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リティク・ローシャンを知らなかった男の懺悔-インド映画『WAR ウォー!!』感想文

無知は罪ではない。知ろうとする意志のないことが罪なのだ。俺はずっとそう思って生きてきた。
だが今回、無知こそが恐れ多き大罪であることを知る。なぜなら俺はインドの俳優、リティク・ローシャンを知らなかったのだからだ。

ああ、リティク。リティク・ローシャン。その名を口にする度に心臓がピアノを打鍵するが如く跳ね上がり、地中深く眠る宝石のような瞳を見つめる度に体温はティファールの瞬間湯沸かし沸騰器だ。
かつてジュリエットは「ロミオはどうしてロミオなの?」と嘆いてみせた。暴力映画を好み、人の鎖骨を手刀でかち割るシーンに一喜一憂する世俗に疎い俺はあまりジュリエットの気持ちが理解できなかった。だがこうしてリティクと出会い、あの翡翠色の瞳を見つめた今ならジュリエットの気持ちがわかる。
ああ、リティクはどうしてリティクなの?どうして、イマイチなにで稼いでいるかわからないけど羽振りが良くて会う度にかっぱ寿司に連れてってくれる独身で色っぽい親戚のおじさんじゃないの?どうして?

それはリティクがリティク・ローシャンだからだ。わかっている。彼の暮らす国はインドで、俺は日本。彼はインドのウルトラスーパースターだが、俺はインターネットの片隅でパルプ小説と暴力映画の感想をたれ流す暴力怪人。あまりにも身分が違いすぎる。
人は強く求めながらも決して手に入らないものをいつしか存在そのも否定することで精神の均衡を保とうとするのだ。存在しなければ、求めることなどないのだから。
しかし、ジュリエットも俺も、星に手を伸ばすが如く求めるのを決して止めない。何故ならどうしても惹かれてしまうからだ。ロミオも、リティク・ローシャンも。大地に根を張る万有引力が如く。地球に惹かれながらも決して触れることがない月が如く。俺は、500年前の少女の想いを、リティク・ローシャンを通じて理解した。

そんな自分とリティクの出会いは梅雨が開け、青空広がる8月1日。『WAR ウォー!!』という名のインド映画を見るために川崎の地に足を踏み入れた。
『WAR ウォー!!』……まずタイトルが『ウォー!!』なので100%面白いと思った。さらに自分はすでに『タイガー・バレット』を視聴済みなので、主演の一人に名を連ねるタイガー・シュロフが最高の格闘アクションスターであることを知っていた。キレキレの格闘に、彫刻じみた肉体。神話じみた強さ。甘いマスク。まさに次世代アクションスターに恥じぬ風格。
もはや、この映画が面白いことは疑いようはない。何故ならタイガー・シュロフがいるのだから。そう思いながら大きな背もたれにもたれかかった。
だが、チネチッタのデカいスクリーンに映されたのは翡翠色の瞳。無精髭に覆われた口元。そして鼓膜を震わせる蠱惑するような声音。
そう、リティク・ローシャンである。
それを見た瞬間、脳がある絶対的な解を導き出した。「この男は顔がいい」と。
まだ断片的にしか映されぬリティク・ローシャンであるが、その色香は人を奈落の底へ落とすに十分な威力を発揮していた。
そして告げられる衝撃の真実……

……カビールが裏切った。

ああ。
なんてことだ。嘘だろ? あのカビールが……。
あの素敵な瞳とお鬚とお口を持つあのカビールが、裏切るはずなんて。
断言するが、俺はその時リティク=カビールのことを何も知らない。顔もまだ見ていない。だが断片的に写される圧倒的な顔の良さによる未知の衝撃に、脳が存在しない過去を捏造しはじめていた。
そのため、まるで親戚の色っぽい独身のおじさんが俺を裏切ったかのような衝撃がこの身を貫く。
そしてその衝撃はやがてあるキャラクターとシンクロしてゆく。そう、タイガー・シュロフ演じる主人公の一人、ハーリドだ。
ハーリドはインド諜報機関RAWのエージェントで、カビールから直々に鍛えられた存在。つまりは俺である。
そんなハーリドはカビールを尊敬してやまない。いや、なんなら愛していると言っても過言ではない。故に、カビールが裏切られたときはこの身が引き裂かれるかのような衝撃だったはずだ。
裏切者であるカビールを殺す任務を負ったハーリドは、カビールの写った写真を切なげに見つめる。やがて時はカビールの出会いまで遡る……。

さて、これまでリティクの顔の良さと、それにとって引き起こされる現象について語ってきた。故に、これより語ることもリティクの顔の良さによって引き起こされる現象である。
それは、リティク・ローシャンがヘリから降りるシーンだった。特別なものはなにもない。アイアンマンの如く片膝で着地するわけでもない。ただリティクが着地したヘリから降り立ち、カバンを背負いなおし、サングラスを外す。それだけのシーン。だが、それは映画史に残る名シーンとなった。何故なら顔がいいからだ。冗談を言っているわけではない。本当に顔がいい、その一点突破のみでこの世のあらゆるシーンを置き去りにしたのだ。
過去にそんなことがあっただろうか。少なくとも自分には経験がない。
そんなリティクを見つめるタイガーの濡れた瞳。この瞬間、俺は完全にタイガー・シュロフと感情をシンクロさせていた。
ちなみにそのシーンは今まで断片的にしか顔を見せていなかったリティク・ローシャンがはじめてそのご尊顔をお披露目するシーンでもある。すなわち、監督は意図的にリティク・ローシャンの顔によって生じる爆発的突破力を利用したのだ。
そのシーンは公式によってYouTubeに「Hrithik Roshan - Entry Scene」としてアップロードされている。これは公式もそのシーンが名シーンになったという自負によるものだろう。ふかしではないのだ。過激で大げさな表現でもない。恐らく『WAR ウォー!!』を見た多くの人間が名シーンの一つにHrithik Roshan - Entry Sceneを挙げるだろう。
それが『WAR ウォー!!』なのだ。

そこからはじまるリティクとタイガーの輝かしい日々。
そこで完全に気が付いた。これは顔のいい男と顔のいい男のブロマンス映画なのだと。
世の中にはアジアを中心に熱いブロマンス映画が数多く存在する。偽りの中の真実の絆の物語である『新しき世界』や、師匠と弟子の愛と再起の物語『激戦 ハート・オブ・ファイト』。顔のいいヤンデレのゲイのニコラス・ツェーが顔のいい元上司のアンディ・ラウを追い詰める『新少林寺』(これに関してはほぼBL)など、好きなブロマンス映画は枚挙にいとまがない。
タイガーはリティクのことを愛しているし、リティクはタイガーのことをとても大切に思っている。
特にタイガーのリティクへの入れ込みっぷりは相当で、前述のヘリのシーンでの景気のいい一目惚れぶりっぷりはもちろん。様々なシーンでリティクLOVEっぷりを披露している。
特に好きなのがリティクが悪の敵に一方的に殴られるシーンだ。
先ほども述べたが自分はタイガー・バレットを見ている。全裸で拷問を受け何度も棒でしばかれた後「これが拷問か?」とケロリとした顔を見せ、生身でヘリを落とす異常な強さを見せたタイガー・シュロフ。
そんな男がリティクが殴られる姿を見て「ふえぇ」と顔を歪ませるシーンは流石に「女の子みたいだね」と思った。
まさか、タイガー・シュロフの活躍を見るために見た『WAR ウォー!!』でこのような感情を抱くことになるとは思わなかった。だが真実である。
それもこれも全てリティクの圧倒的な顔の良さによるものだろう。俺は一体なにを見せられているのだろうか。そんなことを思わないこともないが、顔が良いので気にならなかった。

無論、本作には顔が良い以外にも素晴らしい点は存在する。その最たる点はアクションだろう。
いつものインドの豪快なアクション演出は控えめにし、香港の格闘アクション演出とハリウッドアクションの質感を交えユニバーサルを意識したようなハイブリッドアクションとなっている。
特に格闘アクション映画を趣味とする者としては冒頭の長回しアクションについて語りたいことは沢山ある。問題は、それすらも顔が良いという要素によってブースト加点されてしまうことだろう。
当然、リティクとタイガーはメインキャストなのでほぼ全てのシーンにでずっぱりなのだ。つまり出るたびにマリオの無限UPが如く点数が加点されていく。
故に作品に粗があろうとも「まあ顔がいいしな」と気にならないし、良いシーンがあれば「しかも顔がいい!」とポイント倍点。ある種の完璧な映画である。
この世の中には『BTTF』や『続・夕陽のガンマン』など完璧な映画は確かに存在するが、これほどいびつな形で成立してしまっている「完璧な映画」は『WAR ウォー!!』くらいだろう。

自分はリティク・ローシャンに熱を上げてしまったという自覚がある。つまり、これはリティク・ローシャンの熱にあてられた信用のならない感想文なのだ。もしかしたら、リティク・ローシャンを見ても全くときめかない人(そんな人いる??????)が見たら実はそこまで加点されない映画かもしれない。でもまあ、ほとんどの人がリティク・ローシャンに熱をあげるので多分大丈夫。そんな映画だ。
『WAR ウォー!!』は自分がリティク・ローシャンを知らない罪深き男であるということを突きつけられた映画だったが、同時にリティク・ローシャンを知らない罪を禊いでくれる映画でもある。
先述した通り粗が無いわけではないのだが、顔のいい人が好きな人やブロマンス映画が好きな人には必見の映画だ。
少なくとも、自分は今日もJai Jai Shivshankarのステップを踏んでいる。

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