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[前編]瀬戸内の太陽で乾いた糸がつむぐ布-広島県/備後絣-

日本諸国テキスタイル物産店の広報紙「民ノ布」にてご紹介する「備後絣(びんごがすり)」は広島県福山市の伝統布です。
広島県の伝統的工芸品にも指定されている「備後絣」は江戸時代末期にうまれた絣(かすり)の一種。絣糸と呼ばれる、あらかじめ染めた糸を経糸や緯糸に使ってかすれたような素朴な柄を織り上げていくのが特徴です。
福岡の久留米絣や、愛媛の伊予絣とともに「日本三大絣」にも数えられる備後絣ですが、今回は昭和30年代から備後絣を手がける「森田織物」で二代目の森田和幸さんに、おはなしを伺いました。

絣をつくる「染め」と「織り」

民さん(以下/民)
このインタビューでは森田織物さんの生地や
会社の歴史についておはなしを伺っていきます。
どうぞよろしくお願いします。

森田和幸さん(以下/森田)
よろしくお願いします。


お話を伺うために工場へ来てみて
びっくりしたんですが、森田織物さんでは
糸をご自身で染めておられるんですね。
工場の横に、染めた糸がずらっと並んで
日向ぼっこしているように揺れていたのが
とても印象的でした。

森田織物の工場は、広島県福山市の住宅街の一角にある。

森田
そうですね。私たちの工場では自分たちの手で
天然染料で染め、天日干しした糸を使っています。
藍染、墨染、柿渋染の3種類の染め方があり
きょう干していたのは墨染の糸です。
こうやって先に染めた糸の組み合わせを変えて
柄を作り出すのが「絣」の特徴の一つです。


柄があるものは、糸の染め方を変えて
それぞれの柄を表現しているんでしょうか。

森田
はい。染める前に、糸を紐でくくって
部分的に染まらないところを作ることで
多様な柄を生み出します。
また、経糸と緯糸それぞれで
糸の色を変えることでも柄に変化を出します。

糸を染めるのは職人が手がけますが
天日干しの工程だけは「天気」次第。
雨が続くと、織りの工程にも影響が出ます。
でも、天日干しするからこそ、染めた色が
しっかりと糸になじんでくれるんです。
天気を読みながら、織りの準備をするのも
職人の経験が大事になってきます。


糸を準備するところから、すでに
「織り」が始まっているんですね。
森田さんは二代目とのことですが
染めも織りも先代から教わったんですか?

森田
はい。先代にあたる父が
森田織物を立ち上げたのは昭和30年代。
その頃、絣の生産量は備後絣が
日本で一番、多かったんだそうです。
全国シェアの7割を備後絣が占めていた。


そうなんですね!

森田
森田織物が創業したのは昭和38年で
当時は織元が270社ほどあったとか。
僕自身、生まれたときから
機の音を聴いて育ったくらい
地元に根付いた産業でした。
ですが、徐々に織元が減っていき
全盛期の30年後には5社だけに激減。
いまは私たちの工場ともう1社、
橘高兄弟商会さんの2社になりました。


いまでは備後絣の作り手も
少なくなってしまったんですね。
森田さんが家業を継いだのは?

森田
33歳のときでした。
継ぐ前は婦人服関連の仕事をしていて
父の病をきっかけに、備後絣を
残して伝えていく道を選びました。
染や織の技、染料の配合も
父から教わったことを守り続けています。
ですが、守り続けるだけではダメで
やっぱり、織りながら考え続けて
いろんな挑戦もしてきました。
糸の染め方も、先代は藍染と柿渋染の
2種だけでしたけど
僕の代から墨染も始めました。

寡黙な職人、森田さん。ひとつひとつ言葉を選びながら話してくださった。


「糸」の準備から手仕事が始まる


森田さんの手がける絣の生地は
柄ものもありますが、無地の生地も
種類がとても多いですよね。
無地の生地はシンプルでサラッとして
気軽に使えそうな印象でしたが
お話を伺っていると、無地でも
糸の準備から、染め、そして織りと
ものすごく手間のかかる工程を経て
生まれているんだなと、びっくりです。

森田
特別なことは何もしてないんですけど
毎日、同じことを続けているだけですよ。
よかったら、織りの工場も見てみますか?


お願いします!

外からも、カシャンカシャンと
リズミカルな機織りの音が聞こえていますね。

森田
私たちの工場で使うのは
旧式のシャトル織機、それも広幅です。
昔は着尺(きじゃく)といって
着物を仕立てるために幅が37cmほどで
当時は手織りもしていたそうですが、
広幅だと洋服も縫えるし、使い勝手がいい。


旧式で織ることにこだわる理由は
なんでしょうか?

森田
やっぱり旧式のシャトル織りで
仕上げると、風合いがイイんですね。
それが一番の理由です。
ゆっくりとした速さで織るので
やわらかい風合いに仕上がって
生地も丈夫。長く使うほどに
独特の風合いが出てきます。


糸を織機にセットするところも
見せていただきましたが、
織りたい柄に合わせて綜絖に
糸をセットしていくのも手作業で。
縞柄の場合は、経糸をセットした段階で
すでに「縞柄」が見えていますね。

シャトル織機に掛かっていた経糸。織る前から縞模様が見える。

森田
綜絖に通す経糸の数は、生地の密度や
糸の太さによって本数を変えるんですが、
広幅だと2,000本ほどありますし
途中で経糸の色を変える織りの場合は
その工程も色の数だけ増えていきます。
すべての工程が職人の手作業です。


すごい ...。
ちなみに森田織物の職人さんは
現在、何人ほどおられるんですか?

森田
5人です。
広幅の絣を織る工場は日本では
2社だけ、だそうです。
柄ものは、やっぱり手間がかかるし
その分、値段も上がりますから
メインで織るのは無地の生地です。


そうなんですね。お話を伺いながら
いろんな生地を見せていただきましたが
柄のデザインはどうやって決めていますか?

森田
「柄見本(がらみほん)」という
いろんな柄のサンプルが載った見本帳が
あるんですが、それを見て考えて
そのまま織るときもあれば
自分なりのアイデアを加えて
新しい柄を作ることもあります。

見せていただいた備後絣の「柄見本」。

また、糸の色の組み合わせだけではなく
糸そのものに加工をして
新しい生地を作ることもあって。
たとえば、ネップ糸といって
糸の「より方」を変えて、途中にデコボコした
ふくらみのある「節」を不規則に作った
糸を織りに使うと、機械織りなのに
手織りしたような素朴な風合いになります。
私たちの作る節織は、ネップ糸のより方も
オーダーメイドしていたり、
「糸」そのものにもこだわっています。


作り手による生地解説 前編 まとめ

家業を継いで20年以上という森田織物の
2代目、森田和幸さんのお話〈前編〉では
糸の染めから織りまで、いくつもの工程を
時間をかけて手がけている職人だからこそ
生み出せる、備後絣ならではの魅力を
教えていただきました。

シンプルで使い勝手のいい無地の生地から
備後絣の歴史を伝える伝統的な柄まで
受け継がれた確かな技で生み出す森田さん。
次の〈後編〉では、森田さんの生地をはじめ
備後絣のおもしろさに魅了されて
和布問屋を継いだ「番匠」の小林さんと
二人で備後絣の魅力を語っていただきます。

後編につづきます)



森田織物(広島県福山市)
取材日:2021年9月2日
取材・執筆:杉谷紗香(piknik/民ノ布編集室)
撮影:岩崎恵子(民ノ布編集室)



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