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【現代②】『満州アヘンスクワッド』~「眠れる獅子」中国の受難~

※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『満州アヘンスクワッド』1巻表紙より

 2つ前の記事『白い艦隊』で見ていた20世紀初頭の時代に視点を戻しましょう。
 これまで各地域で別々に発生していた戦争は、ヨーロッパにおいて主権国家の形成やナショナリズムを通してその規模を拡大。そしてついには、文字どおり世界を巻き込んだ「世界大戦」が勃発するに至るのです。

 しかし一口に「世界大戦」といっても、世界の各地域がいずれも主体的にこの大戦に参加していたかといえば、決してそうではありません。ヨーロッパ以外からこの大戦に参加した国・地域は、基本的にヨーロッパ各国の植民地として、各国に強制されることでこの大戦に参加しています。インドは約150万人もの兵士や労働者、そして大量の食糧・原料をイギリスに提供したほか、東南アジアや北アフリカ諸国もこれに類した協力を強制されています。世界は自ら望んでではなく、ヨーロッパという一地域の揉め事に強制的に巻き込まれる形で、一つの国際社会へと溶け込んでいくのです。

 その中でも特に困難な状況に置かれたのが中国でしょう。前回中国の歴史を紹介したのは『守娘』のページでした。史上二度目の非漢民族による中国統一王朝「清」は、前代「明」同様に海外との貿易を制限、孤高の存在であり続けていましたが、麻薬「アヘン」を密かに流通させ人々を薬漬けにするというイギリスの悪魔の一手により暗転。清は当然これに反発しますが、イギリスは武力をもってこれを制圧し、強制的に貿易制限を撤廃させます。1842年の出来事です。
 その後も中国の受難は止まりません。イギリスへの屈服をきっかけに「無理強いの利く相手」と認識された清は、その後フランスやアメリカとも不利な条件で貿易を開始。ここで貿易港として指定された上海は以後飛躍的な発展を遂げるのですが、中国全体としては海外品の流入による自給自足の経済体制の破壊により、貧困と社会不安が進展。危機感を持った清は洋式の軍備や産業を取り入れるなど近代化を図るのですが、かつての国による貿易管理と同様、民間に任せず政府官僚主導でこれを進めようとしたこともあり、大変革には至りません。そうこうしているうちに、一足先に近代化を達成した日本との間で朝鮮の支配権をめぐり戦争が勃発、これにまさかの敗北を喫します。1895年の出来事です。
 日本への敗北で清の弱体化が露わになったことは、日欧米列強の更なる侵略を招きます。この状況は中国権力者層・知識人層の亡国への危機感も一気に強め、この流れと、この頃同時に進んでいた漢民族による国家建設を目指す運動が合体。この結果ついに清朝は倒れ、漢民族による国家「中華民国」が成立します。1912年の出来事です。
 その直後、第一次世界大戦が勃発(1914年)。ここで西側での戦争に戦力を割かれた欧米列強勢力は後退するのですが、その代わりに進んだのは日本の急速な侵略でした。第一次世界大戦後、中国は列強各国の勢力圏を取り戻していく軍事活動を開始し、一定の成果を見るのですが、日本がこれに水を差すべく進出活動を強化。自ら起こした鉄道爆破事件を中国の仕業だと言い張って武力侵攻を開始し、中国北東部に得た勢力圏に、日本の属国として「満州国」なる国を一方的に建設します。これが1932年の出来事であり、以後日中は泥沼の戦争状態へと突入するのです。
 
 その少し後、1937年(昭和12年)の満州国を舞台にしたクライムサスペンスが、門馬司先生作・鹿子先生画の『満州アヘンスクワッド』です。週刊ヤングマガジンで連載中、発行部数は200万部越えという大ヒット作品です。

 主人公は満州に住む日本人の青年、勇。彼は日本軍に従事していましたが、右目の負傷により退役、家族で貧しい生活を強いられていました。そんな中彼の母がペストに感染してしまい、治療のため大金を用立てなければならない事態に。悩んだ末に彼は、未だ中国で廃絶されていなかった麻薬・アヘンの製造・販売に手を染めます。すると、もともと豊富に有していた植物・化学分野の知識を活かして彼が造ったアヘンは、彼も想定していなかったほど、極めて「高品質」な麻薬に出来上がっていたのです。ゆえに彼のアヘンは広く流通し、中国の裏社会を思わぬ形で動かしていくことになります。
 本作の魅力はそのクライムサスペンスとしての一級品ぶりでしょう。勇は市場を拡大すべく満州各地を転々とするのですが、どの地でも必ず日本軍の取締り、あるいは商売敵としてのマフィアとの衝突が待っています。その旅路を、マフィア首領の娘でもあるヒロイン麗華ら仲間たちと潜り抜けるそのストーリーは非常にスピーディーで、大ヒットも頷ける面白さです。
 また、勇とその仲間たちの旅路は、日本軍の蹂躙・マフィアたちの暗躍によって荒んだ当時の満州社会のもと、そこで虐げられてきた者たちのリベンジの物語でもあります。勇は貧困に苦しむ家族を救うために、麗華は自らを虐げてきたマフィアという組織のしがらみを脱し、これを逆に支配するためにその路を突き進んでいく。しかし、それは希望に続く路であると同時に、アヘンの粉が積もる血濡れの路。彼らに年貢の納め時は来るのか。その行く末に目が離せない作品です。

次回:【現代③】『戦争は女の顔をしていない』~「世界史」が掬ってこなかったもの~


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