見出し画像

80年前のこと

交差点に黒い蝶が舞えば初夏。
彩度を上げた街路樹の梢に、その残影を懸命に追いかけるけれど、あっという間にどこかへ消えてしまう。

思わぬいきさつで、1940年から1945年に思いを馳せることになる。

当時、戦局が厳しくなり、軍はそれまで徴兵を免除されていた大学生の動員、出陣に傾く。陸軍から強く働きかけられた文部省は当初、大学生たちを守ろうとする。その時代に、大学で学べる若者がどれほどいたのだろう。おそらくはほんのひと握りの、能力と意欲、環境に恵まれた、未来を担うべき若いひとたち。彼らを戦地に送るまいとする大臣、役人たち。
戦局の由々しきとともに軍の圧力は増す。文部省は抗し難くなり、せめて理系の学生は除外を、という条件をつけて要求をのむ。しかし、いや軍医が要るだろう、それは叶わぬ、となる。それならばと特別な研究をする者は除くように、と抵抗は続く。
がやがてあの、雨の神宮壮行会に至る。

軍部だけでなく、世論全体も変容していったようだと、この話をしてくれた人は語った。

どうか戦の無いように。
若い人が死なず、老いた人が悲しまぬように。軍人や役人という名の、ふつうのひとたちがいのちの選別などせぬように。
役人だった祖父は石楠花が好きだった。石楠花がおわると、梅の実が円くなる。
旅立った蝶は無事に彼の地に着いたろうか。



この記事が参加している募集

いただいたサポートは災害義援金もしくはUNHCR、ユニセフにお送りします。