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思っても言っちゃいけない?

2008年9月「天野祐吉のあんころじい

昔、あるワイドショーに、コメンテーターとして出ていたときのことだ。
ある大臣の、黒人に対する差別発言モンダイが話題になった。
たしかにそれはひどい発言で、大臣ともあろうものがそんな発言をして許されるはずはない。
「困ったもんだ」ということで話は決着したのだが、最後に、キャスターの女性がこう言った。
「そんなこと、思っても言っちゃいけませんよね」
で、ぼくは思わず口をはさんでしまった。
「いや、違う」
「え?どうしてですか?」と、女性キャスター。
「思っても言っちゃいけないんじゃない。思ってもいけないんです」
女性キャスターはきょとんとして次の話題に話を進めてしまったのだが、そのときぼくが言いたかったのは、こういうことだ。
心の中で差別をしていても、それを口に出さなければいいってもんじゃない。
口には出さなくても、そういう差別の意識を持っていること自体がいけないのだ。
そういうぼくの中にも、さまざまな差別意識がひそんでいる。大半は子どものころに刷り込まれた差別意識である。
だから、ひとのことは言えないのだが、ぼくの場合、そういう意識がひょいと顔を出したときは、それを地面に吐き出して、ペッペッペッとツバひっかけて、靴の底でギュウギュウ踏みつけて、なんとか抹殺しようと努めてきた。
そういうことをせずに、口にさえ出さなければいいなんていうのは、とんでもない話だ。
こんな昔のことを思い出したのは、中山さんという国交省の大臣の失言(放言)のせいである。
この人の場合、ああいうことを思うだけで、口にさえしなければよかったんだろうか。
違う。
何を考えていようと、基本的にはその人の自由だが、少なくともそういう人は、大臣になってはいけない。
言い方を変えれば、そういう人を大臣にしてはいけない。
あの人の場合、ああいう人であることは、だれもが事前にわかっていた。
それを承知の上で麻生さんはあの人を大臣にしたんだから、これは中山さんのモンダイではなく、100%麻生さんのモンダイである。
「大臣になったら、口を慎しむと思っていた」と麻生さんは言っていたが、それは「思っても口にしなければいい」というのと同じである。本当にそうか。それでいいのか。
なにかが、根っこのよころから間違っている。腐っている。


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