カレー屋さんと私 〜愛しきネパール人らしきお兄さん〜
週に一度行くか行かないかくらいのスーパーがある。
ある日、そのスーパーにお弁当を買いに行ったら、外でカレーを売っているネパール人らしきお兄さんがいた。
少したどたどしい日本語で、一生懸命呼び込みをしている。
頑張ってるなぁ。
なんか、応援したい、と思った。
ちょうどお弁当を買いに来たところだったし、お店のカレー、たまには食べたいし。
だけど、お値段はどのくらいなんだろう。
こういうのって、けっこうお高かったりするんだよなぁ。
値段を確認しに行って、もし高かったら断りづらくなっちゃうし…。
というわけで、一緒に買い物に来ていた娘に、
「カレー屋さんの前をさりげなく素通りして、値段を見てきて」
と司令を出した。
娘は笑いながら快諾してくれ、カレー屋さん方面へ歩き出した。
私は他人のフリをして、店内をうろついていると、ミッションをやり遂げた娘が、
「カレー、800円だったと思う。あと、ナンもあった」
と報告してくれた。
カレー800円かぁ。
まあ、ギリ許容範囲だな。
普段のお昼代に比べればかなりお高めだが、たまにはいいだろう(ちなみに普段のお昼ごはんは、自分の作ったお弁当か前日の残り物か納豆ご飯である)。
私も娘も、あの一生懸命なネパール人らしきお兄さんを応援したい気持ちになっていたため、購入することに決めた。
娘といそいそとカレー屋さんへ行くと、何種類かの本格的なカレーとナンが売っていた。
ナンは別売りで300円だった。
思っていたよりお高かったが、本格的なカレーにはやはりナンだろう、というわけでナンも購入した。
ネパール人らしきお兄さんは、家でのおいしい食べ方を教えてくれたあと、大きな声で「ありがとうございましたぁ」と言ってくれた。
娘と私は、お兄さんを応援できた満足感もあり、るんるん♪と帰宅した。
カレーはおいしかった。
カレー容器に貼られていた店舗情報のシールに目をやると、あのスーパーから車で1時間ほどかかるところから来ていたのだということがわかった。
そっかぁ、食べに行くには少し遠いなぁ。
近所ならよかったのにな。
と、思ったところで私はふと気づいた。
私は、カレーも食べたいけれど、あのネパール人らしきお兄さんを応援したい気持ちがあったから、店舗を調べた。
でも、この応援したい気持ちって、なんだ?
もし、あそこに立っていたのが日本人だったら、きっとこんな感情は抱かなかった。
ネパール人らしきお兄さんがたどたどしい日本語で頑張っていたから、応援したくなった。
ネパール人らしきお兄さんだったから?
私はひょっとして、彼のことを自分より大変そうな人として見ていなかったか?
そこに偏見はまったくなかったか?
じゃあ、白人のお兄さんだったら?
黒人のお兄さんだったら?
一瞬の間に、さまざまなシチュエーションを妄想した。
うん。
白人のお兄さんでも、黒人のお兄さんでも、たどたどしい日本語で一生懸命頑張っていたら、きっと同じ気持ちになる。
異国の田舎で頑張っている方を応援したくなる気持ちは、これはおそらく差別ではないだろう。
……。
……うーん。
いや、そんな大層な話じゃないな。
単純に、あのネパール人らしきお兄さんから滲み出るいい人オーラと、たどたどしい日本語が不器用そうに見えたから応援したくなっただけだ。
それだけのことだ。
それからしばらくして。
週に一度行くか行かないかくらいのスーパーに行った。
するとそこには、あのネパール人らしきお兄さんがまた呼び込みをしていた。
あれ?またいる。
と思った。
あの日だけのスペシャルではなかったんだ、と少しがっかりしている自分に気づいた。
あれ?
私はあのお兄さんを応援したかったのではなかったのかい?
なぜがっかりしているの?
なんだか、モヤモヤしてしまった。
それからまたしばらくして。
その例のスーパーに行ったら、また例のお兄さんがいた。
ちょっと待て。
お兄さん、なぜいるのだ。
車で1時間はかかるのに。
私がこのスーパーにやって来る頻度から考えるに、このお兄さんはきっと、もっとここに来てるんじゃないのか?
なんだか、このスーパーの前で売っている姿も、景色に馴染んできているように見えなくもないぞ。
数回お兄さんを見かけて気づいた。
あの時感じた、あのモヤモヤ。
私の中で、お兄さんの応援はあの日で完結していたのだ。
お店も遠いから通えそうにないし、私にできることはできた、と思っていたのに。
お兄さんは再び私の前に現れた。
続編があったことで、あの日のスペシャル感(たまたま出会えたネパール人らしきお兄さんの本格カレーを買えた満足感、異国の田舎で頑張るいい人そうなお兄さんを応援できた満足感)が、霞んでしまったのだ。
しかも応援できるチャンスが巡ってきたのに応援できなかった。
値段のせいで。
カレー800円+ナン300円=1,100円は、大学生と高校生を抱える節約主婦には、ハードルの高い値段なのだ。
あの時も、まあギリ許容範囲だな、な感じで買ったから、しょっちゅうは買えない。
応援したいって思ったくせに、応援できない自分に、モヤっとしたのだと思う。
自分の残念な部分が、ひょっこり顔を出したから、モヤモヤしたのだろう。
すまない、お兄さん。
めっちゃカレーが食べたくなって、お金少々使ってもいいや!って気分の日が来たら、また買いに来るから。
そんな主婦が今日も現れるように祈っておくから!
だから、ごめんよ!
と、心の中で叫びながら自分の残念な部分に蓋をして、すました顔でカートを押した。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?