キタキツネに出会ったお話_①
目を閉じる。
これが基本動作。
目を凝らすのではなく、耳を澄ますことが、森で野生動物を探すときの自分なりのコツだ。
目を閉じると、その場で自分がぽっかりと浮かび上がったように錯覚する。自分と外界との間に、20cmほどの緩衝帯が生まれたように感じるのだ。そのままじっとしていると、その緩衝帯の外の音が束になって、しかし不思議と個別に、耳に入ってくる。
音が耳に入ってくると無意識に、知っている音が切り分けられていく。これは風が梢を揺らす音。これは、センダイムシクイのさえずり。これは、アカゲラが硬い木の幹を試しに叩いている音。スーッ、フーッ。音が分かれていくと、いつも4つめか5つめくらいに、自分の呼吸音が聞こえてくる。
自分の周囲の音についておおよその整理が終わると、はじめてイレギュラーな音が聞こえてくる。普段は気にも留めない雑音だが、音の仕分けをした後ではむしろ目立って聞こえる。遠くの方で風に煽られた古枝が、林床にぽさ、と落ちる音。はるか彼方から、しかしはっきりと聞こえるハシボソガラスのガーという鳴き声。
そして、それは聞こえてきた。
つつつ、さ。
つ、つつつ、さら。
今年生まれのキタキツネの子どもが、興味にまかせて巣の周りを探検する音だ。
昨冬に枯れたクマイザサの葉が擦れる音が続き、仔ギツネが立ち止まると葉が微かに揺れる音がして、そのままピタリと静かになる。
目を開けて足音の方を見やると、目があった。
その個体は、仔ギツネと呼ぶにはもう既に
あまりにたくましく、美しかった。
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