,そもそものATP産生のエネルギー源はブドウ糖がメインです.そこでこの章ではまずブドウ糖のエネルギー代謝について解説します.

さて前回の記事では,ATPエネルギー源であるブドウ糖や脂肪酸,ケトン体は,クエン酸回路(TCA回路)と電子伝達系を通って,ATPを作るという話をしました.

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図を見ながら解説していきますね.ブドウ糖はATPを生み出すために3段階のステップを踏みます.

①解糖系
②クエン酸回路(TCA回路)
③電子伝達系

①解糖系でブドウ糖はピルビン酸へと姿を変え,アセチルCoAから②クエン酸回路という反応を経て,酸素を使う③電子伝達系という反応を行った後に,エネルギー通貨であるATPを得ることができます.なかなか大変そうな道のりですね.これらの反応は,酸素を消費しながら行い,「好気性代謝」と呼びます.

一方で,特に今回紹介した論文のように,タイムトライアルのような激しい運動をしている時の筋肉内では,酸素が十分に存在していない状況が想像されます.酸素がないと①解糖系からの反応が滞るため,ピルビン酸を乳酸に変化させることでATPを生み出す「嫌気性代謝」を行います(詳細はかなりざっくざくに省略しています)."運動疲労で乳酸がたまる"のメカニズムはこういった感じです.

筋肉でのエネルギー代謝について

ここで筋肉のエネルギー代謝について少し整理しながら,ATP周辺の代謝についてさらに深掘りしていきます.運動において重要な役割を担う筋肉である"骨格筋"は,筋収縮のために大量のエネルギーを要するため,ブドウ糖・脂肪酸・ケトン体・アミノ酸のいずれのエネルギー源もATP産生のために使用することができると言われています.筋肉がエネルギーを作るのに,材料を選んでる場合じゃないといったとこでしょうか.さらにめちゃめちゃ興味深いことに,血液中の脂肪酸とケトン体の濃度が高いときには,筋肉はこれらを優先的に使うと言われています(エリオット生化学・分子生物学第3版, p142).ちなみにケトン体や脂肪酸は,図のようにアセチルCoAに変換され,TCA回路と電子伝達系を経てATPが産生されます.

その理論でいうとこの論文では,運動前にケトン体を含んだ水を飲んでおくと,"筋肉では優先的にケトン体が使われる"ということになるでしょうか.酸素を効率よく使ってATPを作るケトン体なので,「好気性代謝」の燃費がすごくよくて,「嫌気性代謝」を使わなくて済んだ結果,血液中の乳酸値が下がったという解釈ができると思います.

さてさてこの論文のように,心臓や腎臓,腸管などの他の臓器においてもこのようなケトン体の有効性を示す論文が散見されます.もう少し紹介したかったのですが,かなり長文になってしまったので今回はここまで.次回は心臓におけるケトン体の有効性について書いてみたいと思います.

参考文献:
Pete J. Cox, Tom Kirk, Tom Ashmore, et al. Nutritional Ketosis Alters Fuel Preference and Thereby Endurance Performance in Athletes. Cell Metabolism 2016; 24:256-268.

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