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【嘘日記】肥満が世界から消えたわけだが

世界から肥満が無くなって早数十年。

世界中で出生と共に投与が義務付けられた「生体コントロールナノマシン」の発明は、国民を完全管理化することで病気も犯罪も無くして人類を一段階進化させた。

そうして健康にひも付き、肥満は絶滅した。
ナノマシンがどれだけ食べても「必要量」だけ体内に栄養素を取り込むためである。(逆に餓死を止めることはできず貧困問題は無くなっていないがそれはまた別の話)

さて、肥満者という存在は現在ではネットのログで見ることしかない、絶滅種である。

昔の人からすれば羨ましいだろうが、そうでもない。

太らない。つまり太れない。
それは裏を返せば人類の形態の一つが完全に失われたこととなる。

なんの話かって?

話は「承認欲求」に移る。

今も昔も変わらず若者…いや、人々は承認欲求に苦しみ、溺れ、隷属している。

承認欲求が人を生かし、また殺していると言っても過言ではない。

欲求の満たし方は人それぞれだが、根底には「他者とは違う自分」がいる。

自分は他者とは違う。
特別なんだ。

それこそが承認欲求を満たす最大の栄養である。

さて昔とは違い、人体改造は容易になった。整形だけじゃない。身長も性別も年齢も肌の色も質感も筋肉量も何もかも好きに変化させることができる。

そのお陰で街には画一的な人間は存在せず、誰しもが特徴的で個性的で斬新で奇抜である。

こうして人類は承認欲求という呪縛から解き放たれたのだ!

と、思えたのもほんの数年。
すぐにまた人類は承認欲求という呪いにさいなまれる。

簡単な話だった。
個性的も奇抜も斬新も、溢れてしまえば画一的となったのだ。

身長が3mになろうが、その特徴を持つ人間が集まれば凡庸だ。
それは肌の色が真っ青でも、手が四本あろうとも、全身が半透明でも。

人類は自由を手にして一度は唯一無二を作り上げたが、その唯一無二すらも重複してしまったわけだ。

さぁどうしようか。誰しも悩んだ。
悩んで悩んで、誰かが思い出した。

人類にはまだ一つだけ形態が残されているじゃないか。

そう、「肥満」だ。

飢餓的状況でもないのに必要以上に体内に栄養素を溜め込み、醜く、寿命すら縮める、肥満。

その形態に人々は憧れた。

さっそくナノマシンのシステムをクラックするものが現れ、栄養制御のコントロールを停止させるコードを販売。コードは瞬く間に売れた。

こうして世界中で「肥満」が流行った。
世界のブームは今や「肥満体」だ。
太っているものが強い。太っているものが美しく、太っているものが尊敬されるのだ!


過去の人類よ羨ましがれ!
未来では「肥満」こそが愛されるべき形態なのだ!


……というのはもちろん長くは続かなかった。


ナノマシンのクラックなんてのは当然重罪で、それをわかった上で使用したものも同罪となる。

逮捕者は溢れ、刑務所は肥満体の人類で溢れた。
中には肥満体が集まったせいで湿度が上がり、刑務所の上空に雲が現れたなんて報告もある。

こうして「肥満ブーム」は完全に根絶した。

では人類はまた承認欲求の呪いに苦しめられるのか。
実はそうではない。

この事態を重く見た各国政府は生体コントロールナノマシンのヴァージョンアップデート法案を可決した。

それは以前から研究開発されていた「精神にこびりついた「欲求」という脂肪」を取り除くシステムである。

どの国も法案は可決され、早くとも来年には全人類のナノマシンが遠隔でアップデートされる。

これで人々から苦しみは完全に取り除かれるだろう。

肉体の苦痛を消し、そしてついに精神の苦痛も消す。

まさに楽園である。

ちなみに少数だが反対意見もある。

過去に行われた「前頭葉白質切截術」または「ロボトミー」という手術の結果と同効果を強制的に全人類に与えられるのではないかと危惧しているそうだ。

だがその意見もすぐに無くなるだろう。

反抗なんていう苦痛も消えるのだから。

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