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ゆきばんば

自分が暮らす宮城県石巻市は東北地方にありながら比較的、雪が少ないところだ。例年、雪かきが必要な積雪は1~2回ほど。雪国という勝手なイメージで遠くからやってくるお客さんが、「雪、ないんですね~」などと拍子抜けするのもよくあること。
福島も仙台も、岩手も雪が積もっていても、石巻は晴れていることが多い。その理由は、太平洋側にあること、東の端であること、北日本では珍しく南に海が広がっていることなどがあげられるだろう。


けれども、雪が降らないだけで、寒さは半端ないのだ。
白く輝く乾いた太陽と、骨身にこたえる吹きさらしの北風が石巻の冬の日常だ。高校時代、田んぼの真ん中で逆風に寒すぎて耐えられず、自転車を漕ぐのが嫌になって学校に戻ったこともあった。そんな土地だ。



それは、社会人になっても。何年前だったか。早朝の魚市場の取材だった。

北風に背中を向けて、耐える。
極地に立つペンギンのようだ。
「うー!」と声を出していないと、我慢ができない寒さ。

だんだんと手もかじかんで、震えてくる。手袋を忘れたのを後悔する。

肩にかけたカメラを握る右手の人差し指が勝手にシャッターを連射しそうな勢いだ。



待てど暮らせど、なかなか始まらない。

しばらく「うー!」が続く。一旦、車に戻りますかと、考えていたら、不思議なぐらい風が止まる。文字通り、「凪」(なぎ)という状態だ。


そのとき、雪のような白い小さな物体がふわふわと宙を待っている。震えが止まった右手をかざしてみると、小さな虫が指先にとまった。

そこが居場所のように、小さな羽をたたんで歩き回っている。


古里では「ゆきばんば」と呼ぶ、雪虫だった。


思い出は巡る。


子どものころ、所属していた小学校の野球チームは、市の大会で優勝するようなまずまずの強さだった。真冬も一生懸命に練習をした。


やはり凍えるような寒さの中、カチカチの固さの校庭を駆けた。


打撃は得意な方だったが、守備は苦手。ノックは嫌な練習だった。エラーをしたり、うまく送球ができなかったりすると、もう一回。それが何度も繰り返される。


チームメートが励ましてくれる。ありがたさと寒さ、少しの恥ずかしさで涙が出そうになった時、ファーストベース上の自分の周りにふわふわと、ゆきばんばが舞っていた。


やさしく飛ぶ姿に「がんばれ。がんばれ。」と励まされているようで、温かな気持ちになった。すると喉のつまりが取れて、「さあ来い!」と大きな声が出せた。


「ゆきばんばが多く飛んだら寒くなる」。子どもの頃によく聞いた言葉だ。今年はまだ見ていないということは、少しは暖かな冬になるのかな。


何だか県内も全国も不景気なことや、物騒な話題ばかりで、気が滅入りそうになる冬の始まりだけれど、寒いからこそ、暖かさも温かさもありがたくなると思いたい。


冬の香りがすると思い出す、やさしい思い出。

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