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深夜2時のハニー・ホットミルク

タイトルはなんてことない、現在のわたしの状況だ。深夜に目が覚めて眠れなくなったわたしはそのまま起きて一杯のハニー・ホットミルクを作り、今この文章を打っている。ベルリン、2月9日、深夜2時23分。深夜2時。人が一番死ぬ時間帯だ、って言ってたのは誰だっけ?

ベルリンに来てから、わたしは一人のひとに恋をしている。幸運にもその相手とは連絡を普段から取り合い、色々なことを話せる間柄になった。親友、あるいは家族のように。
それと同時に、不幸にも今のわたしには色々なことを直接話せる相手がその人しかいない。悲しいかな、そのことに「独りで」気が付いたわたしは相手に負担をかけまいと「独りで」勝手に相手への関係をセーブし、結果疑心暗鬼、自己嫌悪という負のループに陥ってしまっている。

ばかだなあ、

くるくるとハニー・ホットミルクをかき混ぜる。口に含むと、滑らかなミルクの間に蜂蜜の柔らかい甘さが広がる。使ったのはオレンジの花から取れた蜂蜜。すっきりとした甘さと後味で、本当に少しだけオレンジの味がする、気がする。

ぼんやりとしながら、寂しさには耐えられなくて日本にいる親友とラインをする。向こうはお昼前でちょうど起きていたみたい。こういう時、時差があってよかったなと思う。どうやらインフルエンザにかかったことが判明した直後らしい。自分のタイミングの悪さに申し訳ないけれど笑ってしまった。
仲良くなってちょうど一年くらいだけど、彼には家族みたいに何でも話せてしまう。お兄ちゃんみたいな存在である。
わたしには本当の兄はいない。代わりに弟が二人いる。けれど彼らとは長い間もう連絡を取り合っていない。
わたしは家族との関係を、自ら絶ってしまっている。
長い間、「先生の娘」であり「お寺のお嬢さん」であり「優等生」であったわたしは、ある時からそれを演じていたことに「独りで」気が付いて、「独りで」傷ついて、勝手に彼らと関係を絶った。
こんなことをここで告白してどうするのか、わたしにもわからない。でもそれは事実だし、してしまったことは変えられない。受け入れるしかないだろう。
結果、確固とした拠り所がないままわたしはこの10年と少しを生きてきた。大学生生活の後半から、今まで。
非常にぐらぐらしていたと思う。わたしは本気になることを辞め、ただ流れにながされて漂い、その場の空気に従っていただけだった。流れるプールにいるみたいに、ただうっかりと浮かんでいた。それはとても楽ちんだった。問題はそれに自分が疲れたことに気付かず、浮かび続けてしまったことだろう。そのためにわたしは度々疲弊して、会社の朝礼で倒れたり、虚勢を張ったり、下手くそに我慢などを繰り返してしまったのだ。
流れるプールでそっと底に足をついてみた今、それがよくわかる。

ばかだなあ。

流れるプールは、思ったよりも底が浅かった。そしてその流れは決して身をずっと預けていられるほど急ではなかった。それから、わたしは同じところをループしていたと思っていたのだけれど、それは違ったみたい。プールは循環していなくて、結構遠いところまで来てしまったようだ。身体にあたる水流は穏やかで、心地よい。少しだけ冷たい。
後ろをふりかえってみる。最後にきちんと見た景色から、随分変わってしまっている。
前を見てみる。水が流れてゆく先は、どこに繋がっているのかわからない。果てしなく流れるプール。そもそもプールなのだろうか。もしかしたらただの川なのかも。水流は少しだけ弱まった気がする。

からん、とスプーンがカップに当たる音で我にかえる。

ここはベルリンで、今は2月9日の深夜3時になったところ。大丈夫、わたしも時間も、今は勝手に流れていない。
ハニー・ホットミルクは飲み終えてしまった。
そう、このホットミルクに使った蜂蜜は、好きなひとから大晦日に会った時にもらった。オレンジの味がする、すっきりした蜂蜜。わたしは本当に随分この人に助けられているなあ、と思う。その人の顔を思い出して、温かさを思い出して、頰が緩む。あくびが出る。どうやら眠れそう。
明日の朝起きたら、好きなひとには夜中起きてしまったことを伝えようと思う。それからあなたからもらった蜂蜜でハニー・ホットミルクを飲んで、無事に眠れたことも。うん、そうしよう。

深夜のハニー・ホットミルク。ごちそうさまでした。