【現代①】『白い艦隊』~黒船の来航、そして「白船」の来航~
※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『白い艦隊』表紙より
様々な歴史ものマンガを世界史上の背景とともに見ていく「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」。先史から始まった本書の長い旅は、28記事目にしてついに「現代」にたどり着きました。
といってもいきなり21世紀に跳ぶわけではなく、本書では20世紀、すなわち1901年以降を「現代」とカテゴライズしています。これは本書が準拠している山川出版社『新 もういちど読む山川世界史』がおおよそそのようにカテゴライズしており、これに倣ったからというのが直接的な理由なのですが、私は「近代」と「現代」を西暦1900年頃で分けることには、より実質的な理由があると思っています。その理由とは、20世紀初頭になって初めて現れた「世界大戦」という現象が、この私たちの時代を大きく特徴づけるものであるということです。この現象が姿を現したとき、「近代」という前時代は終わり、私たちの時代がやってきた。そんなことが言えるのではないか。そういうことを頭の片隅に置きながら、この最後の「現代」の章を進めていければと思います。
近代末を振り返りますと、この時代を規定したのは「帝国主義」です。欧米では私たちの生活にも似た豊かな消費生活が始まった一方で、この豊かな生活は、欧米各国が植民地化したアジア・アフリカ地域の苦しみの上に成り立っていました。これらの地域が産む資源を強制的に調達し、また自国が生産する製品をこれらの地域に強制的に購入させることで、自国の経済は豊かになる。ゆえに欧米列強は植民地の拡大に勤しんだわけですが、当然ながら地球上の土地は有限であり、20世紀初頭には、手つかずの土地は残り少なくなりつつありました。
そうなると、焦点は自国の植民地の拡大から、やがて他国の植民地の横取りや、そうした横取りを防ぐための列強同士の同盟関係の構築へと移っていきます。まずアフリカで、主に英仏が領土争いを行い武力衝突に発展(1898年)。一方東アジアでは、中国が日欧米によってケーキの如く切りわけられていく一方、ロシアが北方から侵入しこれに日・英・米が反対。この対立は日露戦争(1904年)を引き起こし、ここで金星をあげた日本は朝鮮・中国における支配領域を拡大します。
極東での対立が日本の勝利で一旦落ち着くと、次は中東での植民地拡大を狙ったドイツが警戒の対象になりました。既に多くの支配地を得ていた英・仏・露は同盟関係を締結(1907年)してドイツを抑え込もうとするのですが、国家の形成が遅れた(1871年にようやく成立。『ハイパーインフレーション』のページご参照。)がゆえに植民地を「持たざる国」であったドイツは、その突出した工業力をもって軍備をひたすら増強。強い軍事力を有し、かつ他国の支配領域の横取りをも辞さない国家の登場は、「持てる国」である多数派の列強らにとっては爆弾以外の何物でもなく、脅威となっていきます。そしてここに重なったのが、東欧におけるオーストリア(ドイツの同盟国です)とロシアの領域争いの激化。世界は「英・仏・露」側と「ドイツ・オーストリア」側に分かれていきながら勢力争いを激化させ、どんどんときな臭い情勢になっていくのです。
こんな微妙な、かつあまりクローズアップされない時代をピンポイントで切り取ったマンガが、黒井緑先生作『白い艦隊』です。「白い艦隊」(Great White Fleet)とは、1907年から1909年に世界周航を行ったアメリカ海軍大西洋艦隊の名称。本作は、まさにこの空前の世界一周を最初から最後まで描いた作品です。
そもそもなぜこのタイミングで、米国は時間とお金をかけてまでこの海軍艦隊による世界一周を試みたのか。これは当然物見遊山ではなくてでして、その念頭には実は日本の存在がありました。『片喰と黄金』のページで少し言及したように、西海岸までその領土を伸ばした米国は、やがて太平洋方面への植民地拡大に手を付けます。その一環がペリーの黒船来航であり、その後1897年にハワイを併合、1902年にはフィリピンを蹂躙しこれを属国化しますが、その矢先に起こったのが日露戦争における日本海軍の劇的な勝利と、日本の対外進出の進展でした。そこで日本を脅威と見定めた米国は、米国海軍の威信を示すために自国の大艦隊を日本に派遣してこれを見せつけ、さらに西進して世界周航を達成、その能力を示そうとしたのです。かつては米国の植民地候補として黒船が送り込まれた地に、約半世紀の時を経て、今度は米国のライバルとして「白船」が送り込まれていた。そう考えると、なかなかシンボリックな出来事ではないでしょうか。
そして、そんな旅を不思議なほど柔らかく、コミカルに描いてくれるのがこの作品の面白いところです。最初は全然ちゃんと整列できない艦隊たち、補給地点にあるはずなのにない石炭、訪問先の現地民と喧嘩になる船員、現地に溶け込んで帰ってこない船員、各地の生物を回収して動物園になっていく戦艦・・・どたばたドキュメンタリーとしてもおススメです。