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【近代・後④】『守娘』~中国最後の帝国の繁栄と、そこにあった社会不安~

※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『守娘』1巻表紙より

 近代の章も、前後半番外編を合わせますとこれで12作品目です。

 特に近代後半の章ではここまで主に欧米の歴史を追ってきましたが、直前の『ハイパーインフレーション』の記事で、ようやく本書はこの時代の「欧米以外」のすがたに言及できたことになります。すなわち、近世の欧米は市民革命と産業革命を通して大いに社会を発展させ、豊かさを享受するようになった。しかしその豊かさは彼らによるアジア・アフリカ地域への侵略と破壊、そして植民地化の上に成り立っていた、ということです。
 
 特にその侵略のインパクトが強い地域として挙げられるのは、やはりこの時代までトップクラスの国であったはずの中国でしょう。本書で中国を前にとりあげたのは『海帝』のページです。モンゴルを破り中国に返り咲いた漢民族の帝国「明」は国内経済を充実させただけでなく、鄭和という男を指揮官にして、アジア・アフリカに大艦隊を派遣する「南海遠征」を行います。この頃ヨーロッパの大航海時代は始まってすらおらず、ヨーロッパと中国の差は歴然としていたのです。
 その力関係が、どのようにして逆転していったのか。中国のその後を追ってみましょう。
 
 16世紀後半になると、明は豊臣秀吉に侵略された朝鮮の援助等で財政難に陥り、政治の乱れが目立つようになります。反乱軍により首都北京が攻略されるなど崩壊の一途をたどる中、これに入れ替わって中国に君臨したのが「清」という国です。この国はもともと朝鮮の右上の地域に住む民族の国だったのですが、17世紀初頭から一気に領域を拡大し、明の領土を飲み込みます。モンゴル民族による「元」以来、二つ目の「漢民族以外による中国統一国家」の誕生です。
 清の領土拡大は明の取り込みだけでは留まりませんでした。この時代まで明確にはどこの国にも所属していなかった台湾を初めてはっきりと支配下に置くほか、ロシアと条約を締結して国境を画定。さらに新疆ウイグルチベットを支配下に置き、西方支配を完成させます。このときできた国境線が、おおよそ今の中華人民共和国の国境です。
 対内的には、これまで漢民族が構築してきた統治体制を活用して統治を安定させたほか、銀の流通や農地開発を通して商業発展・人口増大が進行。社会・経済を大いに発展させます。一方で、女真族の風習である「辮髪」の漢民族への強制、思想の統制、キリスト教の禁止等、文化面での取り締まりが強かったほか、明以来の貿易の制限を継続。大航海時代開始以降徐々に相互につながり始めた世界の中でも、中国は容易に外部に染まらない「孤高の国家」であり続けます。

 しかし、その清ですら、ヨーロッパの帝国主義に徐々に屈することとなっていきます。
 先鞭となったのがイギリスです。『ハイパーインフレーション』の記事で見たとおり、欧米諸国は自国製品の市場確保のために植民地を増やしたいわけですが、清はもともと豊かな国であり、イギリスの製品など買わずともやっていける国です。むしろイギリスは当時国内で需要が急増していた中国茶の輸入のため、逆に清に対して多額の貿易赤字を抱えていました
 そこでイギリスが講じたのは、悪名高きアヘンの導入です。既に植民地化していたインドで生産した麻薬・アヘンを中国に持ち込むとこれが一気に広まり、アヘンの輸出によってイギリスは対中国貿易収支の改善を達成します。もちろんこんな反則同然の手を打たれた清はたまったものではなく、一般貿易の禁止措置を取りますが、これにイギリスは武力回答。清国に攻め込んで貿易制限の緩和等を無理やり受諾させ、以後、ヨーロッパによる清の植民地化が急速に進むのです。
 
 アヘンの輸入が激増し、社会不安が増大したのが19世紀前半。この頃中国内で広く知られるようになっていた怪談をコミカライズした作品が、小峱峱先生作の『守娘』です。
 主人公は清朝台湾の裕福な家庭に住む娘・潔娘。彼女は特に不自由なく兄に可愛がられて育ってきましたが、妙齢になり、兄嫁や親戚に結婚を勧められることに嫌気がさしていました。そんな中、近くで起きた水死事件をきっかけにしてある女性霊媒師と出会った彼女は、一人で生きていく力を身に着けるべく霊媒師に弟子入りを志願します。最初は断られながらも霊媒師と交流を重ねていく彼女は、次第に様々な奇怪な事件、そしてその裏側にある社会の闇に触れていくのです。
 
 原作となった怪談は実話として伝わっているものなのですが、作中で描かれるのは、前近代的な社会において男性の付属物のように扱われていた女性への抑圧と、これに対する復讐です。物語自体は暗さのある内容になっているのですが、「こうやって苦しんだ人が実際いた」という物語は、その存在自体が、同じ苦しみを現実に味わっている人々にとって救いにもなるのだと思います。19世紀半ばには、社会不安に耐えかねた清国の民衆が「太平天国の乱」という大反乱を起こすのですが、彼らが唱えたスローガンは「土地均分」や「アヘン禁圧」、そして「男女平等」でした。この物語が当時の清朝社会に広まっていたという事実は、当時確かにそこにあった苦しみを思い起こさせるのです。

次回:【近代・後⑤】『ふしぎの国のバード』~日本が「世界史」の舞台へ上がるとき~

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