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『さよなら、SR』 〜人生万景〜


『ヤマハが生産終了を相次いで発表 40年のロングセラー車種も』

何も知らない芋野郎だった僕は、Kawasakiのバイク専門店でなぜかこのヤマハのSRを注文し、購入しました。22歳くらいだったと思います。二輪の免許を取るために通う学校みたいなところの近くにたまたまそのKawasakiのバイク屋があり、これも縁だと信じ込み、初訪問でそのまま注文しました。そのときの担当者の方から「うちはKawasaki専門だからヤマハのバイクはヤマハで買ったほうが安いだろうしアフターケアもいいんじゃないのかな」とは言ってもらえなかったので、当時の僕にはそういうことはわかりませんでした。




もうかなり前のことなので忘れてしまいましたが、手で何かをしながら、足でタイミングよく何かを強く蹴る、そんなことをしないと点かないエンジンでした。そこが気に入れば愛着がわきますよ、ということでした。

新車で購入したのですが、座るところを変えたり、ボディの何かしらをオススメされるがままに改造していくと、総額70万円くらいになりました。それだけの金額に見合う格好良さにはなって、そのバイクは僕の前に現れました。

納車の日は夕方だったのでそのまま家まで乗って帰るだけにしました。家に着くまでに何度かエンストしたと思います。その都度、道の端までバイクを押して、何度も蹴って、蹴って、エンジンをかけ直しました。いい思い出です。

まだ慣れていない時期に、SRを秩父まで走らせることにしました。秩父が遠いことは知ってはいましたが、どれくらい遠いのかは実は判っておらず、とりあえず都内から遠くて一番近い場所は秩父だと思っていたので、遠出=とりあえず秩父、になりました。所沢あたりで、あれ? 遠くない? と思いはじめ、飯能あたりで、これやばいやつじゃ! と判りました。帰りのことを考えると引き返すべきなのでは、と不安になりはじめたときに、トラックばかりが走っていた大きな交差点でエンストしてしまいました。右折しようと交差点のど真ん中で待っていてそれが起きたのでもう大変です。船が吠えるような重たいクラクションが何度も背中にぶつかってきました。エンストしているので右折もなにも、手押ししないと動きません。まだ素人SRマスターなのですぐにエンジンもかけられません。エンジンをかけるにはスタンドを立ててバイクが自立する状態にしないといけないので交差点のど真ん中ではそれはできません。玄人SRマスターの人ならそれでも一瞬で自立させエンジンをかけ直すことができるのかもしれませんが、僕は素人SRマスターです。素人をマスターしてしまっていますのでもうどうしようもありません。それでもなんとかしようとしたのがよくなかったのか、整備の問題なのかは判りませんが、まさかのクラッチが緩んでしまい、クラッチが全く使い物にならなくなってしまいました。もう引き返すもなにもできなくなってしまいました。今みたいにiPhoneで近くのバイク屋をAIの女性が簡単に教えてくれるようなハイテクな時代でもなかったですし、通ってきた道でバイク屋を見かけた覚えもなかったので、もう『終わったわ。。』でした。ちなみに僕の『終わったわ。。ランキング』では、このときの『終わったわ。。』は第12位にランキングされています。

とりあえず、頼れる人はKawasakiのバイク屋の担当者しかないので、そこに電話をしました。すると、「場所が場所なだけにすぐに駆けつけることはできませんがいまからそっちに僕がバイクで向かって直します!」と言ってくださいました。それは申し訳ないので、乙女座で普通科出身の僕にできることがあればこのまま電話を繋いだ状態でご指示をいただきクラッチを復活させたいです、とお伝えすると、僕が持っていた工具でなんとかなるような希望をくださいました。言われた通りにあれこれすると、なんとか使い物になるクラッチに仕上げることができました。とりあえずは何とか動ける状態になりました。が、こうなってしまった以上、秩父はもう目指せません。こわすぎます。新車なのにこんなことが起きるなんて、とバイクが急に馬のような生き物に見えてきました。いまの俺には乗りこなせんわこれはまじで……ドラクエみたいにまずは家の近くでウロチョロして経験値を貯める必要がある、と当時の僕は悟りました。

本能寺に行き先を変更した当時の明智光秀になりきり、僕は飯能から都内にあるKawasakiのお店に行き先を変更しました。火をつけるためではありません。むしろ、飯能まで駆けつけてくれそうになった心意気に対してのお礼を言いにいくためです。いい奴バージョンの明智光秀です。

本当にゆっくり、本当にゆっくり飯能から都内に戻りました。都内のKawasakiのお店に到着して担当者の方の顔を見たとき、僕は安心してちょっと泣きそうになりました。
もうバイクはいいや、とそのとき思いました。


それから少しは乗りました。でも本当に少しです。その少しの中に、スーパーで買い物しようとSRをとめようとしたときにバランスを崩してしまい横倒しにしてしまったことがありました。横倒しなったときに、横におじさんが自転車をとめようとしていて、そのおじさんも巻き込んでしまいました。エンジンは切った状態でそれが起きたので、転けた拍子にアクセルまわしてしまったりと変なことは起きませんでしたが、バイクですからものすごく重たいので、僕もそのおじさんも、いたたたたた!   となりました。とんでもないことになってしまったと思いました。幸い、おじさんも僕も怪我はありませんでした。が、バイクのエンジンがかからなくなり、帰るにも帰れなくなってしまいました。何度も蹴ったのですがエンジンは点きませんでした。それを遠目で見ていた外国人のファミリーがいたのですが、その(イギリス人っぽい)お父さんが外国語で「昔俺もそんなの乗ってたから俺にかしてみろ、点けてやる」みたいなニュアンスで話しかけてきました。なんだか胸騒ぎがしたのですが、素人SRマスターの僕としてはもう手を尽くしてしまったのでこの外国人に任せるしかありませんでした。もしかしたらバイクの神様かもしれませんし。片足をペダルに置いて、片足で地面を蹴って助走をつけてから自転車に乗るおばちゃんいるじゃないですか?   それでエンジンをかけようとしだしました。え?   うそ?   いけんいけん!   そういうのじゃないです!   と叫びながらスーパーの駐車場内でその外国人を追いかけました。その外国人のお父さんの子供が「ダディーナイスっ!   ダディーナイスっ!」とお父さんに向かって叫んでいて、僕はそのナイスなのかしらないけどそのダディーを追いかけてやめさせた、という思い出があります。外国人にやめさせて、外国人から取り返しました。それから、とぼとぼとバイクを押して家まで帰ったのを憶えています。


それから、なんだかもうミッションはこわいな、ボタン一つでエンジンが点くのがいいな、と思い、購入したKawasakiのお店で手放すことにしました。200kmも走っていませんでした。もしかしたら150kmも走っていなかったかもしれません。それに改造もしています。ものすごく良い状態です。Kawasakiの担当者の方は、もったいないから、と何度も僕に売却しないよう説得してくれました。乗るのがこわいなら当分は毎週末一緒にツーリングしましょう、というご提案もいただきました。それでも僕の意思は強く、もう決めたことなんで、とシリアスな主人公ぶって判を押しました。Kawasakiの担当者の方は、初めてのバイクにSRをオススメしてしまったことを後悔されたようで、何度も謝られました。もしかしたらいまでも後悔されているかもしれません。そうだとしたら申し訳ないです。悪いのは僕です。知ったげにSRにした僕の責任です。
総額70万円くらいで購入しましたが、売却したときには確か23万円とかそういう金額だったと思います。なんだかものすごく虚しい気持ちになりました。何か形にしないと、となぜか僕はヴィトンのバックを買いました。そんなもの使わないのに、なぜか形にしないと、と思い、新宿の高島屋でそれを買いました。買って、家にそれを持って帰って、家で箱から出して手に取ったときに、なんだか泣けてきました。なんでこれ??   と笑けてきました。
そのヴィトンのバックはいまでも持っています。家のどこかにあるはずです。もう10年以上目にしていませんが、どこかにあると思います。目にしたくないので家のどこかに押し込んでいるのもあります。今日、このニュースを見て思い出しました。家のどこかにあるだろうヴィトンのバックは、SRの形見として、思い出の形としてこれからも手元に置いておこうと思います。それから、今日からそのヴィトンのバックには名前をつけようと思います。おそらくカワサキになると思いますが。

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ちなみに、Kawasakiのそのバイク屋で、ヤマハのビッグスクーターも購入しました。
そのときも「うちはKawasaki専門だからヤマハのバイクはヤマハで買ったほうが安いだろうしアフターケアもいいんじゃないのかな」とは言ってもらえませんでした。
「Kawasakiであえてヤマハを買う」
矢沢永吉や本田圭佑が言い出しそうなのでそれよりも先に僕が叫ぼうと思います

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