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神社ってすごいからね

私、神社巡りが好きです。これまで、日本中を回りながら、ちょっと気になる神社があれば、必ずお参りすることにしています。

逆に、普段から神社巡りをしているため、この時期、取り立てて、初詣なんかはしません。機会があったら、あちこちでご挨拶するようにしています。

「よくもまぁ、そんなに神社に行くね?

そんなふうに言われることもあります。しかし、神社って本当にすごいと思うのです。

この世で、誰が偉いとするかは、人それぞれですが、例えばビジネスマンだったら、上場している大企業の社長さんと会うのは大変です。面会のアポを取ろうとしても、どういうルートで、どういう口実で、どのように接触をすればいいのか・・・普通に考えていては、到底、無理な話になります。

けれども、神社だったら、そこにいらっしゃる神様にスッと会えるのです。そんなすごいことはありません。

いや、もっと言えば、大企業の社長なんて、この世にごまんといます。何人、何十人、何百人・・・たくさんです。仮にたった一人しかいない日本の内閣総理大臣にしたって、もう何代もいるわけです。今の内閣総理大臣に会うというにしても、その何代もいる内の一人に会うに過ぎません
※大企業の社長や内閣総理大臣が、本当に偉いのか?という議論は、一旦、横に置いておきます。

しかし、神様はすごいです。天照大神といったら天照大神しかいません。大国主大神といったら大国主大神、ただ一柱です。そんなスーパースターに会える場所神社だと考えたら、そのすごさが分かります

さらに思考してみます。

これまで、日本という国には歴史があります

その長い歴史のなかで、例えば平安時代の藤原氏、源平合戦時の源頼朝、戦国乱世を生きた織田信長・・・そんな歴史を刻んできた彼らも、今の私たちと同じように、その神様たちを拝んできました

第23代大国主大神とかではありません。出雲大社の大国主大神は、昔も今も、一柱の大国主大神です。

そんなすごい存在が、神社にいると考えたら、そりゃもう現世の大企業の社長さんがどうこうなんて、考えることすら、バカバカしくなってきます

事前アポもなしに、そんなすごい神様たちに会えるのが神社

そう捉えてみると、神社にはできる限り足を運んで、ご挨拶をしたいと思わずにはいられないのです。


昨年も、豊作祈願で伊勢神宮にお参りをしてきました。その伊勢旅行は、伊勢神宮に参ることが目的でした。主目的が、天照大神と豊受大神へのご挨拶だったわけです。

しかし、必ずしも神社参りが目的ではないことがあります。出張や旅行先で、ふと気になる神社を見つけたら、ちょっと立ち寄ってみるなんてことも、しばしばです。

そんな「ついで参り」に関しては、こんな話があります。

たとえば、旅行先や出張先で見つけた神社。「せっかく来たのだから、ついでにお参りしていこう」と思ったことはありませんか?これを「ついで参り」と呼びますが、そのままだと、このお参りの効果は限りなくゼロに近くなってしまいます。
(中略)
だから、特に大事なお願いで神社に行く時は、最初からお参りのために行くようにしてください。「ついで参り」では、いい結果は得られません。私たちも、どんなに忙しくても「この人の頼みなら、ほかのことを置いてでもしなければ」と思う人と、仮にその時に時間があっても、「この人のために時間は取れないな。用事がある振りをして断ってしまおう」と思う人がいますよね。それと同じです。

ダイヤモンドオンライン
「旅行や出張での神社の「ついで参り」はNG、正しい参拝法とは」
2020年10月9日より引用

「ついで参り」は、よくないとのことです。

分からんではないです。でも、そういうことはあまり気にしなくてもいいのではないかと思います。

例えば、神社に行って、何かお願い事をしたいのであれば、そりゃ「ついで参り」は失礼でしょう。きちんとお願いをしに行くつもりで、それを目的にして神社参りをした方がいいと思います。

取引先への訪問だって同じです。ふらっとご挨拶に立ち寄ることもあるでしょうが、きちんと打合せをするつもりなら、しっかりアポを取ってから行くのは当たり前のことです。

でも、神社というのは、必ずしもお願い事をするだけの場所ではないと考えます。

例えば、ただ神様にご挨拶に行くだけという神社参りもあっていいはずです。とくに、お願い事をするわけではありません

ちょっと近くに寄らせてもらったんで、顔見せに来ましたわー

そんな感じです。

そうやって、ご挨拶をしに行くだけで、その神様との距離が近くなります。せっかくそこまで行ったのなら、ご由緒の看板を読んで、どんな神様なのかに触れて、そこで親近感を覚える・・・それだけでも十分です。

そうやって神様との距離を縮めていくうちに、自ずとこの国の成り立ちに触れていくことになるでしょう。それは、歴史の勉強に留まりません

これからますます混迷の色を深めていく世界にあって、未来における国家像世界のあり方がみえてきたりすることにも繋がるはずです。

ということで、日本中に散らばっている神社、そのすごさに感謝をしながら、いろんな神様にご挨拶をされてみてはどうか?というお話でした。


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