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弾く人

自転車で歌いながら行くひとの声が背中を通り過ぎる。きんぎんすーなーご。
次はバイクの音。tell me you looove meee.
帰り道には歌うよね。わかるなあ。

夜、親元で壁際のソファに座ってぼんやりしていると、壁の向こうから行き過ぎる人の声が聞こえたりする。マンション暮らしではしない経験だから、最初は少し驚いた。
自転車が行き、バイクが行き、二人連れが行く。ダイヤル式のラジオのチューニングを合わせている時みたいに、きれぎれの音や声が近づいては遠ざかっていく。


「世界は出口とやらに向かっているようですが」と友人からの手紙に書いてある。出口か。
うかうかしているうちに、今年も半分近くが過ぎようとしている。
この二か月、仕事に行かなかったことだけは特別だが、日々の行動はさして変わらなかった気がする。親たちの食事的ライフラインを務めているから、常に自宅と親元を往復し、途中で食材を買う。スマホに溜まっていく歩数の記録も変わらないし、スーパーやらに行く回数は減らしたけれど、体力的な加重も変わらなかった。

しかしまあ出勤というのは、また別な体力を使うから、あまり変わらない変わらないと連呼するのはやめておこう。そのうち身をもって違いを理解することになるのだろう。

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変わったことと言えば、これまでよりも音楽を聴くようになった。
ネット上に自身のピアノ演奏を上げている人が、弾き始める前にこう呟く。
大丈夫、世界中の人が音楽の大切さに気づいたよ、この数ヶ月で、きっと。
始まりは3月末のツイッター。ヨーヨー・マの投稿した短い演奏に、脳内の閉じていた場所が目覚め、震え、そして安らいだ。音楽には、こんな力があるのか。自分もできることをしなくてはと思ったりした。

子どもの頃、ニューヨークで彼の演奏を聴いている。しかし記憶は音というより呼吸だ。
全身でチェロを弾く人の呼吸。
あの時ホールの前席で、奏者を間近にして感じた以上のことを、小さなスマホ画面からむさぼるように、吸い取るように得ているいま。
かつてジョギングの時に浄瑠璃を聞いていた変な人間はこの頃、窓辺でピアノを聞きながらストレッチをしたりする。心持ち若返ったようでもあり、年相応になったようでもある。いい風が入ってくる。


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