マガジンのカバー画像

小説

15
運営しているクリエイター

#ショートショート

小説『デザイン』(825字)

 試験官には髪の毛が一本入っている。わたしのものだ。
 産婦人科医は目を細めて入っていることを確かめると、
『ご主人はどうします? 最近では精子から受精させる方もいらっしゃいますけど』
『セイシ?』
 言葉の意味がわからなかった。
『むかしは卵子と精子が受精して赤ん坊が生まれていたんです。験担ぎ(げんかつぎ)というか、わざわざ精子からDNAを取り出すのを希望する方がいるんだ。わざわざ卵子を取り出す

もっとみる

小説「ルーム2」(709字)

 初めての〝ルーム〟は痛かった。
 ユータくんの言葉が体の奥にガシガシと響いてきて、わたしの存在が消えてしまいそうで、こわかった。
『コーヒー飲む? ココアもあるけど』
 目を開けると、ユータくんはシャツを脱いで上半身が裸だった。
『どうして脱いでるの?』
『シャワー浴びようかと思って。ルームすると汗かかない?』
 体に意識を向けておどろいた。ニットと背の間がびしょびしょになっていて、下着までが濡

もっとみる

小説「ルーム」(827字)

『部屋、行かない?』
 その意味を勘違いしたまま、わたしはOKしていた。
 青縁の四角い眼鏡をかけたユータくんの温和しそうな外見から、いきなり求めてくるとは思わなかったし、なにより、そういう誘いを受けるのは初めてだった。
『ほんとに部屋に来るとは思わなかった』
 ユータくんは明かりをつけると、転がっていたマンガ雑紙やらを片づけて、
『どうぞ。汚くて申し訳ないけど』
『おじゃまします……』
 部屋に

もっとみる

小説「カムフラ」(862字)

『ママ、もう寝るね』
 わたしはロキの部屋へ行って、ベッドの中にいる息子に額をつけた。今日の記憶を家族クラウドにバックアップするため。
『ロキ、接続を切った? 記憶のブランクがある。公園にいるとき?』
『ユーリとふざけてたら切れちゃったんだ。でも、すぐに繋いだよ』
『気をつけなさい。もしもマインドネットから切れてるときに誘拐なんかされたら……』
『ごめんなさい』
 まさか十二歳の子どもが〝カムフラ

もっとみる

小説「エンシェントスクリプト」(771字)

『キミへのバースデープレゼントだよ』
 呼び出された公園へ行くと、ユーリは四角い板のようなものをぼくにくれた。赤い布張りの表紙に金の刺繍で、なにか記号が書かれていた。
『本だよ』
 ユーリが白い歯をみせて笑った。
 〝本〟というものについては知っていた。
 マインドネットがなかった時代には、わざわざ文字というものを使って思考や感情を共有していた、と歴史ファイルにあった。
 ぼくが気になったのは、こ

もっとみる