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京から旅へ / インド編

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各宗派のお寺さんと一緒に、お釈迦様の四大聖地(ルンビニ、ブッダガヤ、サルナート、クシナガル)を巡る旅。仏陀の生涯とインド事情もわかる体験ルポ。
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#釈尊

京から旅へ/インド仏跡巡礼(40・完)/サルナート④ダメーク大塔

ダメーク大塔は大きく、見る者を圧倒する。が、どこか愛らしい。 角度にもよるが、ヌーボーみ…

京から旅へ / インド編 インド仏跡巡礼(39)/サルナート④ 釈尊の“教え”四諦

前回、釈尊(ブッダ)は、「中道」こそ、聖者が選ぶべき道だと修行者達に、自らの実体験を踏まえ…

京から旅へ / インド編 インド仏跡巡礼(38)/サルナート③ 釈尊の“教え”中道

釈尊(ブッダ)、かく語りけり。と、前回の続きだが… 元々は紀元前463年に、古代インドの小国…

京から旅へ/インド仏跡巡礼(37)/サルナート②サルナート遺跡公園

サルナート遺跡公園は、緑が豊かな美しい場所である。 一万六千坪の広い公園の周囲には高木が…

京から旅へ/インド仏跡巡礼(36)サルナート①初転法輪の地

サルナートは“初転法輪の地”で有名な仏教四大聖地の一つである。 初転法輪(しょてんほうり…

京から旅へ / インド編 インド仏跡巡礼(34)聖地ベナレス③/ガトーの夜明け

ベナレスの朝は早い。朝5時、まだ空は暗く、ゾクっと、冷たい。 私は、聖なるガンガーで毎日…

京から旅へ / インド編 インド仏跡巡礼(33) 聖地ベナレス②バラモンと仏教

ベナレスは、Varanasiと書き、実際はワーラーナシーと呼ぶ。ベナレスは、英国が植民地時代に誤訳した呼び名だが、今でも日本の旅行社のパンフやネットの記入に、多く使われている。なので、ここでは、ベナレスの地名で話を進めたい。 ベナレスは「聖地」として、3000年以上の歴史を有している。 当時のインドはバラモン教が、強い影響力をもっていた時代だ。バラモンとは司祭階級を指すが、バラモン教は、紀元前1500年頃から、インドを侵略し始めたアーリア人が、先住民を支配する中で創出した宗

京から旅へ/インド仏跡巡礼(31)スジャータ村、ナイランジャナー河

釈尊(ブッダ)が悟りを開いた菩提樹の何代目かとお別れをした後、 バスは、あの“スジャータ”…

京から旅へ/インド仏跡巡礼(30)ブッダガヤ「マハーポデ寺院」②

大塔を見上げながら何枚もシャッターを切る。 ドピーカンの空を背景に、ド迫力の塔が、画面一…

京から旅へ / インド編 インド仏跡巡礼(29)ブッダガヤ「マハーボデ寺院」①

かつて、釈尊(悟る前は、ゴーダマ・シッダルータ)は、釈迦族の王子として、冬、夏、雨季と季節…

京から旅へ / インド編 インド仏跡巡礼(28)ブッダガヤへの道

「ナーランダ大学」からブッダガヤまでは、約80kmの行程だ。ずうっと悪路を長い距離、走り続け…

インド仏跡巡礼(27)ナーランダ大学

釈尊(ブッダ)、晩年の修行の地「ラージギル」の中でも、有名な 聖地を一通り観て、ホテルに戻…

京から旅へ/インド仏跡巡礼(26)ラージギル/王の因果②牢獄跡地

釈尊(ブッダ)とビンビサーラ王の、もう一つの因果な物語。 「王舎城の悲劇」と呼ばれる、この…

京から旅へ / インド編 インド仏跡巡礼(25)ラージギル/王の因果①竹林精舎

霊鷲山から西へ走り、さらに北へ上ると「竹林精舎」へ着く竹林精舎は、マガタ国のビンビサーラ王が、釈尊(ブッダ)の在家信者となって建立した、世界初の仏教寺院である。 霊鷲山から竹林精舎までは、車で10分程の距離だが、途中には、同じ、ビンビサーラ王が晩年、息子のアジャータシャトル王に幽閉され餓死した,牢獄の跡地がある。 牢獄跡地はマガタ国の首都・王舎城跡(ラージギル)の中心にあり、城外東の霊鷲山、北の竹林精舎と結べば、ほぼ直角で三角となる。 この狭いエリアに、仏教に帰依し、仏教の